四十八話:土壁とテオの受難


 ぐっとしてぽんって、なんだろう?

 ぐっと魔力をあつめて、ぽんと体から出す。

 それでいいんだけれど、なんだろう?

 かけ声なのかな? 気合いとか入っているのかな?

 ぐっとしてぽんで魔力の球を出せることしかわからない。

 僕って、ぐっとしてぽんのこと全然知らないみたい。


 空をぽけーっと見上げながら、考える。

 砂嵐が空を隠しちゃっているから、あの青くて広い空は見えないんだけれどね。

 あ、砂嵐って、この辺りだけなのかな?

 もしそうだったら、砂嵐は僕達を空から隠しているんだね。

 えへへ、なんだかおもしろい。


『えっとね、ぐっと魔力をあつめて、ぽんと出すの!』


 そうメラニーに伝えながら、鼻先から魔力の球を出した。

 ぽわーっと宙に浮いた魔力の球を見て、納得してくれたのか、「わかった!」と笑顔で頷いてくれるメラニー。

 わかってくれてうれしいし、ほっとした。


『で、このまるいのを……』


 魔力の球の形を変えていく。

 まるからさんかく、長いしかく、ぐにゃぐにゃ、お山が三つ並んだみたいなやつ、蛇さんー…………。

 どんどんと色んな形になっていく魔力の球を、ふんふんと鼻息を荒くしたメラニーが見つめている。

 目も輝かせちゃって。僕も初めて見た時は、あんな感じだったのかな。


『これが出来るようになったら、今度は壁で同じ練習!』


 魔力の球を壁へと変えて……っておっとと。

 このままだと、透明で目だと見えないや。

 色をつけたいんだけれど、出来るかな?

 い、色変わってー?

 出来ないや。

 メラニーに聞いてみよっと!


『ねぇメラニー、壁の色ってどうやって変えるの?』


「え、色? 色は属性によって割り振られていると言われてて、何も指定していなければ、風は青、炎は赤、土は黄、金と光は白、水と闇は黒の色になる。それらの属性を障壁に属性付与すれば、自然とつくよ。後は、詠唱で色を指定する事でもつくけど……これは言わなくていっか」


『わかった! ありがとう!』


 よくわからないけれど、属性ってものがあるみたい!

 その中に、風もあるみたい!

 風を吹かせる魔法ならとっても得意だから、たぶん出来るよね?

 やってみよう!

 えっと、壁に風を当てればいいのかな?


 魔力の球をぐっとしてぽんして、風を生み出す。

 ふわりと壁に当たった風は、そのまま消えていった。

 うーん、色変わっていないよ?

 あと、森の中よりも、風が吹くの短いね。

 不思議ー。


「えっと、ワカバの障壁は何属性なの?」


 首を傾げる僕に、メラニーがもう一度助け船を出してくれる。

 でも、僕の壁に属性?

 透明だけれど、いったい何属性なんだろう?


『わかんない』


「わかんないかー。なら、もう一度障壁を作ってみて!」


 もう一度?

 やってみよう。


 鼻先に魔力をぐっとあつめて……。


「ワカバがつけたい色はなに?」


 え、色?

 それはもちろん!


『緑!』


「じゃあ、風と土を思い浮かべて、魔力弾を出して!」


 風と土?

 風に吹かれて、土の塊がコロコロ転がっている光景が頭に浮かぶ。

 でも、壁にしないと。

 そう思ったら、コロコロ転がっていた土の塊達がよりあつまって、土の壁が出来た。

 おまけに、土の壁に蔦が生えて、ぐーるぐると壁に絡みつく。

 わー、頑丈そう!


 ぽんっ! と鼻先から出た魔力の球が、風を起こし、周りの土や小さな石をあつめていき、一つの土壁が出来た。

 そして、頭の中のものよりも細い蔦が生えてきて、ぐーると壁に巻きついた。


 やった! なんか出来た!

