're meant to be

ノロジー

're meant to be



「あなたの周りの5人の平均があなたである。」

 この言葉通りなら僕は人間じゃあないだろう。

 0を5で割ったら0なんてのはあたりまえだし、

5”人”でないなら僕の体の20%は

猫でできていることになるからだ。






「元気か」

「にゃあ」

「そうか」


 今日も元気そうだが同級生からの視線が痛い。

 そういえば今週はテスト期間だった。

 猫の目線で喋っているがこの猫がもし小学生なら

今すぐにでも通報されるだろう。

 唯一の友達が猫なのはおかしいが、

小中学生でなくてよかったと改めて思った。


「じゃあな」

 ペダルをひっかくのをそっと

離してから家に帰ることにした。










何をするにしても

 横道に入らない人はいないだろう。

「遠回りこそ最大の近道」なんて言うひともいるし

「急がば回れ」という言葉もある。

 僕の場合、文字通り横道が好きだった。

 でもその日は大通りを通って家に帰った。

 



 大通りを通って帰ろうと思って 

今交差点で信号待ちだが、意外と同級生が多い。

ざわざわ

 帰宅部の僕は視力が悪いのも相まって

ほとんど人の顔を覚えていなかったが、

下を向いていても制服から同じ学校だと分かった。


 人の喋り声が


「あれ誰?」


くしゃくしゃの「糸くず」になって、


「いとうくんだよ。

 いつも一人で友達いるのかなぁ」


またノイズとなっていくが、不思議と僕の名前を、


「もぉやめなよ~

 かわいそうじゃぁん」


悪口を言っているように感じる。


 英語が面白いくらいに日本語に聞こえるように、

無意識に「糸くず」から嫌な言の糸以外が

引き抜かれていくみたいだった。


 僕はこの待ち時間が嫌いだ。

 スマホは使いたくないし、

なにより喋る相手もいないから

ペダルをカラカラまわす他ない。


 するとビニール袋が足についた。

 白いぼやっとした塊を離そうと顔を

ペダルまで近づけた時、

僕はビニール袋と、

正確には白い猫と目が合った、

息がふっと当たるくらいの距離で。



 けもの色のきらきらした目に


ふわふわの白い毛が陽の光で煌めいて、


光の波が毛を走っているのがはっきり見えた。


 堂々とした野性的とも感じられる姿に、


後ろ足の怪我すらも美しく見えた。



 ノイズからは嫌な声だけが聞こえてきたけど、

何も喋らない猫からは不思議と 


   「ありがとう」


          と聞こえた気がした。


 






 人は死に直面するとき感性を全開にして

集中力が一気に高まるというが、

もしそうなら僕はあの時

キュン死にするところだったんだろう。 






「今日は元気がなさそうだな」

「にゃあ」


 猫まで目線を落として言った。


「俺も今日は辛かったよ。

 グループ発表があって

 周りの視線が痛くて…」

「にゃあぁ」


 目を閉じながら気持ちよさそうに

頭をさすりよせてきた。

 頬が緩むくらいに愛しく見えた。


「慰めてくれるのか」

「にゃ」

「そうか」

「今日はひなたぼっこしてたのか?

 いいにおいがするな」

「にゃぁあ」

「いい天気だな」



 言葉がない方が仲良くなれるなら、

多分言葉は傷つけるためにあるのだろう。

 生まれる時代が違えば、

今より楽しい生活だったかもしれない。









 今日は先客がいるようだった。


「伊藤君久しぶり」



「誰だっけ」

「同じクラスの勅使河原だよ」


 ペダルをからから回して

平静を保つが、うまく思い出せない。

 ペダルと自分の足の他にもう二本、

細身の足が入ってきた。


「覚えてないの?」


 首を下げたまま、

さらに首を縦に小さくふった。


「部活ない時しか来られないから

 一か月ぶりくらいだね」



「うん」

「にゃあぁー」


 いつもみたく猫が足元によってきた。


「今日も元気そう」


「前も思ったけど

 猫と話すときは普通に喋るよね

 私はいいとおもうけど」



「友達みたいに感じること多いから」



 会話が途切れしんとして、

忙しなく通る車の音が

僕達を急かしてくるように思えて、

同時に用がないなら早く帰れと言ってるみたいだ。



「伊藤君も猫好きなの?」



「猫派かな」

「いつもいるよね」



「なつかれちゃって」



 こういう事は前にもあったから返事は短くした。

 罰ゲームか、暇潰しに利用されているだけだ。

 前のテストの事も考えるとかれこれ

三ヶ月も罰ゲームが続いていることになる。



「誰か待ってたの?」

「まあね。

 伊藤君は餌とかあげてるの?」



「たまに」

「にゃあーあ」


 猫が足につかまりながら

餌を必死に催促してきた。


「ほら、餌だぞ」


 猫に対して普通に接するのは僕なりの考えで、

ペット扱いせずに生き物同士として

しゃべりたいからだ。

 彼女は自分が猫と同じかそれ以下の態度を

とられたと思って幻滅するだろうが誤解だ。

僕にとってはこの猫は友”人”なのだ。


「じゃあ急ぐから」


 俯きながらまたペダルに足を回した。

 猫には悪いが彼女のためにも

しばらく会うのはやめておこう。


「ちょっと待って」


 前と同じだ。

 これはもしかすると嘘告かもしれない。

そう思うとまた道路の「糸くず」から

何か聞こえてくるようだ。

 今ただの車の音すら僕のひそひそ話に

聞こえてしまうだろう。

 どこまで性根が腐ってるのか知らないが、

高校でもこういうことがあるのか。


「LINE交換しない?」



「?」

「もってない?」



「もってるよ」

「じゃあ…」




 次の日の朝、

僕はいつもより早く家を出て

猫にお礼を言いに行った。


「昨日はどうもありがとう。

 お前のおかげだ。」

 猫と顔を合わせる。

「にゃぁー」


 毛を波打たせながらじっと

見つめてくるその栗色の目を見ると、

誰かを待ってるようにも別れを

悔やむようにも見えた。


「また来るからな」


 そう言うと猫はしっぽをふって

そそくさと建物の間へと行ってしまった。

 






 人との関係が糸だとしたら

それらは複雑に絡み合っていて、

「糸くず」と変わらないだろう。

 案外ちっぽけなもので、

些細な事でぷつりと切れ、

「糸くず」から抜け落ちる。






もし僕の「糸くず」に




運命のあかい糸があるとしたら、





それはしろくて





ふさふさで




おひさまのにおいがするだろう。

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