八十話:きでできたヒト


 薔薇とカメレオンさんとお別れしてから、たぶん東の方へ向かってしばらく。

 ガクの部分がまるく膨らんだツツジのような花があつまって咲いているところに、たくさんのモンシロチョウモドキが飛んでいるのを見つけた。

 花の上に止まって、そのながーい口を伸ばして蜜を吸っているものもいる。

 モンシロチョウモドキは、あの花が好きみたい。


 森に入って二回目の動物さんとの出逢い。

 とってもうれしいし、蜜の味が気になる。

 でも、僕が近づいたらモンシロチョウモドキの食事を邪魔しちゃうかも。


 うーん、どうしよう。


 立ち止まって悩んでいると、モンシロチョウモドキ達は、いつの間にかどこかへ飛んでいっちゃった。


 ざんねん!


 しかたがないから、ツツジのような花の香りを嗅いでから、また歩き出す。


 ツツジの花って、あんなに甘い香りが強かったっけ?

 ……まあいっか!


 背の高い草むらの中を抜けて、どんどん前へ。

 木と草の緑とすこしの空の青、そして花のいろんな色。

 とってもたのしいけれど、ちゃんと東に向かっているのか、なんだか心配になってくる。


 今度だれかいたら、聞いてみよう!


 そう心に決めて、歩きながらお話が出来そうな生き物を探す。


 ひょろひょろな木。

 どっしりとした木。

 すらりと細い草。

 ころりとかわいい花。

 ヒトのこぶしくらいで、蒼から赤に変わりかけの美味しそうな木の実。

 重たそうなドシン。


 ……どしん?


 どこからか、またドシンという重たい音が聞こえた。

 ざわざわと、木が揺らされているのか、辺りが騒がしくなってくる。


 音は、段々と大きくなっていく。

 まるで、大きな何かがゆっくりと歩いているような、そんな間隔。


 近づいて来ている……右から?


 ぬっと、辺りが暗くなる。

 僕は、日差しを遮ったものを見ようと、空を見上げる。


 ……木のヒト?


 それは枝が絡み合って形作られた、不思議なヒト。

 見える上半身だけでも、カンタラのギルドのお屋敷よりも大きそう。


 蔦や枝が絡み合って作られた腕を前に伸ばし、地面を掴み、一心にどこかへと向かって、その苔生した体を引きずっている。


『こんにちは!』


 ちょうど大きな木のヒトの正面だから、あいさつしてみる。

 でも、木のヒトは僕に気がついていないのか、そのまま歩みを止めない。

 そうこうしている内に、目の前に木のヒトの体が迫って来る。


 わわっ!


 壁の様な木のヒトの体を避けるために背を向けたのと、視界が暗くなったのは、ほぼ同時だった。



 ざわざわと、なにかたくさんのものが動く音がする。


 木漏れ日が入ってきているのか、辺りが見えてくる。


 わー!


 大きさも太さもバラバラな木の枝が、幾重にも絡み合って作られた木のヒト。

 その中の僕を避ける様に枝が解けて出来た空間に、僕はいた。

 周りを囲んでいる木の枝は、僕のうしろから、前の方へ。

 木のヒトが向かっている方向へ動き、僕を避ける様に解け、僕を通りすぎるとまた絡まる。


 すごい! トンネルみたい!


 僕がその場でくるりと回ると、それに合わせて枝が僕を避ける。

 ぴょんと僕が跳びはねると、天井の枝が急ぐ様に解けて、青い空が枝の隙間から見える。

 それがなんだかおもしろくって、たくさん繰り返す。


 枝達も疲れちゃうだろうし、そろそろいいかな!


 僕がジャンプをやめると、周りの枝がほっとした様に、ゆっくりと絡まり合っていく。

 天井もすこしずつ塞がっていき、木漏れ日の落ち着いた空間にもどっていく。


 不思議だなー。


 絡み合う枝達は、大きさや太さだけじゃなく、色や表面のざらざら具合まで違う。

 そこに付いている葉も、まるっぽいのものから、細長いものまでいろいろ。

 でも、それらが互いに絡み合って、ひとりの木のヒトを形作っている。

 そして、同じ方向へ進んでいる。


 なんだか、すっごいなぁ。


 ふと、辺りが緑色の光に照らされ始める。

 だんだんと強くなっていく光。

 眩しいけれど、どこかあたたかい。


 どこからの……!


