八十一話:きになるヒト
さっきまで一心に東へ向かっていた木のヒト。
でも、今は枝一つ動かさずに、その場でじっと止まっている。
一休み、かな?
すこし待ってみても、動く様子はない。
なにかにとおせんぼされているのかもしれないけれど、木のヒトの背中が大きいから、うしろにいる僕じゃ見えないや。
一度追い越してみようっと!
僕が前足を上げようとすると、たくさんのザワザワという音と共に、木のヒトが動き出し、ゆっくりと腕を使って右へ向きを変えて、南へと進んでいく。
あれ? どうしたんだろう?
東に行かないのかな?
木のヒトについて行くか迷っていると、木のヒトがズレたことで、遮られていた前が見えてくる。
暗い色の葉っぱを付けた木々とその間を埋める様に、背の高い茂み。
今まで通ってきた道にもたくさんあったものに見えるけれど、どう違うんだろう?
茂みに近づいてみても、トゲみたいに、通ってあぶなそうなものは付いていない。
もちろん、周りの木も。
うーん、木のヒトは、どうしてここで止まったんだろう?
木のヒトが進んで行った方を見てみると、木々の間から、木のヒトの頭がなんとか見えた。
けれど、すぐに見えなくなる。
木のヒトがいなくなって、静かになった森の中で考える。
すこし湿り気があって冷たい、透き通るような空気を吸い込む。
……よし!
木のヒトがなんでここを避けたのかはわからないけれど、行ってみよう!
むんっと気合を入れて、背の高い茂みに入る。
そして茂みを抜けると、すこしだけ開けた場所に出た。
ふと、視線がまんなかに一つだけ生えた立派な木へと向かう。
その太く育って、幹と繋がったひこばえにしがみ付いている男のヒト。
……。
僕は立ち止まることも出来ず、木の傍を通りすぎて、反対側の背の高い茂みに入った。
茂みを抜けて、そこでやっとふり返る。
けれど、背の高い茂みで男のヒトどころか、開けた場所も見えない。
あの男のヒト、どうしたんだろう?
僕と同じで、迷子?
とにかく話を聞いてみようと、引き返すように茂みへ入り、開けた場所に出る。
すると、また視線が自然とまんなかの木へと向き、斜めにかたむいたひこばえにぶら下がっている男のヒトをずっと視界に入れながら、まっすぐ歩く。
緑の服に、緑のとんがり帽子。
四十歳くらいかな?
……。
入ってきたところと反対側の茂みへ入り、抜けるとすぐにふり返る。
よくわからないけれど、開けた場所に出ると、あの男のヒトをじっと見ちゃうみたい。
これじゃ話しかけることも出来ないね。
それに、来た方にもどってきちゃった。
また茂みへと入る。
開けた場所に出ると、またまた視線がまんなかの木へと向かい、そのひこばえに蛹の様にしがみ付いた男のヒト。
僕より先に別の場所から入って来たのか、小さな槍を咥えた兎さんが男のヒトを不思議そうに見ながら、四つの足で歩いて木の前を通りすぎていく。
そのうしろから追いかける様に来た熊さんも、不思議そうに男のヒトを見ながら、歩いている。
茂みに入り、森へともどる。
不思議。
足を止めることも、お話しすることも、走ることもすら忘れて、兎さんも、熊さんも、僕も、みんながあの男のヒトを見ていた。
とってもとっても、不思議。
なんだったんだろう?
首をかしげて考えても、あの男のヒトがなんで気になっちゃうのかわからない。
あ、でも。
あの男のヒトの顔を思い出す。
ぶら下がる大きなひこばえへと向けられたその瞳は、とってもまっすぐで、困っているようには見えなかった。
よくわからないけれど、よくわからなかったね。
でも、困っていないみたいで、よかった!
