四十六話:ケガをなおそう!
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
僕が近づく間、男の子の側で座ったふたりは時が停まったみたいに体を固まらせていて、目だけが僕を追って動いていた。
『ちょっと見せてね』
そう断って、男の子の顔を覗き込む。
男の子の顔は、なんだかすごいことになっていた。
さっきまでよく見えなかった顔の右半分に、べっとりと黒いなにかが張りついていて、炎の様に揺らめいている。
表情は苦しそうで、ぎゅっと閉じたまぶたがピクピクしている。
あ、影だと思ったら、首にも黒いのがついている。
この黒いものから男の子の魔力を感じるし、悪いものじゃないみたい。
この黒いものは、男の子の魔法なのかな?
血のにおいの出どころはここと、もう一つありそう。
どこ……あ、あれかな?
男の子から頭側にすこし離れた場所に転がった石。
ヒトの頭くらいの石に血がべたりとついている。
たぶんあの石に前からぶつかっちゃったのかな。
それで、この杖を持った女の子が慌てちゃって、僕はその声を聞いたってこと……かな?
じゃあ、このケガをなおしたら、解決だね!
……………僕が知っている魔法でなおせるかな?
いろんな形にできて、便利だからよく使っている透明な壁……はダメで、乾かす魔法もダメ。
折れちゃったハルサキ草を元気にした魔法ならどうかな?
うん! ハルサキ草の魔法をこの子にしてやってみよう!
『やわらかいかぜ、この子を包んで、元気にして!』
魔力の膜からちょこっと出した鼻先から、いつもより多く魔力がぐぐぐーっと抜けていき、小さな風が生まれる。
風は優しく男の子を包んで……あれ?
僕がとまってって言う前に、ふわりと消えちゃった。
でも、ちゃんと魔法は出来たし、これでどうかな?
もう一度男の子の顔をじっと見る。
まだ苦しそうな顔をしているけれど、すこし良くなった?
「っ……!!」
うっすらと男の子のまぶたが開いて、覗かせた茶色い綺麗な瞳が僕を見つけた。
ピクッと小さく男の子の体が動いて、開いた目がすこしだけ大きくなる。
びっくりさせちゃったみたい。
『そのままじっとしていた方がいいよ』
どうにか起き上がろうとしている男の子にそう言って、次になにをするか考える。
血のにおいはするから、まだケガが塞がったわけじゃないみたい。
ハルサキ草はさっきの魔法で元気になったけれど、ヒトだと力……魔力不足? なのかな?
じゃあ、ほかの魔法……いっそのこと、言霊でなんとか……あれ?
なんだか胸のあたりがきゅうきゅうする。
これって、エルピ?
エルピがなにか僕に伝えた……あ!
エルピが前に一度だけ使ってくれた魔法があった気がする。
回復力? が段違いとも言っていたような気がする。
なんだったっけ?
さっきの魔法と同じ感じで、風が吹く魔法だったんだけれど詠唱は…………えーっと、ラなんちゃらの囁き。尾食むなんちゃら。実するこの身に。安らかな一時を。転寝の友だっけ?
あれ? そういえば、あれを見せてくれた時って、乾かす魔法の言い換えの時だっけ?
なら、乾かす魔法を使えばいいような……まあ、わかんないからいいや!
今は男の子のケガをなおさないと、だね!
えっと、ラなんちゃらレの囁き…………ラッパ、は囁かないだろうし……ラクダ、はおしいけれど違う気がする。
なんか、葉っぱが地面に落ちる時の音みたいだった気が……ふわ? ラふわレ?! ラファレ!
ファだった気がする! ううん、絶対にファだよ!
これって音階っていうんでしょ?
ドレミファソラシド~!
僕だって知っているんだから!
よし! あとは……尾を食むなんちゃら…………うーん、これはやっぱり蛇さんかな?
僕が知っているもので、尻尾を食べているのなんて、蛇さんくらいだし。
でも、不思議だよね。あの蛇さんは、なんで自分の尻尾を食べていたんだろう?
今はこっちの世界にいるから聞きにいけないけれど、今度あっちの世界にいけたら聞いてみようかな……あ、尻尾を食べないといけないのかも。
すっごい成長しちゃう蛇さんで、尻尾を食べないとどんどん長くなって、その内絡まっちゃうとか?
だから、自分の尻尾を食べているのかも!
不思議だね―って、そんなこと考えている時じゃなかった!
今は男の子だね!
えっと、詠唱は……
『ラファレの囁き。尾食む蛇。……』
実するじゃない気がする。
たしか、ハルサキ草には虚だったんだっけ。
じゃあ、この男の子も……
『……虚するこの子に。安らかな一時を――転寝の友』
…………あれ? なにも起きない。
魔力も体から抜けていかないし。
もしかして……違った?
