夕暮れ色のシナモンシュガーをかけた黒パン
「っはあ~、やっぱいいなあ話聞いてるとさあ~~~」
「おーまた始まったな、いつものぼやき。人が苦労してんのに元気だよなあ」
「じゃあ私以外に話せばいいでしょー……」
「仕方ねえだろ。能力者以外に話さないかどうか俺はずっと監視食らってるし、瑞希以外だとドライすぎて全く面白くねえし」
パフェを食べながら、お兄ちゃんと私は週に一度の「ガス抜き集会」なるものをしていた。やっていること自体は、“秘密の”仕事がいかに厄介だったのか、お兄ちゃんの愚痴を私がひたすら聞くだけ。私が趣味で作ったおやつをお供にして、こんなグダグダな時間を私の家で共有している。
私がついこの間こちら側に来るまで全く知らなかったんだけど……いつからか何百万人に一人の確率で、特殊な能力を発揮する人間というのが出始めた。どんな理由で、どういう仕組みで起きるのかは未だにわからない。ただ、混乱が起きることは間違いないからと、能力を問わず私達は能力を隠し通す事が義務付けられた。
スプーンを口に運ぶお兄ちゃんの手首には、つなぎ目に小さな機械が取り付けられた、革を編み込んだような見た目の赤いブレスレットが付いている。色の意味は、「異能波及強度:A」……管理のためにつけられたランクの中でも、かなり高い部類に入る。お兄ちゃんは高校の頃から「能力者の位置が正確にわかる」能力で、能力者がらみの探索をいろいろやらされていたらしい。能力が発現する前の私を含めた、家族全員が全く知らなかったあたり、情報漏れ対策は完璧だったんだろう。
ちなみに機械部分以外は人によってデザインがバラバラで、私の場合は細い金属製のフープ状のものがアンクレットになっている。くすんだ茶色の意味は、「異能波及強度:E」……誇れることでは全くないが、なんと最低ランクである。
パフェの一口一口を、噛みしめるように、お気に入りの飴玉をいつまでも転がすように……とにかくゆっくり食べるお兄ちゃんを横目に、今日の話題を思い返す。新しく能力者が出たと思ったら、その人が持っていたのが発火能力で、パニックからアパートをボヤ騒ぎにしたのを全力で誤魔化す羽目になったらしい。お兄ちゃんと同じAランクと判断されたその女の人は、とにかく監視をつけて……場合によっては一生、能力を隠すための生活を余儀なくされる。その一言だけ、お兄ちゃんの目は全く笑っていなかった。
一応表向きはフリーランスでデザイナーっぽい仕事をしているとはいえ、お兄ちゃんも基本的には監視されている側だ。いろいろ思う所がたくさんあるんだろうと思うけど、正直殆ど普通の生活を送っている私には、きっと全部はわからない。
第一、「やっぱり発火能力とかそういうメジャーな奴もあるんじゃん」と真っ先に思ってしまい、私はへこんでしまっている。うらやむのは無駄だとわかっていて、何度もへこむこの心はお兄ちゃんにわかるまい。……まあ、わからないのが普通だと言われたら、返す言葉もないんだけど。
クリームまでがっつりふき取るようにパフェを食べきって、お兄ちゃんはにかっと笑う。見た目はちょっとチャラいけど、こんな生活をしていなかったらさぞモテまくりの人生だったに違いない、と私は勝手に思っている。お兄ちゃんだって、バズりだの映えるだの、さすがに好きな自覚はあると思う。好きだけど、一番刺激的なことは殆どの他人に言えない、もしくは少しも笑ってもらえない。……それは確かにきついことぐらいは、想像できる。
「ふー、今日もうまかったわ。ありがとな」
「どうもー。来週の分なんかリクエストある?」
「んー、おまかせ。とりあえずお昼の情報番組のトレンドコーナーでも見といて」
……ああいう、なんだろう……自分から率先して輝かないと埋もれるほどにキラキラした感じ、私自身はちょっと苦手なんだけどなあ。自分で調べる暇もないと解釈して、とりあえず肯定の意で文句は言わないようにする。
「あーそうだ、来週なんだが人連れてくるから。いい感じに万人受けする奴も、一つよろしく」
「はあ!?そんな大事な事言うなら一番最初でしょ!万人受けってほんっといっちばんキツいんだからね?!」
「いやほら、そういうのも含めての情報番組だって」
「うぐ……発注者は楽でいいなあ…………」
いい感じに万人受け……いい感じ…………。具体的には「嫌いな人が少ないものを作れ」ってことになるんだけど……。
なんでここまで頭を抱えているかを知ってて言うんだから、お兄ちゃんはそこそこ意地悪な方だ。
「一個だけ教えて。男性、女性?」
「女性っつーか……女の子だな、確か高校生ぐらい」
「んーごめん、事案かなんかにしか聞こえない」
「違えよ、別に俺が自分から手上げた訳じゃ………、……ん」
「……どしたの?」
「悪い、嫌な予感するからもう行くわ。詳しくはまあ見てもらった方が早いから来週な」
……お兄ちゃんが言う嫌な予感は割と高確率で当たるので、引き留めるわけにもいかなかった。最初は「そこに能力者がいるかどうか」程度だったらしいんだけど、今は不自然に強く能力を使う前兆のようなものも、空気感というか、予感としてわかるのだという。
ヒーローのように前線で活躍するタイプではなくても、間違いなくお兄ちゃんの能力は人に求められている。……そんなことになってみたかったなあと思いながら、私は颯爽と出ていくお兄ちゃんを見送った。
一人残された私は、レシピ本を眺めながら大きくため息をつく。インスピレーションを求めてだらだら写真を見ているけれど、まずいことに何を見ても全くピンとこない。お兄ちゃんみたいに食べるものが完璧に決まっている人が、ここまでありがたい存在だったとは。
「万人受け、かあ……」
ぶっちゃけると、割と心の底から勘弁してほしい。私の場合そうなんだけどそうじゃないので、作ったものに私だけが自信を持っていてもどうにもならない話なのだ。
本で駄目ならネットだ、と適当にネットニュースをつつくと、ある言葉が目に入る。……そういえばなんか言ってたなあ。この辺、まだしばらく曇りだから諦めちゃったんだけど。
「……材料集めから、頑張ってみますかあ」
事実上の1週間の猶予に感謝しつつ、私は必要な材料を書き出すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます