裏切り

 アベルの寝室に忍び込んだあたしは、彼と裸で抱き合っているところを取り押さえられた。休眠スリープ中のはずのあたしが消えてるのが、意外と早くバレたみたい。アベルの小細工より、マヤの心配性が勝ったのかしら。あたしが逃げ出すのも盗まれるのも壊されるのも、あってはならないことだもんね。


 裸の身体ボディにタオルを巻きつけて、あたしは肩を竦めた。寝ているところを起こされたらしいマヤはすっぴんで、メイクをしてない頬が赤くなったり青くなったりしてるのがちょっと面白い。


「あたしには愛が分かってないって言ってたじゃない。だから試してみてたのよ」

「性欲を教えた覚えはないわ。汚らわしい……!」


 ヤることヤれるように作っておいて、汚らわしいなんてよく言うわね。あたしを造らせた、モーリッツにこそ言うべきでしょうに。


「あたしの身体に処女性なんて馬鹿馬鹿しいと思わない? モーリッツが目覚めたときに、を作り直せば良いじゃない」

「黙りなさい……!」


 あら、とうとう殴られた。マヤの感情は本当に不思議。あたしイーファには理解が及ばない。夫の不貞を怒るならまあ分かるけど、夫の愛人がほかの男と寝たのが許せないなんて。


「貴方は廃棄処分よ、十一号エルフ。今までで最悪の失敗作。一秒たりともはおけない」


 マヤに取って、イーファはモーリッツ一筋でなければならないのね。うっかりあたしがと認めちゃうくらい頭に来てるなんて、ちょっと笑っちゃう。


 機械あたしを殴って傷めちゃったのかしら、手を抑えて顔を顰めるマヤに、あたしはさりげなく尋ねた。


「アベルは? 消されちゃったりするのかしら」


 あたしと同じく裸だったアベルは、どこかに連れて行かれちゃった。あたしと違って痛みを感じるのに、ずいぶん殴られてたようでもあった。彼は大丈夫なのかしら。

 彼の名前を聞くのも嫌なのでしょうね、マヤは憎々しげに顔を顰めて魔女みたいな表情をした。


「私たちは犯罪者ではない。これまでの働きに対する報酬は支払うわ。契約違反の分は差し引くし、十二号ツヴェルフに近寄らせはしないけど」

「そう、良かった」


 でも、彼女の答えはかなり優しくはあった。アベルはクビにされちゃうみたいだけど、ひどいことはされないみたい。それが分かって、あたしの唇は自然と微笑む。あたしの一番はいつだって歌だけど、あたしのせいで他人が不幸になったら後味が悪いもの。その程度には、あたしにも優しさってものがあるのよ。


「……アベルのことは心配するのね」

「あたしが言うことじゃない──っていうか、今までの『あたし』も言ったことだと思うんだけど」


 マヤは、この期に及んでもイーファあたしにはモーリッツ一筋でいて欲しいみたい。悲しげにあたしを見下ろす彼女のほうこそ何だか気の毒で、あたしは柄にもないことを言ってしまう。これで最後になるんでしょうしね。きっと、十号ツェーンより前の「あたし」たちも、同じ気分になったはずよ。


「モーリッツはろくな男じゃないわよ。貴女が人生を捧げるに相応しいとは思えない。イーファあたしばっかり追いかけて、貴女を置き去りにするなんて」

「分かっているわ」


 怒るだろうな、と思いながら言ったのに。マヤはふわりと微笑んだ。なんだ、このひとまだまだ綺麗じゃない。モーリッツは、妻のこんな顔を知っていたのかしら。


「でも、愛しているの」


 不覚にもあたしを見蕩れさせる微笑みのまま、マヤは指先で合図した。それを切っ掛けに、何本もの手があたしに伸びる。あたしの意識を──電源を落とす。それはあたしにとってはまったくの無。毎晩のように迎えていたものだから、眠りも死も区別がつかない。


 でも、人間だって同じよね?

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