第3話 家出騒動 後編 から騒ぎの顛末や、いかに
鈴川青年は、更新前の通帳を閉じ、次の通帳を開いた。
「あ、これですよ、これ!」
彼は少し大きめの声をあげた。ちょうど生徒の入室が途切れたときだったようで、扉の向こうにいた武藤塾長がびっくりして室内に入ってきた。
「そうそう、これです」
更新された通帳の上から3つ目あたりに、確かに、「マツマエ」と読める漢字で書かれた郵便局のゴム印が見つかった。その近くにももう一つ、同じ「松前」と書かれた漢字の含まれた郵便局があるではないか。
松前郵便局 ・・・ 松前北黒田郵便局
「愛媛県にどうやら、松前(マツマエ)と書く地名がありそうだな」
山崎指導員は、感心しながら彼の郵便貯金通帳を眺めている。その周りの郵便局名を分析してみれば、確かに愛媛県と思われる地名があちこち見受けられる。
「鈴川君、このマツマエ郵便局とやら、どうやって行った?」
「それですけど、山崎さん、伊予鉄道が走っていまして、その電車で行きました。思い出しましたよ。松山市から少し西に離れたところにありました。確かこれ、マツマエという読み方じゃなかった。そうそう、マサキ・・・、そんな読み方だったかと」
「でも、そのマサキとかいう郵便局、正確に愛媛のどこにあるかはわからんなぁ」
「それなら、山崎さん、電話使って結構ですから、まずは104で聞かれてみて、それから電話されたら? 今から図書館に行って電話帳で調べても、時間がもったいないでしょう。郵便局は5時まででしょ。構いませんから、どうぞ」
武藤塾長の提案に従い、山崎氏が104(電話案内)に架電した。聞くと、確かにあるという。電話番号を聞き出した山崎指導員は、言われた番号にかけてみた。果たして、その郵便局は「マサキ」という町の名前で、その郵便局は愛媛県伊予郡松前町の集配局であるとのこと。このはがきの消印は、ここから出されたもののようだ。
「ここなら、可能性がありそうですな。ところで山崎さん、大村君でしたっけ、愛媛県に親族縁者います? いるとすれば、ひょっとそこに行っている可能性もありますよ」
米河氏の指摘を受けた山崎氏は、少し考えこんでいる。
「そうか、ちょっと、その点について誰か彼の親族に聞いてみる。その前にもう一回、津山の叔父さんの自宅にかけてみようと思う」
「そうですね、もし電話番号がお分かりなら、すぐここでお電話されたら?」
武藤塾長の勧めに応じて、山崎指導員は電話を掛けた。彼の叔父宅の情報は、資料にきちんとメモされている。果たして、叔父や父にとって実の母にあたる大村少年の祖母が出てくれた。昼間は、別の用件で外出していたため、留守だったという。
「ああ、うちの孫ならね、私の娘、ここに住むあの子の叔父と父親の姉にあたる者が今、夫の転勤で松山に勤めておってね、少し外れの「マサキ町」にすんでおりましてなぁ、それで、うちの孫はその伯母宅にあのこの叔父夫婦と一緒に、昨日津山から列車に乗って愛媛の伯母宅まで行って、そこから御宅でお世話になっとる純一が葉書を書いて出したみたいですな。明日の夕方には帰ってくると申しておりますから、御心配には及ばんと思います。ですけど、念のため、うちの娘夫婦の住所と連絡先を申し上げておきますね」
この祖母はまだ70代半ばで、シャキッとしている様子がうかがえる。
祖母は、自分の娘夫婦の連絡先の住所と電話番号を山崎指導員に教えた。
確かによつ葉園の児童ファイルには、両親や祖父母あたりの純一少年から見て直系の親族と面会などに来る傍系の親族である父方の叔父などのデータはある。だが、結婚して苗字も変わっている父方の伯母までのデータはないし、その存在や動向まで把握出来てはいない。そもそも、必要性の低いデータではあるから、そんなものだと言われればそれまで。だが、これで一つ問題点はクリアできた。山崎指導員はお礼を述べて電話を切った。
いったん2階の教室の見回りに出ていた武藤塾長が1階に戻ってきた。山崎指導員はことの顛末を話し、礼を言って立ち去ろうとした。
「まあ、待ってください。山崎さん、今すぐここで、その何とか君の伯母さん宅に電話しておかれたらどうです? 出てくれたら儲けものじゃないですか」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えまして」
山崎指導員は大村少年の祖母に言われた場所に電話を掛けた。ほどなくして、電話口に大村少年の伯母が出た。聞くと、弟夫婦と純一少年は昨日からここにきて、明日津山に帰るというではないか。彼らは今、松山市内に観光に出ていていないとのこと。だが、よつ葉園児大村純一の無事は、これでおおむね確認できた。
「山崎さん、よつ葉園にも、ここから一報入れておかれたほうが、いいでしょう」
山崎指導員はもう一度電話をかけ、事務員相手に状況を簡潔に伝え、すぐに戻る旨伝えた。そして、武藤塾長ら3人に礼を言い、公用車でよつ葉園に戻った。
その後の高学ゼミの講習授業は、滞りなく進んだ。
ようやく外が暗くなり始めたその日の夕方、大村純一少年からよつ葉園に愛媛県の伯母宅から電話がかかってきた。
数日後、彼は叔父に連れられてよつ葉園に戻ってきた。
「おい純一、お願いじゃから、変なところからうちに葉書なんか出すなよ・・・」
担当の児童指導員に呆れられた養護施設入所児童の少年は、こう答えた。
「山さん、あの葉書、なんか問題あった?」
「いや、まあええわ・・・」
山崎指導員は、「マツマエ」の消印から発展したあの騒ぎのことは、何も言わなかった。
家出騒動 北海道からのハガキ?! 与方藤士朗 @tohshiroy
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