第二章 自炊とニートと食品マーケティング
——— 改革後の農民は「少地」の下層といえども、土地所有者であり、経営者であって、その勤労者的性格も、それらに媒介されている。
(『戦後日本資本主義と農業危機の構造』 著:保志 恂 御茶の水書房 第二章 P68 より引用)
すでにあるコミュニティの仲間に入ることが得意な人ほど、仕事を創造することに無関心である。
コミュニケーションを「労働力」として売れない、人から言われたことさえも黙々とできない反抗型・マイペース型人間にとって、雇われ労働は難しい。そういう人は「クズ」だと言われる。
映画「自宅警備員と家事妖精(※1)」では、函館で自称・自宅警備員と名乗る主人公に、妖精が「クズ」と叱るセリフがある。
再解釈リメイクアニメ「おそ松さん(※2)」では、「クズ」のニートという位置付けでコントが成り立っていた。
セリフとして成り立つのであれば、出稼ぎに行かないニートは、クズ扱いされるのが世間の価値観により近いということだ。
ニートを扱うときは「個人の能力とモチベ」というイメージが先行して「タダ飯喰らい」「穀潰し」意味合いが強くなる。
しかし本来は、群衆に焦点をあてた社会問題として捉える言葉である。
日常会話では「ニート」は俗語扱いされ、賃金労働が主たる社会では、仕事につけない人のことを「かわいそう」に感じる。必ず「どこかに」就業しないと、怪訝な目でみられるのが、日本型「世間」の常識になっている。
それでは、外で働いている人に問いたい。
就職して、社会に出て、仕事をしながら「自炊」は続けられるだろうか?
もちろん休日の趣味の料理は除外する。いわばアニメに出てくるようなメイドさんが担当しそうな役回りである。
毎食、惣菜やコンビニの即席おかずに頼らず、自分のために仕入れ、加工、調理、洗い物、キッチン周りの清掃をする。
多くの方が、自炊を休み休みしているのではないだろうか。会社を残業し、会社に体力を使い、会話やお付き合いに時間を割いて、外食やスーパーのお惣菜やお弁当に頼っているのではなかろうか。
いや、作っているけど。という人も、作るといってもカレーはカレーのルーから作り、だしは類粒だしで、親子丼のレトルトパウチ、天ぷらや唐揚げ、フライはスーパーで買ったミックス粉で、炊いたごはんにふりかけをかけたりする。
漬物もナイロンポリに包まれたものを買う。マヨネーズにしても、必ず加工工場へ大量に加工されたものを購入している。
実際、コンビニの冷凍食品の需要(※3)も上がっている。
コンビニのサバの塩焼き300円弱の値段だ。
仮にノルウェーの輸入サバの「切り身」を仕入れたとして、自宅に帰って、塩をふりかけてフライパンで油を引いて焼けばできる。塩焼きであれば、日本の漁港で水揚げした他の魚でも良い。
この簡単な料理の工程を、大型の加工工場で行っているのだ。工場からの出荷になると、加工の人件費+輸送の人件費+密封のビニール代も込みの値段である。
賃労働で得たお金で、サービスという名の人件費込みの加工食材を買うのである。加工食品を買っている時点で、食料を賃金から引き落とすことから逃れられない。
ホテル以外の賃貸であれば、必ず簡易的なキッチンはある。フライパンと油さえあればできるのに、賃労働が食卓まで浸透していることに危機感を覚える。
加工工場では、賃労働で人が雇われている。そこで賃労働で加工した人が、食堂や、飲食チェーン店、コンビニで弁当を食べる時代である。
いいかえると、コンビニやスーパーというのは食料倉庫・貯蓄代行サービスであるので、自宅で食料の貯蓄をしない人が増えているということだ。
『変わる家族 変わる食卓 <真実に破壊されるマーケティング常識>(著:岩村暢子)(※4) 』では、広告代理店による1960年以来に生まれた主婦を中心とした調査から、現代の食品マーケティングの混乱を指摘している。
———「買ってみる」「使ってやってみる」「食べてみる」というのは情報アクセスであるから、調理能力よりも情報感度のいい、情報選択力のある主婦が、現代では家庭の食卓豊かに整えることができるということにある。
——— 商品自体をメニューから情報とする主婦の「献立イメージなき、行きあたりばったり買い」の増加は、スーパーの売り場やメーカーをとても混乱させている。そして、売り場で「目新しいもの」を中心にその日安かったもの、良さそうなもの、子どものねだったものなどを調達してきて、バラバラと羅列する食卓は、献立をさらに脈絡のない、奇妙な取り合わせにしている
(『変わる家族 変わる食卓』第六章 現代の「食」志向の真相:P223)
ニートの問題は、さらに主婦または主夫の問題とつながっている。いわば平成、令和時代の食卓は、「何を買うか」に特化しているのだ。
買い物して、レンチンや炒めもの、煮物など、皿に入れ替えて出す。余った食材の、塩漬け、砂糖漬け、酢漬け、というのはナイロンポリで包まれたパックを買う。
