最終話 生涯貴方を愛し続けます〈しょうがいあなたをあいしつづけます〉
目的は新幹線ホーム。
昔より痩せたと言え、運動不足と年齢的な理由で体力的にかなり辛いものがあった。
だが、そんな事は言ってられない。
駅に到着した。
汗まみれになってしまっている。
さすがに首都にある新幹線のホームのあるターミナル駅だ、人が多く利用している。
ここからはさすがに走る訳には行かない。
だが、普段地下鉄ばかり利用している
駅はとにかく広い。
下手に走って案内の看板を見逃すと迷いかねない。
気付くと新幹線の券売機があるコンコースへと来ていた。
さて、ここからが問題である。
携帯に連絡を入れれば簡単な事だろう。
だが、たとえ掛けても出てくれないと意味はない。
それに・・・。
会社に携帯を忘れてしまったようである・・・。
今から、会社に取りに行くべきか?
いや、取りに行って
取り合えず、新幹線ホームへの入場券はすでに購入している。
その後の事は後から考える事にする。
ホームに立ち入るべきか、新幹線のコンコースで
取り合えずコンコースを一周した後にホームへ入場する事に決めた。
コンコースを一周している。
まだ
新幹線ホームへの改札へ向かっていると、なにやら見覚えのある人物が居た。
思ったより簡単に
「おじさん・・・。」
少し気まずそうだったが、すぐに
「一人で旅行でもするの?」
「うん、会社さぼって。」
「荷物はおかあさんの日記ね。」
「大事な物だからね・・・
「おじさん、日記返しに来たって事は、おかあさんの最後の言葉見つけちゃったんだね・・・。」
「うん・・・見つけちゃったよ・・・まさか表紙に最後の言葉があるなんてね・・・。」
花桜梨の最後のメッセージ
−私のことはわすれてしあわせに−
実に
「そっかーっ、日記持ってたら、おかあさんの事忘れられないもんね・・・。」
「おじさん、わたしおかあさんの最後の言葉だけはおじさんに教えなかったよね?」
「どうしてか解る?」
何となく察してはいるがあえて首を横に振ってみた。
「おかあさんとわたしはそっくりなんだって・・・。」
「だから、おかあさんのこの言葉をおじさんが知ったら、絶対わたしにはチャンスは無くなると思って言い出せなかったの・・・。」
「わたしの姿を見たら、おじさんはおかあさんの事、絶対思い出すと思うの・・・。」
「だから言えなかった・・・。」
明らかな作り笑いだ。
「勝手におじさんから離れて、故郷へ帰って、止めはおじさんにフラれるなんて・・・。」
「わたし最高にカッコ悪くて惨めだね・・・。」
今の
そんな
「そーだ、
「以前、家に電話掛けたんだけど、誰も出なくて。」
「うん、退院したけど後遺症が残ってて、生活が不自由なの・・・。」
「今は手足が痺れてて、あまり具合は良くないみたい・・・。」
切り替える話題を失敗したと後悔したが、
「わたしね、伯母さんがあんな事になってすごく怖かった・・・。」
「伯母さんはわたしにとっては、やっぱり母親なんだと気付かされたの。」
「おばさんは、わたしの本当のお母さんに遠慮して『伯母さん』って呼ばせてた様だけど、これからはわたし、伯母さんの事『お母さん』って呼ぶって決めたの。」
「うん・・・それがいいよ!」
「実の母と育ての親、お母さんが二人も居るって愛情二倍で
そして
「うん、母の愛情二倍だから・・・おじさんの事はきっと忘れられるよ・・・。」
この歳の差で、しかも
上手く行くはずはなかった。
最初は
だが、この感情はなんなんだ?・・・。
「伯母さん・・・ううん、お母さんは
「思い出が一杯の家だから。」
「お母さんは『私の事は気にせず、あんたの好きなようにしなさい。』と言ってくれたよ?」
「でもそんなお母さんを・・・そんなお母さんだからこそ一人にしちゃいけないと思ったんだ・・・。」
涙を必死でこらえているのだろう。
「わたしは、おじさんが大好き・・・世界で一番好き・・・。」
「でも、今日を最後にこの言葉はもう言わないよ・・・。」
だが『愛してる』とは言ってくれなかった。
『好き』と『愛』では重みが違う。
やはり
やはり、只の『おじさん』のままの方が、お互いの為だろう。
願わくはその異性と
それが一番いい事なんだと。
「おじさん・・・そろそろ行くね・・・。」
「うん、ホームまで見送るよ。」
「ありがとう、おじさん・・・。」
そして、二人は黙ったまま改札を抜け、ホームへ向かった。
ホームに到着すると
発車まで直前になるまで二人には会話が無かった。
無言で横並びになっていた二人だったが、そろそろ出発の時間が迫っているのだろう、
「おじさん、そろそろ行くね・・・見送りありがとうね・・・。」
「おじさん!」
「おじさん・・・あのね・・・あのね・・・。」
「わたし、おじさんに言いたかった事があるの・・・。」
