四十四話:茶色い竜巻と魔力の膜


 壁の味が気になる。


 もしかしたら、とってもおいしいのかも。


 一度気になったら、どんどん気になってくる。

 一口だけなめてみよう――としたけれど、すぐに止める。

 だって、近づこうとしたら、僕から離れる様に壁が動いたから。

 あのまま壁を動かしていたら、壁に押されたミミズさんが壁と穴の縁に挟まれちゃうところだった。


 あぶないあぶない。

 僕は頭の中で、壁に動かないでとお願いする。

 魔力の球はこれで止まったり動いたりするんだけれど、壁はどうかな?


 ドキドキしながら、もう一度壁に近づく。

 僕が右の前足で壁に触っても、壁は動かなかった。


 やった! 壁に近づけた!


 うれしくて、前足だけで小さくジャンプ。

 これも魔力の球を自由に動かす訓練のおかげ!

 赤べえ! 狼さん達! ありがとう! やったぁ!

 さっそく口から舌を出して、壁を――


 ッドボッカーン!!!!


 突然のものすごい音。

 右に広がる大地が吹き飛んで、空への土の柱が立つ。

 土煙が右から左へ押し流される様に僕を覆う壁やミミズさんを撫でていく。

 空から土の塊や石が落ちてくる。

 ドスンやボスンと重たい音がそこら中で聞こえて来る。


 なんだかあぶないから、ミミズさんを壁の中にいれちゃおう。

 ミミズさんがはりついている部分の壁を一度なくして、ミミズさんが出て来ている穴ごと壁の中にいれる。


 うひゃー! 魔力感知でミミズさんのおしりまでがんばって探していれたけれど、ミミズさんってやっぱり長いね!

 太さは普通の木よりも細いけれど、長さなら普通の木よりながーい!

 でも、まだまだ大きな樹よりは長くない。

 でもでも、それでもやっぱり長い!

 壁もその分大きくしたから、すこし疲れちゃった!

 きっともっと大きくなったら、壁で覆えなくなっちゃうかも!

 これからの成長がたのしみだね!


 壁の中に入ったミミズさんが僕の頭に口をくっつけてきて、なんだかガシガシしている。

 前は見えるし、痛くはないからいいんだけれど、なにをしているんだろう?

 ……あ、もしかして、その辺りの毛っておいしいのかな?

 まあいっか! それよりも今は壁の味!

 いったいどんな味がするんだろう!


 ミミズさんにガシガシされながら、僕は舌を出して、壁を――


 コロコロコロ……。


 壁で隔てられたすぐ目の前の地面に、石が一つ落ちてきて転がった。

 空に打ち上げられたものはほとんど落ちたのか、もう辺りに重たい音は聞こえていない。

 あの石は軽くてやっと今落ちたのかな?


 ぬっと辺りが暗くなる。


 なんだろう。

 右からすっごい見られている。

 魔力感知でもなんだか大きなのがいるのがみえる。

 とっても気になるけれど、先に壁の味を確認しようかな?

 あ、でも右を見ながら壁をなめれば――


 普通の木をたくさんまとめたようにとっても大きくて、とっても太いミミズさんが僕を見下ろしていた。

 すこしだけ開けられた口から、切り株みたいな歯がミミズさんと一緒の八つ見えた。

 もしかして、ミミズさんのおかあさんなのかな?


 ぺろっとなめた壁の味は、よくわからなかった。


『こんにちは! 僕は若葉!』


 とりあえずあいさつ。


『ーーこーーん・ー・・・ー・・ちゃー・』


 あいさつを返してくれたのかな?

 よくわからないけれど、たぶんそう!

 やった! お話出来た!


 うれしくて、前足でぴょんぴょんとジャンプ。

 頭にくっついたミミズさんがぶよぶよ動く。


 大きなミミズさんがコホーっと口から息を吐くと、ミミズさんがきゅぽん!と僕の頭から離れて、穴の中にもどって行っちゃった。


 もう帰る時間だったのかな。

 僕もそろそろ行かないと。

 でも、ずっと太陽の下にいたから、もうバテバテだよー。


『この辺りっていつもこんなに暑いの?』


 大きなミミズさんはじぃっと僕を見て『・・削・-・-・・ぇ--・・・・』と言うと、僕を覆っていた壁がすうっと消えて、魔力にもどっちゃった。

 次に大きなミミズさんが『・癒・-ーょー』と言うと、壁を作っていた魔力が宙の一点にあつまって、水になった。

 そして――ばっしゃーん。


 頭から水をかぶった僕は、ぶるぶると体を振って水を飛ばす。

 体の熱さはどこかへ飛んでいって、今はとっても元気!