自宅のキッチンで調理加工していた昭和時代は、魚は魚、肉は肉、野菜は野菜と、商店街などで八百屋や肉屋や豆腐屋など、個人店で単品を売ればよかった。しかし、自宅で「作らない」ことで、加工食品の多種多様化が進んだ。ここまで多様化すると、SFばりに高度な食材マッチングアプリでも開発しない限り、フードロス(※5)は必ず起きるだろう。どんなに夕方値引きセールをしても、消費者にサンドイッチ棚の前取りを注意喚起しようが、ゼロにはできない。
これほど、食料商品が多様化すると、マーケティング側(売る側)も、味の好みまで種類を揃えなければならず、売れるかどうかも不確かなトレードを続けていかねばならない。
炊事の内容が「買い物上手」に比重しているとすれば、「買い物」をするためには「賃労働」から得る「金銭」が必要になってくる。
夫婦がいたと仮定する。買い物は妻が行う、金銭調達は「夫」が行う、と家族でスッキリと経営分担ができればよい。しかし、過労働で夫が体調を崩して寝たきりになってしまった、妻がパートに行きながら、子供の世話も、食卓も準備して…と役割がぐちゃぐちゃになっていくと、家族の経営破綻がしやすい。
主婦や主夫がパートで働くと炊事の時間まで削って、会社存続のために身を捧げることとなる。自分の子供の世話を、保育所に預けてまで存続しなければならない仕事や会社だろうか? 仕事に情熱を持っているのであれば、仕事優先も理にかなっている。しかし、それを問うことは少なく、工場で加工された食品や住居費、税金を払うために、出稼ぎにいく。
「まいにちごはん」を食べるために、食材が遠回りしすぎてはいないか。
大量生産型社会で、「モノの値段」ばかり着目した結果が「荷重労働」では、長い目で見て非効率だと考える。
中年ニートや、自分の世話ができないセルフネグレクト(※6)の問題は、畑作や畜産などの自宅経営ができなくなっていることと重なる。
外の仕事を優先させすぎて、自宅でできる仕事が奪われている。自宅や近所の農産物の物々交換で、支出を抑えて最低でも食品だけ賄うことができれば、出稼ぎに行く時間が減らすことができるだろう。
コンビニで300円の塩サバを買うこともない。
毎日の炊事を安定的に続けていくには、慣習化が必要だ。仕事がクビになって、すぐできるかというと、自宅キッチンを「小さな加工工場」にセッティングしないとできない。(およそ2年自炊を続けた筆者の実体験による※7)
では、出稼ぎの仕事をしにいくとしたら、何を生産しているのだろう。過剰な「サービス業」の大量販売である。1円から資本を持っている全ての人間に対して「サービス」を提供し続ける。
判断は現場に不在の経営者が決定する。お客様が、そこまでサービスを求めていなくても、資本を携えている全員に向けて「平等な」サービスを提供し続けるのだ。
『賃労働の系譜学(※8)』(著:今野晴貴)では、日本型賃労働の問題点を指摘している。
————「ゆりかごから墓場まで」私たちはどう自分の労働力を売るのかばかりを考えて生きている。このように私たちが物象(商品や貨幣、資本)の人格的担い手となって行動し、その中で自身の価値観や欲望さえ変質していくという事態は、「物象の人格化」と呼ばれる。今日の自由主義社会の中で、私たちには行動の自由がある。しかし、その行動の自由は、あくまでも商品化された社会の中で、選びとることができる自由(労働力を売る自由)に過ぎないのである。
————経営者や上司も、物象化した関係性の中で、自らのふるまいを選択せざる得ないからだ。過労死を引き起こすような業務命令も、それが経営上妥当であれば、選択せざるを得ない。
ここでいわれる「物象の人格化」に着目する。
”商品”のという”もの”のために、自分の人格を変えてしまう。商品を売るために、制服を着る。商品を売るために、用意されたマニュアル通りに動く。商品を売るために、大雪の日でもコンビニを開ける(※9)、というのが「物象の人格化」に入る。
人間は機械のネジではないし、天候は予報はできても一律ではない。そこの地域に毎日住んでいる人の判断と、会社の利益追求に総合的な判断が食い違うときが来る。
それに会社イメージの存続を優先させれば、コンビニオーナーの過労死やトラック運転手の過労死などを引き起こす。
過酷な労働を強いてまで、いつでも買える商品が、そこまで必要であろうか。”いつでも買える”サービスに、1日労働した賃金の一部を原価よりも余計に払って食べている。
食べることの方が最大優先なはずなのに、現代では、「食べる」までの炊事を放棄してまで、賃金でお金をもらう方が優先されている。
大量生産型のサービスになるほど、働き方がシフトや時間に縛られる。「物象の人格化」によって、個人の判断が下せない。
本来であれば、店を切り盛りするためには、利益の追求が必要である。それは誰でも身につけられるスキルではなく、熟練した商才や経験がいる。
