第2話 家出騒動 中編 でもなぜ、北海道に?

「とにかく、一昨日の朝10時まで、純一は確かにうちにおった。岡山の街はずれのよつ葉園に、やで。この消印は、昨日の昼、時間帯は御覧のとおり12時から18時まで。ところで、彼が仮に何を思ったか北海道まで行きたいと思ったとしよう。おとといの朝10時によつ葉園を出て、というより岡山を出て、昨日の夕方、遅くても17時頃までに北海道の松前というところまで、行くこと、可能か?」

 山崎指導員の質問に、鉄道研究会の大ベテラン青年が答える。

「お金とか何とか、そういうことを言わない限り可能ですよ。岡山駅から大阪まで移動して、そこから寝台特急の「日本海」に乗って青森、それから青函トンネルを渡って木古内まで行って、そこからバスか何かということになりますけど、何とか行けるでしょ。大阪の伊丹あたりから飛行機に乗って函館まで行けば、その日のうちに北海道ですから、翌日の昼あたりまでに松前町まで行くことは十分可能でしょう。ですが、そもそもその少年、北海道に何か縁でもあるのでしょうか?」

 もしあるとするなら、それが何かのヒントとなるはずだが、その可能性は薄いだろうなと鉄研を支えた元少年は思ったわけだが、やはり、結果は予想通りだった。

「そりゃあ、ないだろうな。聞いたことも、ない」

「でしょうね。これが函館とか札幌ならまだしも、函館から列車で100キロ近く離れた松前まで、岡山からそこまでしていく必然性、どうみてもないですよね」

「ま、まあ、な・・・」

「あるいは定時制高校か何かで知合った高校生で、北海道の子がいるとか?」

「そんな話は、一切聞いてないで。もしあったら、すぐここで言えるわな」

 それよりなにより、確認したほうが良いこともあろう。

 米河講師は、岡山県内の話に戻した。

「津山の叔父さん宅には、電話されました?」

「したけど、誰も出ん。やむを得んから、留守番電話にメッセージは入れといた」


 話は、そこで止まった。武藤塾長が、缶の飲み物を隣のお好み焼き店前にある自動販売機から2本、買ってきてくれた。

「まあ、お二人とも、どうぞ」

「武藤先生、ありがとうございます」

「あ、どうもありがとうございます。では、いただきます」

 彼らは缶コーラのふたを開け、何口か飲んだ。


「そういえば米河さん、今日、鈴川君が3時から来る日じゃないか?」

「そ、そうですね」

 鈴川貴光氏は、米河氏がアルバイトにと高学ゼミに呼んだ鉄道研究会の後輩で、現在は工学部の院生。彼の趣味はなんと、「郵貯」。あのレイルウェイライターの種村直樹氏が著書などで紹介した「旅行貯金」というもの。郵便局を回るのがライフワークという。彼なら、ひょっと、わかるかもしれない。

「あ、そうそう、山崎さん。今日は、ついていますよ!」

「はぁ? 何? 幽霊でもついているって?」

「いえいえ、違いますって。幽霊もお化けも別についてはいませんけど、これはひょっとすると、上手く行けば、今日中にもわかるかもしれませんってことです!」

「なんで? その鈴川君というのは、どんな人なら?」

「鉄道研究会の後輩で、工学部の院生ですけど、彼、いわゆる「旅行貯金」、全国の郵便局を回ってその窓口で「貯金」するのが趣味って人物です。彼に聞けば、ひょっと、わかるかもしれません・・・」

 ここで、武藤塾長が一つ提案をしてきた。

「じゃあどうしよう、3時からの授業は鈴川君が入ってくれることになっているけど、米河さんとうまく分担してやるということで、ちょっと、彼が来るのを待ってから、聞いて見られたらいいかもしれませんね。もしお時間あったら、山崎さん、ちょっと待ってください。彼に、その話してみたらどうでしょう? あ、米河さんも同席して構わんというより、同席してさしあげて。この時間、生徒は中3だけでそんなに多くないから、まず私の方で最初の30分やそこら、何とかしますから」


 幸いにもこの日、鈴川青年は授業開始の約15分前にやってきた。

 武藤塾長は、彼を1階の教室に招き入れ、簡単に紹介し合った後、養護施設の職員と大学のサークルの先輩たちの話を聞くことになった。彼にも、武藤塾長から駆け付けのコーラが振舞われた。

