八十二話:黄色い森の緑のヒト


 そのヒトは、ひとり木に背を預けて、立ちながら眠っていた。

 子どものようで、ヒトとしては背は低いけれど、僕と比べると背は高い。


 子どもということもあって、迷子だといけないから、近づいてみる。

 ガサリガサリと木の葉の中を歩いて、緑のヒトのすぐ傍で座る。

 僕が近づいても、そのヒトは起きるそぶりもなく、ゆっくりとお腹だけが動いていた。


 心配だけれど、せっかく気持ちよく寝ているんだから、起こしちゃ悪いよね……うーん、どうしよう?


 横を向いたとがった耳。

 丁寧に作られた毛皮の服の下には、森で隠れるのに便利そうな緑色の体。

 腕をまくらにしているからか、アヒルさんのくちばしみたいな大きな鼻は、斜め下へ向いている。


 すこし上の枝に、木で作られた大きな弓が引っかけられていて、足下に置かれた矢筒には、たくさんの黒い矢が入っていた。

 両方とも、このヒトのものみたい。


 ピクリと緑のヒトの左肩が動くと、その閉じられていた目が、ゆっくりと開く。


 あ、起きた!


『こんにちは!』


 僕のあいさつにびっくりしたのか、ビクリとふるえた緑のヒトは、小さく膝を曲げた瞬間に左手で矢筒に付いた紐を握り、上へと跳ぶ。

 右手で引っかけていた枝から弓を取ると、さらに上の枝に着地し、矢をつがえ、その先を僕へと向けて放った。


 迫り来る矢を、緑のヒトを見ながら、するりと横にずれて避ける。

 ドスッと重たい音が、さっきまで僕がいたところからする。

 すでにつがえらていた次の矢の先が、僕を追う。

 ぱちりと、矢の先から青い火花が小さく走った。


 わわ、謝った方がいいよね!


『びっくりさせちゃってごめんね!』


 緑のヒトの動きが止まる。

 そして、大きく息を吐くと、矢の先を下ろした。


「……オウ」


 緑のヒトが矢を矢筒にもどし、すとんと落ちる様に枝へと座る。

 ぎしりと枝が鳴り、矢筒からガシャリと硬い音がする。

 黄色い葉が三つひらひらと舞って、僕の方へと降りてくる。


 風にのっているのかな?


 近づいてくる葉をぼんやり見ていると、コンコンと緑のヒトが木の幹を軽く叩く音。


 どうしたんだろう?


 不思議に思って、緑のヒトを見るけれど、緑のヒトは鼻からフンッと強めの息を吐くだけで、よくわからなかった。

 降りてきた落ち葉が、僕の両側のほっぺをなでた。


 まあいいや! それよりも、名前を聞いてみよう!


『僕の名前は若葉っていうの! キミの』


 僕が名前を聞く前に、緑のヒトが口を開く。


「オマエ、キャクカ?」


 ん? きゃくか……あ、お客さんかどうか?

 うーん、どうなんだろう?

 ここには東に向かっていたら、着いたんだよね。

 でも、おもしろそうなものがあるかもって期待はしていたから、お客さんかも?

 うん! そうだよね!


『たぶんお客さん!』


 僕がそう言うと、緑のヒトはバサリと地面に積もった落ち葉の上に降りる。

 そして、地面に刺さった矢を引き抜き、矢筒へともどす。

 小さくカランと、鉄がぶつかり合うような硬い音が聞こえた。


「ツイテコイ。キニブツカルナ」


 そう言うと、緑のヒトはどこかへと向かって、木々の中を歩き始める。


 ついて来てって、どこに行くんだろう?

 お家? それとも水飲み場? この黄色い森を案内してくれるとか?

 ってそれよりも、迷子じゃないの?


 すこし考えて、


『わかった!』


 とりあえず、ついて行くことにして、僕も歩き始める。


 温かく、すこし強い風が南の方から吹いて、黄色い木の葉がざわめく。

 落ち葉も転がって、たのしそうにカラカラと鳴る。

 その風にどこか、炎のような熱を感じた。



□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



『わぁー!』


 緑のヒトに案内されて、歩くことすこし。

 森が開けて、白っぽい茶色の土で作られた小さなまるいお家が、たくさん建ち並んでいるところに着いた。


 なんだか、かまくらみたい!

 ここが緑のヒトの村なのかな?