 壁に色をつけようと思ったら、こんなすごいことが出来た!

 やったー!


 うれしくて、前足だけでぴょこぴょこジャンプ。

 おまけにくるりとその場で一回転。

 えへへ、やった。

 あ! でもでも、これで終わりじゃないよ!


『これを魔力の球と同じみたいに、ぐにょんて――』


「あ」


 ボロッ、ボロボロブチッボトボトトー。


 形を変えようとした途端に、壁が崩れちゃった。

 あちゃー。やりなおしー。




□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □




 現在カンタラから西に約五キロメートル地点――枯れた大地。

 日々太陽に晒されてボロボロに罅割れた地面に腰を据えて、俺ことテオ・カンタラは、視線を少し離れた場所にいる二人――メラニーとワカバと名乗る体長十四センチメートル程の純白の子狼に固定したまま、ウエストポーチから毛布を二つ出した。

 一つは隣りに座っているマルタに。

 もう一つは自分用だ。

 このポーチは空間魔法――いや、魔術だったか。

 空間魔術でポーチの容量を少し広げてもらった物だ。

 安くない買い物だったが、何かと便利で悪くない。


「ほら、そろそろ冷えてくるぞ」


「……ありがと」


 すっかり本調子に戻ったマルタが、おずおずと俺から毛布を受け取った。

 いつもは口数が少ないながらもしっかりした先輩冒険者の彼女だが、さっきまで取り乱していただけに、決まりが悪いのだろう。

 そっとしておこう。


 空中に魔力弾を停滞させ、何やら話し込んでいる二人から視線を外し、上へと視線を向ける。

 砂煙が俺達を避けている様に、ぽっかりと出来た半円の空間。

 その天井からは、太陽の光は降り注いでいない。

 砂嵐が太陽を隠し、気温が低下してきている。

 そろそろ火を起こした方がいいかも知れない。


「……ねぇ」


「なんだ?」


 不意にマルタから話しかけられ、その顔を見る。

 シルク製の浅緑の布を頭から被り、別の布で鼻から下を隠したその顔は、布から僅かに覗く金髪が映える白い肌に長いまつげ、惹きつけられるくらい綺麗な翠玉エメラルドの瞳くらいしかわからないが、かなりの美人ってくらいはわかる。


 彼女がカンタラに来て二年。

 一緒に仕事をしてきたが、未だに素顔を見せてもらった事は無い。

 話す事は必要最低限。世間話するのは振られた時のみで、応える事も少ないし、メラニーとも話しているところを余り見ない。

 明らかに人との交流を避けている節がある。

 もしかしたら、その理由は隠している顔にあるのかも知れない。

 ……ま、これ以上の詮索は健全な冒険者と言えなくなるからしないけどな。

 彼女の秘密を知る事よりも俺が今まで培ってきた信頼の方が大切だ。


 マルタが長い袖の下で左手を小さく動かすと、周囲の空気が変わる。

 あのふたりには聞かれたくない類いの話らしい。

 特に、あの子狼・・・・には。


「……アレ・・、どう思う?」


 マルタはチラリと二人を見る。

 まあ、そんなところだと思った。


「あっちが向かって来たんだ、仕様が無い。逃げて不信感を抱かれても困るし。幸いあちらは友好的な態度を示しているから、今のままなら戦いにはならないんじゃないか? もし上手く説得出来れば――」


「――飼い馴らすとでも言いたいの?」


 俺が続けようとしていた言葉を、先に被せるようにマルタが言う。

 その細められた目に込められたものは、怒りか、呆れか、それとも他の何かか。

 少なくとも飼い馴らすという案に、“賛成”の意思は無いみたいだが、何を理由に“反対”しているのだろうか。


 モンスターを飼い馴らすテイムする方法は、大きく二種類。

 幼少期などの小さく力の弱い時から育てるか、戦って力を認めさせるかだ。

 その点あの子狼――ワカバは、大きさからして幼少期と考えられるから前者でクリアだ。

 なら他には……十五年前・・・・にテイマーに対する風当たりが強い頃があったな。

 確か、モデウス教が新たに魔王が誕生したとか言って、その魔王がモンスターを操るから、テイマーが魔王の手先だとか言って、モンスターを飼い馴らす行為を禁止したんだったか。