だから、利益追求の経験のないアルバイト・パートでも、すぐ従業員になれるようマニュアル化される。低賃金で人材の確保ができる。雇われた労働者は、ただただマニュアルに沿った労働力を売る。
ここで雇われた「労働力」とは、「雇用主」に決められた作業を迅速に行うことである。
シフトの時間が優先され、お店や会社の存続のために、炊事を放棄する。コンビニの添加物の入ったサンドイッチを買う。健康を蝕みながら食べていく。
消費者に届かなかった売れ残りのサンドイッチが廃棄される。サンドイッチの生み出した労働時間も、冷蔵保存の為の電力資源も捨てる、捨てる、捨てる……
時給で雇われた職場は、時間が絶対視され「いかに時間内に多く生産するか」に集中する。競争であり、あわよくば順位がつけられ、下位の者は「仕事ができない」と他者から、もしくは自分自身を責めることになる。
極論してしまうと「コミュニケーション」能力の評価値がインフレを起こしてしまっている。
働くことを「時給」換算のみで限定的にとらえすぎなのではないか。「出稼ぎ賃労働」と「時給」に偏った社会構造が問題なのだ。工場や事務など、会社が大きくなればなるほど、仕事の均質化が好まれる。
サービス業に偏りすぎて、コミュニケーションばかり求められる。コミュニケーションは均質化される。均質化されたコミュニケーションを黙々と続ける。
「かんたんな仕事」と称し、スピードを求められる。「かんたんな仕事」にスポーツマンシップを求められ、ヒューマンエラーを起こせば、怒叱られる。
従業員は「社畜」という俗語で、奴隷のように働かされるのに対し、ファミレスに連れられた子供は「お客様」で、王様や貴族のような厚遇が受けられる。
貴族の気分で育った子供は、大人になって「社畜」になり働かされる。甘やかされてお金を落としていって、大人になれば、せかせかと働かされる。いきなり「コミュニケーション」が足りないと説教されても負担は増加する。
だが、事務や輸送も案内係も、数十年先には人工知能にとって変わられる。次世代では、必要のない仕事になる。
物が事足りてしまった社会では、サービス業であふれた。なんのサービスかも知らずに、マニュアル通りにサービスを提供し続ける。資本主義、競争社会、市場経済の世の中であるのに、外から仕事をもらうことに関心がいきすぎている。
すでにあるコミュニティの仲間に入ることが得意な人ほど、仕事を創造することに無関心である。
人と話すことが趣味であればいいが、会話よりも読書が好きな自分にとって、サービス業は虚しい。
農地を持っている家であれば、田畑を耕す手伝いもしてもいい。数十年間の企業の営みだけでなく、数百年と続いている地元の慣習を見直すことも必要だろう。
<参考文献・解説>
(※1:2021年 配給 太秦)
(※2:2016年 制作スタジオぴえろ)
(※3[大手コンビニ3社で冷食が伸長、セブン・ファミマ・ローソンそろって売場拡大へ|食品産業新聞社ニュースWEB]https://www.ssnp.co.jp/news/frozen/2019/05/2019-0508-1059-14.html(https://www.ssnp.co.jp/news/frozen/2019/05/2019-0508-1059-14.html))
(※4 2009年 中公文庫)
(※5:フードロスの問題は、フードが余ることではなく、フードを適格に廃棄・リユースしないことにある。生ゴミはコンポストに入れて畑の肥料にするなど、循環型に切り替えることが本質である)
(※6:セルフネグレクト 生活環境悪化や栄養失調、気力までも喪失し、知人や公的機関などに助けや協力を求めない状態のこと→参考[“セルフ・ネグレクト” その実態とは? - 記事 | NHK ハートネット](https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/308/)
(※7:自炊を続けている筆者に実体験では、自宅を「小さな加工工場」にするために、食器棚、IHの追加購入、オーブンレンジ、冷蔵庫、フードプロセッサー、ホームベーカリー、炊飯器、その他諸々調理器具の設置、お米、米粉、片栗粉、タピオカ粉類の箱買い、調味料の常備、朝市場や個人店からの野菜肉魚類を2週間から1ヶ月分仕入れ、瓶詰め加工習慣化するなど、ストレスフリーでルーティーン化するまで、一年半かかりました。)
(※8:2021年 青土社 『賃労働の系譜学』今野晴貴 (P39) 第2章 日本型資本と主義社会と「ブラック企業」より引用)
(※9:https://www.bengo4.com/c_5/n_7720/ 弁護士ドットコムニュース)
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