 ぽつぽつと地面から、屋根が付いた煙突のようなものが出ていて、そこからモクモクと黒や白の煙が出ている。


「コッチダコッチ」


 村の中も案内してくれるみたい。


 緑のヒトについていきながら、キョロキョロと村の中を見回して、ぽっかり扉もなく空いた入り口からお家の中を見たり、煙突をじっと見てみる。


 お家の中は、暗くて見えづらいけれど、小さな緑のヒトでもごにんで身動きが出来なさそうなほど狭い。

 煙突は煙でなのか、どれも内側が黒っぽくなっていた。

 ふと、煙突からトンカンとなにかを叩いているような音が聞こえた。


 それにしても、ほかのヒトを見ないね。

 家の中にもいないし、村の中にもいない。

 でも、小さく煙突からトンカンと音は聞こえる……もしかして、みんな恥ずかしがり屋さんなのかな?


 魔力感知でも村をみてみる。

 すると、緑のヒトを追って歩く僕のうしろに、緑のヒトと似た見た目のヒトが、ぽつぽつとよにん。

 お家の影に隠れる様にして、こっちを覗いているのがみえた。


 やっぱり、恥ずかしがり屋だったみたい。

 ふふふ、あとで話しかけようっと!


 地面の下にもヒトがみえた気がして、魔力感知のみえるところを下に広げてみる。

 すると、これもまた緑のヒトと似た見た目のヒト達が、数え切れないくらいたくさんみえた。

 寝ていたり、広く掘ってある場所で走り回ったり、鉄かなにかを金槌で打っていたりと、みんなたのしそう。


 わぁ! いいなー!

 僕も地面の下に行って、探検したり、みんなと遊んでみたい!


 ぱちんと音。


 ありゃ?


 魔力感知でみえていた周りが、霧がかかったみたいにみえなくなる。


 あれれ? これって前にもあったよね。

 もしかして……。


「ココニハイル」


 緑のヒトの声で、魔力感知にかたむけていた意識がもどる。

 気付けば、土作りのかまくらの様なお家から、すこし離れたところにぽつんと建つ、建物の前にいた。


 両開きの木の扉に、赤っぽい茶色のレンガで作られた屋根。

 ほかのお家と違ってまるくないし、緑のヒトなら、たくさん入っても大丈夫そう。


 足踏みをして足の土を落として、緑のヒトに続いて建物に入る瞬間、建物の左側を横目でふと見る。

 畑のように柵で囲われたところに、大き目の石がぽつぽつと置かれていて、その中の一つの前に、見覚えのある青い鎧が見えた。


 でも、どこでみたんだっけ?


 建物の中は、白の学舎の右側――三角の建物と似て、奥に広い一つの空間になっていた。

 でも、白の学舎と違って、横にながーい椅子はないみたい。


 左右の白っぽい黄色の土の壁には、鉄で作られた片開きの扉の様な窓が、トントンと四つずつ並んでいて、ところどころ開いている。

 その開いているものの一つから、蔦が中へと入り込んで、すくすくと育っていた。


 黄色っぽい木の板が敷き詰められた床のまんなかに、くすんだ赤の絨毯が一つ。

 その先には、鮮やかな茶色の木で作られた大きな椅子が、ぽつんと一つ。


 まっすぐ敷かれているながーい絨毯の上を、緑のヒトを先頭に歩いて、椅子の方へ。

 足下の絨毯に描かれた、金色の糸でまるや三角がたくさん組み合わさった不思議な模様が、意味はわからないけれど、とてもおもしろかった。


 そういえば、この絨毯、模様が違うけれど、ギルドのお屋敷で見たものと似ているね!

 もしかして、ここもギルドなのかな?


「ココデマテ」


 椅子まであとすこしのところまで来ると、緑のヒトがそう言って、僕を残して椅子のうしろ側へと回っていく。

 椅子のうしろ側はすこし低くなっているみたいで、緑のヒトが階段かなにかを下りていく姿が見えた。


「ジーチャン、キャク!」


「んあ? 飯か?」


「キャク!」


 緑のヒトと話すしゃがれた声。


 緑のヒトはじーちゃんって言っていたから、もしかして、ここは緑のヒトのおじいちゃんのお家なのかな?


 もどって来た緑のヒトに続いて、椅子のうしろから、ぬっと大きな緑の体が出てくると、ゆっくりと椅子へと近づいて行く。

 そして、そのヒト・・が椅子にどっしりと座ると、建物全体が大きくふるえたような気がした。

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