 それで一気にテイマーの数が減ったんだよな。

 だがそれも十五年前・・・・だ。

 新たに現れたらしい魔王も攻め込んで来ないし、あれからモデウス教もだんまりで、信者だったやつらもおかしいと気付いた。

 それに冒険者にはテイマーを続けているやつもいるから、冒険者ギルドがある国や町はテイマーにそれほど偏見を持っていない事が多い。

 カンタラにも若手だがテイマーが一人いるし、俺自身も偏見は無い。


「それで問題無いと思うが……?」


「問題? 大有りよ。まず、アレは人の言葉を理解し、魔力波によって会話もしてくるわ。それに、アレは教えるという行為を知っているわ」


 それは俺も知っている。

 ワカバという名前は話したことで知ったし、俺達を覆っているこの障壁をメラニーに教えるよう促したのは、他でもない俺自身だ。

 俺は頷いて、マルタに話しの続きを促す。


「幼少期のモンスターは教える側じゃない。成体のモンスターに教わる側だわ。それに、アレはメラニーの障壁を一部・・だけ解除して入り、修復・・した。かなりの魔法への知識があるのは間違いないわ」


 俺は倒れて見ていなかったが、聞いている分だとワカバはメラニーの障壁に穴を開けて、通った後にそこを塞いだみたいだ。

 メラニーの障壁は、ワカバの障壁の様に一枚で俺達を覆える程巨大には出来ないが、魔力供給がされていれば、かなりの強度を誇る。

 ワカバが来る前は、障壁を同時に二十枚も展開し、上と四方を囲んで砂嵐を凌ごうとしていた。

 今回俺がケガしたのは、魔力供給が追い付かなくて脆くなった障壁が割れ、そこから石が入り込んで、メラニー目掛けて飛んできたからだ。

 いつものメラニーなら、魔力供給が追い付かなくなる事なんて無いし、普通に避けられるものだったのだが……それはカンタラに帰ってからでいいだろう。

 ともかく、マルタが何を言いたいかというと、メラニーの障壁に手を加えられるだけの魔法への知識がある且つ幼少期でない可能性のあるワカバを飼い馴らそうとしているのか、という事だろう。

 しかも、一部だけ解除したという事は、魔力供給がしっかりとされていて、障壁として機能しているものを通り抜けたのだろう。


 並じゃない。正真正銘化け物の域だ。


 だが、俺達がそうかは別として、そのくらい・・・・・の化け物なら、人にもモンスターにもウヨウヨいる。

 それに、その程度・・・・であれば、俺達だけでも応援が来るまでワカバをその場に止める事くらいは出来る。


 何よりもワカバは人への警戒心が無い。


 俺に魔力を与え、魔力切れでそのまま膝の上で寝るくらいの警戒心の薄さだ。

 魔力量は俺があのケガを即座に全快出来る程、仮とは言え流石のSランクモンスターレベルだが、それも化け物の中では少ない方。

 これなら、狡猾なAランクモンスターである槍黐兎やりもちうさぎの方が相手していて億劫だ。

 応援さえ来れば、討伐は――助けてもらった事もあるし気が引けるが――間違い無く可能。捕獲も可能かも知れない。


「そのくらいなら、問題無いように聞こえるが?」


「……はあ」


 マルタが深い深い溜め息を吐く。

 こんな事されたのは、二十歳になる今までの人生で初めてだよ。

 何だ? 何がダメなんだ? 何を見落としている?