僕はもう引き返すことなく、森の奥へと足を進めた。
天井の枝葉が太陽の光を遮って、すこし暗い中を歩く。
どこかから聞こえる水の音。
時々、聞こえる鳥の鳴き声。
吸い込む空気が、よく冷えた水を飲んでいるみたいで、とってもおいしい。
進んでいる間、たまに木の間から、こっちを見つめる鹿さんや熊さんを見つけた。
けれど、虎さんとコアラさん、それにキャノンボアは見ないね。
もしかして、こっちの方にはいないのかな?
ふと、周りの地面が掘り返された様に抉れている木を見つけた。
ほかにもちらほらと、下からまんなか辺りまでの皮がなくなっている木が目に止まる。
これって……もしかして!
僕の耳が、フゴフゴという声をひろった。
ガサガサとすこし遠くの茂みから、キャノンボアがふたり、そのこげ茶色い姿を現した。
ビルがかついでいた時も思ったけれど、やっぱりキャノンボアって、前にいた世界で見た猪さんの中でも、大きい方だね!
もちろん赤べえの方が大きいし、その赤べえよりも僕の友達の猪さん、
シュウシュウと鼻息のような音が聞こえる。
……あれ?
名前が思い出せない。
前もこんなこと、あった気がする……まあいっか!
きっと、ど忘れしちゃっているだけだよね!
それよりも、木箱と見比べてみよう!
そう思って、頭の木箱を地面に落とそうとしたその時、ブッって音がして、その次には重たい破裂音が鳴り響き、地面を揺らした。
わわっ!
頭から転がり落ちそうな木箱を縁で元の位置にもどしながら、脚に魔力をあつめて、左に跳ぶ。
飛ぶ様な勢いで突進してきたひとりのキャノンボアが、さっきまで僕が立っていた場所を過ぎていく。
そして、木にぶつかる直前でクイッと避けて、歩くくらいになると、その鼻先を僕へと向けた。
鼻息は荒く、たてがみを逆立て、尻尾をすばやくふり、細かくクァッと鳴いている。
よくわからないけれど、怒っているみたい。
なんでだろう?
見れば、ふたりが姿を現した茂みを隠すように、もうひとりのキャノンボアが立っている。
茂みの中に、濃い茶色とうすい茶色のしましまが見えた。
あの茂みに近づけたくないんだね。
でも、それなら僕を通り過ぎちゃダメじゃないのかな?
まあいっか!
『安心して! 遠回りして行くから!』
もしかしたら、木のヒトは知っていたのかな?
うーん、どうだろう?
キャノンボア達の様子を見ながら、そんなことを考えて、北よりに茂みを遠回りしていく。
また突進されるかもって思ったけれど、僕の言葉が伝わったのか、大丈夫だった。
でも、やっぱり心配だったのか、僕が見えなくなるまで、キャノンボアは茂みの周りを忙しなく歩きながら、こっちを見ていた。
すこしびっくりしたけれど、たのしかった!
うり坊達、元気に育つといいね!
ふと、黄色い葉っぱが付いた木々が、たくさん生えているのが見えてくる。
日当たりがいいのか、とっても明るそう!
……あれれ?
一瞬、その中の一つの下で、人影が見えた。
でも、次の瞬間にはその姿はなくなって、魔力感知にもそれっぽい姿はみえない。
気のせい?
首をかしげつつも、黄色い木々の中へと入って行く。
すると、空気が冷えたものから、ほっとした暖かいものへと変わる。
なんだか、春の太陽に包まれているみたい。
でも……。
足下のふかふかの絨毯。
それを作っているのは、黄色い落ち葉。
形も銀杏の葉っぱそのもの。
紅葉は、秋だよね。
でも、空気は春みたい。
ふふふ、不思議―。
シャラシャラと黄色い絨毯の上を走る。
僕が足で蹴り上げた落ち葉達が、小さく舞い上がる。
綺麗に残った落ち葉、すこし切れちゃった落ち葉、くるりとまるまった落ち葉、三角みたいになった落ち葉!
いろんな落ち葉があって、とってもたのしい!
ひらひらと落ちてくる葉っぱを避けたり、当たったり、たくさん落ち葉が溜まった場所に埋まったりしながら、東へ進む。
そして、僕は出逢った。
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