きゅうきゅうとする
がーん!
がんばって思い出した気がしたのに、本当に気がしただけだったぁ……。
がっくりと首を垂らす。
「ねぇ! テオを助けようとしてくれているんでしょ?!」
「メラニー駄目!」
左から声をかけられて、そちらに顔を向ける。
男の子を挟んで僕の正面にいる明るい黄色髪の女のヒトに、メラニーと呼ばれた温かい黄色髪の女の子が、横目で僕を見ていた。
両手で持った杖に魔力を流しているみたいで、その顔には汗が流れている。
テオ、ってこの男の子のことだよね?
『うん!』
「なら、テオの手に触れて! それだけでいいから!」
『わかった!』
どういうことかよくわからないけれど、とりあえずテオの左手の甲に右前足をのせてみる……!
ガッとテオの左手が動いて、僕の右前足をつかむと、魔力の膜から魔力がどんどん吸われていく。
テオは魔力の膜を吸い終わると、今度は膜の裏で流れていた魔力も吸い取り始めた。
食欲? 旺盛ってやつだね!
荒野の暑さが戻ってくる。
でも、その分テオの顔色はどんどん良くなって、顔半分にべっとりついていた黒いのも、どんどん減っていっていき、ついにはテオの顔がしっかりと見えるようになった。
まだ黒いのが揺らめいているけれど、あとは右耳だけかな?
「助かった。魔力切れスレスレで、後一刻寝ていないといけないとこだった、ありがとう」
起き上がって、頭をぐるんと回したテオがそう言った。
『うん! どういたしまして!』
やった!
元気になった!
テオが元気になったのがうれしくて、その場でくるんと回ろうとして、コケた。
「大丈夫か?」
『魔力を使いすぎちゃったみたい?』
「なんで疑問形なんだ?」
体がずーんとする。
もう魔力がぜんぜん残っていないってわけじゃないけれど、たぶん魔力切れってやつだ。
すごいな、初めて魔力が切れたかも。
風になりすぎて倒れた時よりも楽だけれど、似た感じなんだね。
テオはすこし考えていたけれど、納得したのか、うんと頷くと、あぐらを組んで座る。
「じゃあ、俺と一緒に休憩だな」
テオは僕へ向かって膝のあたりを手で叩いてみせた。
え、これって……。
僕の返事がないのが気になったのか、首を小さく傾げるテオ。
「ほら、休憩」
今度は、両手で膝のあたりを叩いたあと、小さく両腕を広げた。
『うん! 休憩!』
するりとテオの足の上にのって、まるくなる。
わー! ひさしぶり!
うれしいなぁ!
「おお、すっごいふわふわ。綺麗に乾かしたモップみたいだ」
テオが頭をなでる。
とっても温かい。
暑い荒野なのに、不思議ととっても気持ちがいい。
なでられる度に、自然と目が閉じて、疲れていたこともあって、だんだんと眠くなってきた。
「メラニー、俺はもう大丈夫だ。そっちはどうだ? 持ちそうか?」
「絶対持たせる! あたしはテオのお姉ちゃんなんだから!」
お姉ちゃん?
てっきりテオと隣りの、なんだか信じられないものを見ちゃったような顔をしている明るい黄色髪の女のヒトがテオと歳が近くて、メラニーがその七つくらい下だと思っていた。
メラニーは、テオ達ふたりより背がずっと小さいしね。
まあそれはいいんだけれど、メラニーは杖でなにをしている……あ。
この建物を作っているあの壁、あの壁を持つかーとか、持たせるーってことなんだ。
僕の壁がその外から覆っているから、大丈夫だと思うけれど……。
…………
……あ。
教えておいた方がいいかな?
いいよね?
『あの壁の外に、僕の壁がここを覆っているよ』
「……それは、この砂嵐で飛ぶ石を止められるか?」
『うん。大丈夫』
「……だそうだ」
「先に言ってよぉ!」
カラランと軽い音が聞こえて、とすっとすこしだけ重い音も聞こえた。
これでおっけー! よーし、寝ようっと。
…………
……
…
「まあ、その、なんだ、頑張ったな」
「テオ~」
「ほら、鼻かめ。あと、眠っているから、触ってみな」
「大丈夫? 傷残ってない? あっ! 鼻が低くなってる!」
「……俺の鼻は元からこのくらいだ。それに俺はいいから、ほら」
「だって」
「今度穴が開かなければ、それでいいだろ?」
「……わかった」
「それよりさ、ほら」
「…………ふわふわ」
「だろ? ほら、マルタも」
「私はあなた達が恐ろしいわ」
「「?」」
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