不思議譚

詩川貴彦

第1話 お持ち帰り

「お持ち帰り」


就職1年目の夏のことでした。

 夏休みに入ったばかりで、ワシたちは暇を持て余していました。クルマはありましたが、お金もクーラーもなかったので、ワシは友達と、ワシの部屋でゴロゴロしながら「3時に会いましょう」というアフタヌーンショウ的なテレビを見ていました。ちょうど「あれ」が出る場所の特集でした。そして、すぐ近くの某峠が紹介されていました。

 ワシは当時、山口県の宇部市のかび臭い洋間のワンルームのコーポに住んでしました。テレビに出ていた場所がすぐ近くだったので、ワシたちは暇つぶしに、今夜そこに見に行ってみようじゃあないかという話になりました。まだ22歳の若造でした。元気だけはありましたが、何も考えていませんでした。

 真夜中の0時に、その友達を助手席にのせて、ワシのレビンで出かけました。小野田の交差点を左折して江汐公園を目指し、それから厚狭方面に行くと、すぐにその場所でした。今では大きな道に整備されていて、クルマがビュンビュン通るようになっていますが、当時は狭くて暗い山道でした。ワシのレビンは快調に峠道を駆け上っていきました。

 「いつかは行ってみたいのう」と密かに憧れていたラブホテルのネオンがぼやけて見えました。そうこうするうちに、なぜか霧のようなものが出始めていて、次第に視界が効かなくなってきました。いつのまにかワシたちは、そのちょっと不気味な雰囲気に飲まれて、お互いに黙り込んでしまっていました。

「このへんじゃあないか。」

「そうかのう。でも周りがまったく見えんなあ。」

「こんなこと珍しいのう。」

「あれ?」

「どうしたん?」

「今、ちらっとなんか白いもんが見えたぞ。」

「怖いこと言うなや。ホントか?」

ワシはすぐにクルマを停めて、クルマを降りて確認しましたが、霧と暗闇でなんにも見えません。でも、ふとですが、右手の山側に古い墓のようなものがあるのを見つけてしまいました。それで、なぜか急に怖くなって、二人でクルマに飛び乗って、Uターンするのも怖かったので、厚狭に抜けて大回りし帰りました。家に着いたのは午前1時過ぎだったと思います。それから友達が泊まるというので酒を飲んで雑魚寝して朝を迎えました。その時は特になんちゅうことはありませんでした。


 なんか知りませんけど、異変が起こり始めたのは、次の日の夕方からでした。仕事から帰ってきたら、ワシの愛用の茶碗が真っ二つに割れていました。「あれっ」と思いましたが「寿命じゃのう」と特に気にしませんでした。

 その翌日はなぜか頭痛がしてたまらない。でもワシの頭痛は癖みたいなものだったので、この時も特に気にもせず、バッファリンを飲んで寝ました。

 そのまた翌日。朝起きたら今度は胃が痛くてたまらない。そのころからワシは「なんか変じゃのう。」と思いはじめました。いくら能天気なワシでも、なんとなく不吉な予感がし始めていたのです。だって変ですもの。何かが変。

 この部屋に、何かいるような気がするのです。でも気のせいじゃろうと思っていました。そんなことあり得ないことですから。

 その2日後の木曜日の夜。お母ちゃんから突然電話がありました。

「何かかわったことはないか。」と聞くのです。それから

「お前、何か連れて帰っとるよ。」

と突然言い始めたのです。ワシはものすごく怖くなって、お母ちゃんにこれまでのことを正直に話しました。

 うちのお母ちゃんは、般若院のおじいちゃんの孫なので、これまでにもいろいろと不思議な予言?をしたり、おじいちゃんの話をしてくれたりして、ワシをビビらせていました。ワシは若者だったので、いつも話半分で聞いていましたが、内容自体がとても面白かったので、いつも楽しみにしていました。でも今回の電話はとても驚きました。「なしてわかったんじゃろうか。」と思いましたが、怖くて聞けませんでした。

「ええか。白い紙に塩を盛って、部屋の一番高い棚において、それから毎日、どうか 

 帰ってください。ワシには何もできません。とお願いしんさい。ええかね。」

「わかった。」

 ワシは、すぐにその通りにしました。でも部屋の気配はすぐには消えてくれませんでした。


 土曜日の夜に、別の友達が遊びにきました。「ひょうきん族」を見ながら、

「ワシ、ジュースを買ってくるけど、お前は何がええ?」

と聞くと

「ジョージア」

と、いつものように応えたので、ワシは小銭をもって、近くの自販機に行きました。友達は

「すまんのう」

と言いながらタケちゃんマンを見ていました。

 それで、ワシが冷たいジョージアを2本抱えて部屋に戻ると、友達がベッドにすがって震えていました。

「どうしたんか?」

「今、お前が出て行ってから・・・。」

「はあ?」

 友達が指さす方をみると、洋間用の蛍光灯の四角いカバーが、落下寸前で引き紐がつまみにかろうじて引っかかって揺れていました。

「落ちたんか。古いけえのう。」

「違う。」

「えっ。」

「お前が出て行ってからすぐ、ガタガタっという音がして、地震かと思ったけど、カ

 バーだけ揺れちょった。誰かがゆすっちょるみたいじゃった。それからガタンと落

 ちで紐で止まった。」

「・・・・・。」

「そういやあ、何かこの部屋変な感じがするのう。」

「・・・・。」

ワシは、これまでのことを話しました。そうしたら

「悪りいけど、帰るわ。」

と言って、ワシを一人残して帰ってしまいました。この野郎!

ワシは「これは真剣に戦わんといけんなあ。」と思いました。しかし戦う術もなかったので、お母ちゃんに教えられた通りに、今度は真剣にお願いして、それからなぜか怖くなくなってきたので、そのままベッドには入って寝てしまいました。

 日曜日。朝起きるとすでに真夏の太陽が部屋の中を明るく照らしていました。それから、何か知りませんけど部屋の中が不思議とさわやかな感じがしました。何かいるような奇妙な感じがさっぱり消えていました。

 ワシはお母ちゃんに電話しました。お母ちゃんは

「昨日のが、帰るという挨拶じゃったんかも知れんねえ。」

と言いました。それから、今になって、いたずらにそんな場所に行ったことについて、くどくどと注意されました。それから

「お前は、般若院さんのひ孫じゃから、そういう体質を受け継いでいるんよ。だから

 絶対に興味本位で近づくな。お前は、引き寄せるかも知れんけど祓う力はないんじ

 ゃから。」

ときつく言われました。


 これ本当の話です。偶然が重なっただけかも知れませんが、興味本位でいたずらにそういう場所に行って、お持ち帰りしてしまったことは事実ですので、すべてワシが悪かったことなので、深く反省するしかなかったのでした。

もしこれを読んで、「気をつけんといけんなあ。」と思ってくれる方が一人でもいらっしゃたら本望です。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議譚 詩川貴彦 @zougekaigan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る