 絡み合う枝の向こうで光るそれを、僕は見つけた。


 思っていたよりも近く。

 けれど、届かないくらいの上の方。


 枝が護る様に囲む中で、絶えず光り輝くそれは、まるで小さな太陽のよう。

 小さなといっても、ヒトの頭よりも二回りは大きそうだけれどね。


 綺麗な種だなぁ……。


 思わず見とれていると、視界がたくさんの絡み合う枝から、太陽に透かされた葉っぱの天井に変わる。


 前を向けば、木のヒトの背中。

 その出口の様に小さく開いたトンネルが、ゆっくりと閉じていく。


 あれ?


 木のヒトは、上半身だけみたい。

 でも、木のヒトの中にあったいろんな枝を考えると……。

 もしかしたら、枝をもっとあつめたら、脚が生えるのかもだね!


 木のヒトの中で、僕を避けてくれた枝達や輝いていた大きな種小さな太陽を思い出す。


 うーん、たのしかったね!

 よーし、そろそろ東を探さないと……あれ?


 カンタラのみんなとの縁。

 赤べえ達との縁。

 そのどっちもが、僕のうしろで重なる様に伸びている。


 じゃあ、このまままっすぐが東……だよね!

 やった! 東を見つけた!

 それに、木のヒトも東に向かっているんだね!

 やった! 一緒に行けるね!


 僕は、木のヒトのうしろをついて行くために、走り出した。


 ぴよぴよと可愛らしい声が二重に聞こえる。

 辺りが鳥の声で賑やかになっていく。

 見れば、木のヒトの上に、鳥達があつまっていた。


 みんなとってもたのしそうに鳴いている。

 お話しているのかな?


 ドシン、ドシンと音を立てて、木のヒトが森の中を進む。

 その緑色の背中を追いかけて、木々との間を縫う様に走る。


 鳥達のぴよぴよな応援もあって、ぴったりと木のヒトのうしろを付いていく。


 だんだんと木々が左右に分かれて、開けた場所に出る。

 まるで耕された後の畑のような、濃い茶色の土。

 踏むと、浅く足跡が出来るくらいに、ふかふか!


 ふと、ときこの畑に入って遊んでいたら、ふかふかの土に足を取られて転んで、怒られたことを思い出す。


 とてもたのしいけれど、足を取られないように、気をつけなくちゃ!


 気をつけながらも、木のヒトに置いて行かれないように、急いで進む。

 すると、どこかから視線を感じる。

 足を止めずに見回すと、遠くの茂み越しに、僕を見つめる四つの目。


 熊さんかな?


 こげ茶色の熊さんがふたり。

 親子なのか、右の熊さんよりも、左の熊さんは顔の高さが低い。


 ほかにも、よにんのキャノンボアやふたりの鹿さん、ゆらゆらと陽炎の様に揺れる不思議な白い虎さんも、見つけた。

 みんな、ただじっと僕を見ていた。


 僕が珍しかったのかな?


 そんなことを考えていると、木のヒトの背中が解け、大きな洞窟の様に開いたと思った次には、中から土で作られた建物が姿を現した。

 まるでとおせんぼをする様に現れた建物は、周りの木々に負けないくらい大きい。


 まるで小さなカンタラの門みたい!

 いいなー、入ってみたいなー!


 建物のまんなかに、ヒトが横にさんにん並んで通り抜けられそうなくらいの入り口を見つけたから、入ってみる。

 すると、


 ヴッ!? ヴヴッ!?


 建物の中に入った途端に、あちこちからなにかの低い鳴き声がしだす。

 鳴き声は、建物を進むにつれて、どんどん増えていく。


 わわっ! たぶん怒ってる!


『ごめんね! すぐに出るから!』


 鳴き声に追い立てられる様に、建物の中をまっすぐ進んで、外へ出る。

 去り際にどんな生き物がいたのかと横目で見てみると、茶色い体毛に黒い大きな鼻、まるくて大きな耳の生き物がろくにん。

 土の壁に張り付いて、僕を見ていた。


 お猿さんよりも、熊さん?

 あ、毛の色が違うけれど、コアラさん?

 うーん、そうかも。たぶん!


 土の建物を抜けると、木のヒトは再び森の中へと入って行く。

 背の低い草の絨毯の上を走り、大きな丘のふもとを通り、小川を石の上を渡って、木のヒトの背中を追いかける。


 気付けば、森は日の光を受けて鮮やかな緑から、静かな濃い緑へと表情を変えていた。

 木のヒトに止まっていた鳥達が一斉に飛び立ち、僕の頭の上を通り過ぎて、元来た道を引き返す様に去って行く。



 そして、木のヒトが止まった。


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