「おじさんの言葉を借りちゃうのだけど・・・。」
新幹線の発車のベルが、けたたましく鳴りはじめた。
「生涯貴方を愛し続けます・・・。」
そして
表情は笑みを浮かべている。
新幹線のドアが閉まった。
ドア越しの、
だが少しだけ違っていた。
その眼には大量に涙が溢れていた。
発車した新幹線はあっという間に
(
(その言葉を使って自分を縛っては・・・。)
(
『生涯貴女を愛し続けます』
その言葉で今までずっと縛られてきた
そして自分の事など忘れて、他に良い人と幸せになってほしい・・・。
『私のことはわすれてしあわせに』
そしてしばらくの間ホームで立ちすくんでいた。
− 数年後 −
社員を犠牲にしない、夢の様な会社改革を見事に達成していたのだ。
プロジェクトチームは解散となったが、そのリーダーである
様々な功績を残した為、社としても
「私は、残りの人生教育者として生きて行きます。」
その言葉を残して。
まったく、
今は普通の生活を営んでいる。
昔の行動的な
そして・・・。
「
「あまり無理をしない様に、帰れる時にはとっとと帰るんだよ?」
課業終了時間となった瞬間、足早に家路につく男が居た。
男の姿が見えなくなると一人の男性社員が、小山田に話しかけた。
「課長っていつも残業もせず、すぐに帰宅しますよね?」
小山田は眉をひそめている。
「コラ! うちの会社では、上長でも名字に『さん』付けで呼ぶのが決まりだぞ!」
男性社員は気が悪そうにしている。
「すみません・・・俺中途採用なので、前の会社の癖が・・・。」
「
「上司がいつまでも帰宅しないと、部下は帰りづらいだろ?」
「それに
「うちの会社は、社員の残業は推奨してないしな。」
「残業代は出るけど、時間内に仕事を終わらせられないのは、能力に疑問を持たれるぞ?」
「でも
「ああっ、若い奥さんもらってその奥さんが身重だそうだからな。」
「えーっ! そうなんですか?!」
「ちなみに。歳の差はおいくつぐらいなんです?」
「相当離れているらしいって話だけど、夫婦で並んでいると親子に見えるとかなんとかって話だ。」
「えーっ、それはすごい!
「いや、
「えーっ! マジですか?!」
「でも、若いだけの男に縁のない、
「とんでもない! その娘は仕事の評判も良くおまけに、ものすごい美人だったんだぞ!」
「まあ、退社してその後は縁は切れたみたいだけどな・・・。」
「マジですか?! 矢野さんすごいですね!」
「あれ?
「うるさい!余計なお世話だ!」
「それに、俺の事は『係長』ではなく『
「あっ・・・すみません・・・。」
一方、
「ただいま!」
「おかえりなさいあなた。」
妻は身重の様で、腹部がかなり大きくなっている。
「今日、帰り際に
「まあ、今の事情は理解してくれているみたいだけど、子供生まれたら絶対顔を見せてくれと言われたよ。」
「まあ、
妻は大きくなっている自分のお腹をゆっくりと子供の頭を撫でる様にさすっている。
奥の部屋に入る
仏壇には三つの位牌が見受けられた。
帰宅したらすぐに仏壇前で手を合わせる、これが
「あっ、そういえばお義母さんは?」
妻は静かに笑っていた。
「もう、あなたったら・・・また言われちゃうわよ? 『私より年上の息子にお義母さんって呼ばれたくない!』って・・・。」
妻は笑いが止まらずクスクス笑いながら、
「お母さんはこっちに来てから通っているスポーツジムで知り合った奥様方と、今日は飲み会ですって。」
「相変わらず元気だな・・・。」
「そうね・・・。」
二人の表情は呆れているかのようだった。
妻は話を切り替えた。
この話題を
「あなた、今日ね赤ちゃんがお腹を蹴ったのよ。」
「本当か?! 随分元気な子みたいだな!」
「早く生まれてこないかな・・・楽しみでしょうがないよ・・・。」
「それはわたしだって同じ気持ちよ?」
「でもこの子、可哀そうだな・・・。」
「どうして?」
「だって、父親がこんな年齢だし・・・参観日とかに俺が行ったら、俺の事見たクラスメイト達に『お父さんというよりおじいちゃんみたい』っていじめられないだろうか・・・。」
「もう、あなたったら考えすぎよ。」
「でも、君が参観日に行けば逆に鼻が高いだろうな。」
「どーしてよ?」
「だって、こんなに綺麗で素敵なお母さんって、みんなに羨ましがられるだろ?!」
「はいはい、もー褒めすぎ、解ったから、夕食にしましょう。」
「あーそうだね、今日はおかずは何かな?」
「君の作るご飯は、何でも美味いからな・・・。」
二人は仲睦まじく仏間を後にし、キッチンへと向かった。
二人が去った仏間の壁には三つの遺影があり、仏壇の前の経机には、
完
生涯貴女を愛し続けます! 杉田浩治 @cameo111
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