 マルタの発言、ワカバの行動や言動、メラニーやマルタ、俺の状況、今の環境、カンタラへの連絡状況など、記憶の中から今までの情報を片っ端から掻き集める。


 スッと、俺へマルタの右手の平が向けられる。


「いいの。貴方が優秀だから困っていただけだから。でも、貴方もまさか、今日その優秀さのせいで損をする事になるなんて思わなかったでしょうね。いい? みんなにバラしたら、貴方のある事無い事言い触らすからね?」


 瞬時に理解した。

 この先の話は聞いちゃいけない。

 聞けば、ものすごく面倒な事になる気がする。

 俺が話を止めようとする前に、マルタが口を開く。


「アレ、“特異性スキル持ち”よ。それも強大な。これでわかるでしょ?」


「ひゅっ」


 驚きすぎて、変な声が出た。


 モンスターには、魔法、魔術、魔導、闘術、精霊術、種族特性、西の科学なるものでも成し得ない現象を引き起こすもの達がいるらしい。

 それが“特異性スキル持ち”と呼ばれるもの達だ。

 人の“特異性スキル持ち”も存在し、こちらの方が俺達には身近なのだが……まあ、すごいにはすごいが魔法や闘術の延長線が殆ど。

 だが、モンスターの“特異性スキル持ち”はそうじゃない。

 化け物の中の化け物。

 単体で伝説や民話に出てくるようなやつらは、必ずと言っていい程特異性スキルを持っていたと言い伝えられている。

 そんな新種Sランクモンスターと遭遇したなら、最低最悪の大外れだ。


 そう。ワカバが“特異性スキル持ち”と見抜いた・・・・マルタがどうでもよく思えるくらいの大外れだ。


 例え、“特異性スキル持ち”を見抜く事が出来る耳長エルフ族は寿命が人族ヒューマンに比べて遥かに長く、その代わりに身体の成長が非常に遅くても。マルタくらいの背丈――人族ヒューマンの二十歳程度――になるには、大体十倍か九倍の年月が必要で、彼女は初顔合わせの時、俺達に『二十七歳』と言っていても。


 マルタが少なくとも百六十歳程度は年齢を誤魔化サバ読みしていても。


 そんな事どうでもいいくらいの大外れだ。

 いや、本当にどうでもいいな!!?

 本人はどうでもよくないのだろうが、それにしたって、ずっと顔を隠していたり、バラしたら俺の信頼を地に落とすくらいなのか?!

 ……きっとそうなのだろう。いや、そうだ。

 俺にとってはどうでもよすぎて言い触らす事すら思い浮かばないものだが、かなり重要な事なのだろう。

 よし。一旦忘れよう。


「…………そりゃ困った」


「……そうね」


 何とか搾り出した言葉に、マルタが続く。

 頭の中で立てていた今後の方針の針がぐるぐると回転しだし、指し示す目標のリスクやメリットがフラッシュバックの様に頭の中で現れては消える。

 捕獲ダメ。討伐ダメ。逃走論外。潰し合い……はさせる相手がいない。また魔力を……特異性スキルに影響が無い可能性があるから保留。また眠らせて……いや、痛みで起きるだろ。それに怒らせたら楽な死に方しないだろうし……あああ、こんな事なら…………。


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。

 針は回り続け――ついに限界を迎えた!


「なるように、なるだろ」


「!!?」


 何とか口にした言葉。

 まるで自分に言い聞かせるような言葉。

 何かがすとんと落ちた感覚。

 そうだ、これだ。


 『どうにもならない激流には、逆らわずに浮いて同化し、流れて行く。そうすれば、運がよければなんとかなる』


 西から流れてきた商人達が、そんな事言っていた気がする。

 そうだ! これだ! 俺に必要なもの。

 体の力を抜けば、水の中で浮ける。

 俺はもがいているから、浮いていないんだ!

 まずは浮こう!


「どうにか、なるだろ! きっと!」


 信じられないものを見るように、マルタの瞳が見開かれる。

 そして、がっくりと首を垂れ、小さく溜め息を一つ。


「……どうかしてるわ」

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