「マツマエ? 確かに、北海道にはありますね。それはもちろん、米河さんのおっしゃる通りで、私ね、3回生のときにレンタカー借りて回った覚えがあります」

「はぁ? しかし鈴川さん、あなたは一体、よくやるねぇ・・・。私は大儀ですよ、そんなところまでクルマ借りてまで行くとか(苦笑)」

「ところで、その葉書の消印、見せていただけます?」

 大学院生の要請に、年長の養護施設職員が応じる。

「これだけどな、鈴川君、遅くても昨日の夕方、遅くとも郵便局が閉まる頃までには出さんと、岡山まで来ないだろ? そんなところから、葉書が・・・」

「そりゃあ、確かに山崎さんのおっしゃる通りです。それに何より、北海道のマツマエだとして、昨日に今日は、普通郵便じゃあ、厳しくないですか?」

「そういわれてみれば、鈴川さんの言うのもごもっともですよ」

「だよな、米河君。ところで、北海道じゃない「マツマエ」って地名、どこにあるか?」


 北海道以外では思い当たる節はないが、ひとつ、彼の経験に賭けてみるか。

「鈴川さん、あなた、最近、どのあたりに行かれたかな?」

「え? ユウチョで、ですか?」

「そう。種村のおっさんが言うところの「旅行貯金」ね」

「そうですねぇ、確か、この夏には九州を回ろうかと・・・」

「で、リストか何か、作っている?」

「まだですけど。そういえば、この春には四国の愛媛県と高知県一帯を回りました」

「まあ、御苦労なことですな。神戸のオッサンあたりに言わせれば、もっとボロクソでしょうけど、ひょっとあなたね、今、旅行貯金用の通帳持っているなんて言わないよね。もし持っておられたら、なんか、ヒントがないかと思ったのだが・・・」

「おいおい米河君、人の通帳を見せろというのは、いくら君が大学のサークルの先輩だとはいえ、いかがなものかな?」

 さすがに山崎指導員は、たしなめにかかった。

「いえ、別に構いませんよ。ぼくの通帳は郵貯に関しては、自分の財産をどうこうという理由で作っているわけではないですから。むしろ、お見せするぐらいでちょうどいい感じです。他の銀行とか、生活のための通帳ならともかく、せっかくの機会ですので、お見せしますよ。直近の4冊ほど、このセカンドバックに入っています」


「こんにちは~」

 生徒が続々とやってくる。

「はいこんにちは~。2階に坂井先生がおられるから、そこで聞いて」

 2階では米河講師と同学年の女性で英語担当の酒井友香講師が、生徒たちを席に案内していく。彼女の甲高い声が1階にまで漏れ聞こえてくる。

「ちょっと米河さんと鈴川さん、あなたたちはしばらく山崎さんと話してくれていていいから。最初のうちは、わしの方で何とかする。慌てなくていいからな。そういうわけで山崎さん、お話がお話ですから、どうぞゆっくり話をしてやってください」

 武藤塾長は、1階の教室のすぐ外の勝手口の前で生徒たちの応対をしている。

「武藤さん、申し訳ありません。しばらくお二人をお借りしますね」

「いえいえ、お構いなく」

 さらに続々、生徒がやってくる。武藤塾長は入口の戸を閉めてくれた。


「山崎さん、ぼくは、こんな調子で、郵便局に行って貯金をしているのです」

「ほ~、すごいな、しかし、このハンコの数々。でもなんだ、鈴川君、貯金は1回につき100円かそこらばっかりじゃないか。しかも、ある程度たまったらどこかで下ろして、それからまた、100円かそこらの貯金が続いているなぁ・・・」

「まあその、「数」を稼ぐには仕方ないですから」

「鈴川君の言う「数」は、行く郵便局の数のことかな?」

「ええ、そうです。瀬野さんという私より2歳上の後輩がいまして、あの方には、そんなことをするのは郵便局の窓口業務の邪魔でしょうがと、嫌みのようなご指摘は受けましたけど、違法行為をしているわけじゃないし、そのくらいはいいのではと、米河さんはおっしゃっています。いずれにせよ、この「ハンコ」あっての郵貯ですね」

 ここで問題となった「ハンコ」というのは、郵便局で貯金した際に押してもらう、その郵便局名の刻印されたゴム印のこと。当時「旅行貯金」をしていた人たちは、こうしてその郵便局に行ったことを「証明」していた。

 そのような趣味を世上に知らしめたのは、かの有名なレイルウェイライターの種村直樹氏である。もちろんこのような「趣味」を鉄道趣味に係る人たちのすべてが受入れたわけでもない。O大鉄研に限っても、瀬野八紘氏のように嫌う人もいれば、米河氏のように理解はしつつも自らは批判的な目をもって見ているという人もいた。両者とも、種村氏の文章を好んで読むクチではない。


「えっと、この3月末ごろから、四国に行きましてね・・・」

 確かに、それまで岡山県北部や広島県の郵便局のハンコが押されていたのが、あるところを境に、愛媛県あたりの郵便局が並び出した。ちなみに彼は、香川県と徳島県は昨年すでに、大学院入試の前後に合間を見て行ってきたという。

「そういえば、この郵便局に行った後、伊予鉄道の電車に乗りましたね」

 最年少ながら一番背の高い青年は、ふと、あることを思い出した。

「ちょっと待ってください・・・、この次確か・・・」

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