 大きなミミズさんにたすけてもらっちゃった!


『ありがとう大きなミミズさん!』


 大きなミミズさんは、ヒューと洞窟に風が通った時の音みたいに鳴く。


 ……あれ?


 大きなミミズさんの体を縁取る様に、暗い青の光が見える。

 不思議に思ってじっと見ていたら、それが膜の様に薄く大きなミミズさんを覆っていることに気がついた。

 それに、光の膜の下を光が水の様に流れているのにも気がつく。

 もしかして、これって……


『魔力?』


 大きなミミズさんが『・か--・・・ん借-・-・・・-・・』と言うと、僕の体から魔力がスススと抜けて行って、僕の体を膜の様に覆った。

 でも、大きなミミズさんのものとは違って、魔力感知じゃないとみえない。

 それにまだ膜の下を魔力は流れていない。

 大きなミミズさんが見えるようにしてくれたから見えただけで、この膜はいつもは目で見えないのかな?

 それと、魔力を流すのは僕がやらないと、ってことなのかな?

 うーん……まあいっか! それよりもやってみよう!

 体の中の魔力を動かす時と同じように、魔力の膜の下に出した魔力を動かしてみる。


 あ! これ! あっ、熱い! ひやっ、あ! 今度は冷たい!


 冷たくなれって思ったら、流れる魔力が冷たくなって、熱くなれって思ったら、今度は熱くなった。

 よくわかんないけれど、とっても不思議。

 それにすごい!

 なんで魔力を動かすのかわかんないけれど、すごい!

 ……魔力を止めると、どうなるんだろう?

 やってみようかな?


 気になったから、流れる魔力を止めて、頭の中でもっと冷たくなれ! と唱える。

 すると、頭がとっても冷たくなって、キーンとした。

 あわてて今度は温かくする。

 そして気づいた。


 おしりの方はまだ温かくなっていない!


 魔力を動かしてみる。

 すると、おしりの方もちゃんと温かくなった。


 仕組みはよくわからないけれど、頭の辺りで温かくなったり、冷たくなったりするから、魔力を動かさないといけないみたい!

 ……ってことは、ミミズさんや大きなミミズさんはたいへんだね。

 だって、僕よりもずっとずっと体が大きいもん。

 それにしても、すっごいこと教えてもらっちゃった。

 これでここの暑さも大丈夫だね!


『ありがとう大きなミミズさん! これで大丈夫そうだよ!』


 僕がそう言うと、大きなミミズさんはしっかり口を閉じた顔を僕から離れた地面へ向けて突き刺した。


 ボッゴゴゴゴゴ…………。


 大きなミミズさんがその体を回して、まるで螺子の様に地面に潜っていく。

 だんだんと回転が速くなる。

 それにつれて、空を舞う石や土が増えて、とうとう風までびゅんびゅんと吹き始めた。

 それでも大きなミミズさんの回転は止まらず、もっと速くなる。

 強くなった風が渦を巻いて土や石を巻き上げる。

 そして姿を現したのは、一つの茶色い竜巻。

 僕よりもすこし大きい石があっちこっちで飛んでいる。

 大きなミミズさんが穴を掘ったら、なんだかすごいことになっちゃった。


 ッゴイーン


 あ痛っ。

 頭になにかが当たる。

 横目で見たら、僕と同じくらいの石だった。

 石は一度地面に落ちると、また風にのってゴロンゴロンと転がったあと、飛んでいった。


 そういえば、なんで僕は飛ばないんだろう?

 こんなに風が強いなら、踏ん張らないと飛んでいっちゃう気がする。

 これも大きなミミズさんが教えてくれたこの膜のおかげなのかな?

 首を傾げてしばらく考えてみたけれど、よくわからないから、わかりそうな時にまた考えようと思ったその時――


「ああああああああ!!!!!」


 吹き荒れる風の中、僕の耳は甲高い声をひろった。

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