第9話 こんなものか



<中村>


解放された中村は、そのまま何事もなく帰宅する。

木村邸には警察官が溢れていた。

組員たちは解放されて警察官の事情徴収に応じているようだ。

中村の帰宅と同時に車に刑事が近寄って来る。

ニヤニヤしながら刑事がうなずく。

中村はゆっくりと車のドアを開け、降りた。

「中村さん、何があったんですか? みんな気が付いたら縛られていたと言ってますが・・」

「あ、あぁ・・平島さん・・どこかの特攻屋ですかね? いきなり私も襲われて・・何が何だか・・」

「えぇ、私たちもすぐに周辺地域のカメラなどで確認作業しています。 まだ詳細はわかりませんが、この邸宅の近くで作業車が確認されています。 今、中村さんが乗って来たのと同じ車です」

平島と呼ばれた刑事が様子をみながら話してくる。

「そ、そうなんですか? 私は目隠しをされて移動していましたから・・気が付けば車の中で一人でいました」

「なるほど・・で、社長はどちらに?」

「い、いや、それがわからないのですよ。 とにかく帰ってくれば何かわかるかと思いまして・・」

中村は特区のことは全く話すことなく状況を説明していた。

警察もうたぐり深そうな目を向けながら話してくる。

・・・

・・

中村は、警察の事情徴収にわかる範囲で正確に伝えていた。

ただ、特区での出来事は完全に隠蔽する。


「中村さん、あなたは被害者なんですからね。 もっと我々を信用してください」

「えぇ、それはわかっていますが、気を失っていて気が付いたらこの車の中でしょ・・それで車にキーが付きっぱなしでしたから、そのまま帰って来た次第です。 まさかこんな状況になっているとは・・こちらが驚いています」

「そうですか・・また何かわかりましたら、ご連絡ください。 それから、あの作業車ですが、押収してもよろしいですか?」

平島が言う。

「え、えぇ、それは構いません。 よろしくお願いします」

中村の返答を確認し、平島が背中を向ける。


平島は思う。

中村の反応がおかしい。

やけにおとなしい感じがする。

まるで牙を抜かれた獣だ。

前はギラギラして、どことなく危ない雰囲気があった。

だが、どうだ。

気の抜けたビールのようじゃないか。

関西連合のナンバー2とも思えない。

我々と持ちつ持たれつの関係だ。

大きな隠し事はできるはずもない。

この世界はそうやって成り立っている。

何かがあったはずだが、本当に目隠しをされていて気が付けば車の中というのは真実だろうと思える。

組長がいなくなったので動揺しているのかもしれない。

・・・

ま、そのうち何かわかるだろう。

平島はいろんなことを考えながら現場を後にした。


中村も組員にいろいろと聞かれるが、自分も気絶しており謝罪していた。

組員たちは気勢を上げるが、どうしようもない。

犯人の存在すらわからずに気絶させられたのだから。

一瞬だが見た者もいたが、作業服を見ただけで、誰かは全く不明のままだった。


<特区にて>


菊池の帰還後、3日ほどした時だろう。

市長のところに私服警察と日本政府の行政官が5名ほど来ていた。

市長室のソファに座りくつろいでいる。

「市長、何やら妙な事件が発生したのをご存知でしょうか?」

来客の1人が口走る。

「妙な事件とは・・何でしょうか?」

市長が答える。

「えぇ、関西連合のトップの人間と構成員の1人が行方不明なのですよ」

「それが何か?」

「いえね、そのトップの弟が特区内で極刑になったでしょう。 それと関係があるのかと思いましてね」

来客の連中が市長を観察している。


市長は微笑みながら答える。

「なるほど・・それで我が特区を疑っているわけですね。 私のところも隊員が亡くなっておりますしね」

来客者たちはうなずく。

「結論から申し上げると、わからないというところですね」

来客者たちは明らかに雰囲気が変わる。

市長が続ける。

「特区内においては我々のやり方で対処できますが、特区外のことはわかりません。 それにあの事件以来、特に問題も発生しておりませんよ」

市長の発言通り、実際に特区内では何も起こっていない。

これは事実だった。

「ふ~む・・なるほど」

来客者たちは言葉に詰まる。

・・・

・・

来客者たちは結局何も得ることなく、特区観光に終わった。

私服警官たちは完全に不服な感じだが、証拠はない。

行政官たちが街を見て思わず言葉を出す。

「この街は、活気があるね」

「えぇ、私もそう思います。 過激なルールで縛られた街ですが、市民たちは本当にうれしそうに歩いていますね」

「うむ・・やはりこれくらい劇薬が必要なのかな・・」

「・・わかりません。 私の親戚も特区に移住したのですが、この区域内には絶対の安全があると言ってました」

「絶対の安全か・・」

・・・

・・

行政官たちと私服警官はしばらくして特区を後にする。


<市長室>


市長は机に座って書類に目を通していた。

小林課長が近づいてくる。

「市長、お疲れ様でした」

「うむ・・ま、あんなものでしょう。 それよりも課長、例の件はどうですか?」

市長が顔を上げ、小林課長を見る。

「はい、核融合のシステムですね」

市長がうなずく。

「問題なく工事に取り掛かっております。 それと、本当にレールガンも設置されるのですか?」

「えぇ、そのつもりです」

市長が答えながら、小林課長の顔を見た。

「課長は不安ですか?」

「え、えぇ、まぁ・・その・・日本政府と敵対するのではないかと・・内乱罪などに抵触しないかと思ってしまいます」

「そうですねぇ・・レールガンはまぁ先送りでいいとしても、エネルギー問題は喫緊の課題ですからね。 それにエネルギーが確保できれば、特区内で経済をグルグルと回せますよ。 食も特区で自給自足してますし、むしろ外に輸出するくらいですからね。 植物工場と養殖工場、自然の農地も確保しながら1つの規模を大きくせずに数を増やしている際中です。 最悪、日本から交付金が無くても我々だけでやっていける力が必要です」

市長が珍しく語っていた。

「はい・・」

小林課長はうなずくしかない。

自分も同じ気持ちでこの場にいるのだ。

大きな組織は忘れているのだろう。

個人の力が集まって組織として成り立っているのだということを。


しばらく時間が経過したが、菊池の案件は特に追求されることはなかった。

関西連合の事件も、特に大きな被害があったわけではない。

トップが、

構成員の1人不明など話題にも残らなかったらしい。

一般市民のニュースでは何度か報道されたが、特に興味を引くものでなかったようだ。

関西連合も中村が後を引き継ぐが、以前よりも強固になったような感じだ。

世間一般の関心というのは風化する。

そういうものだろう。


(了)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

また無茶苦茶な特区の話題が沸き起こってきましたら、どこかでアップさせていただきます。

これからもよろしくお願いします。

ボケ猫。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日本特区 ボケ猫 @bokeneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