第2話 《吊るされた男》

《自己犠牲》なんてのは、僅かな意味もありゃしない!

 ……そんな言葉を信じるようなアンタじゃないよな?

 オレは《吊るされた男》!司るは《自己犠牲》!

 逆さま、イカサマ、真っ逆さまだ!

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 情報を集めるには人の集まるところに行くのが手っ取り早い。

 そう考えて、大通りを歩いていて目に付いた酒場のような店に入った。


「…注文は?ここらじゃ見ない顔だけど、旅人さんかい?」


 店に入るとすぐに店主らしき人物が声をかけてきた。


「ああ、ついさっきこの街に着いたばかりさ。それで気を悪くしないで欲しいんだが、あいにく俺は一文無しでね…。途方に暮れてる最中なんだ」


「…冷やかしなら帰ってくれ。と言いたいところだが、せっかくこの街に来た旅人を無下にはできないんでね。1杯くらいならサービスするよ」


 どうやら、スロースが言っていた旅人には優しいという話は本当らしいな。

 だからと言って、値の張るような商品を頼むのも気が引けるので無難に水を頂くことにしよう。


「なら水をもらおうかな。それから実は人を探してるんだ。ローフラッドという人物を知っているか?」


「…ローフラッド、この街に住んでいてその名前を知らないやつはいねぇよ。なんで探してるのか知らないが、近づくことはおすすめしないね。ローフラッド、この街じゃそう呼ばれてるやつさ」


 詐欺師とは、神様が随分な言われようだ。


「それでも、会わなくちゃいけないんだ。居場所の心当たりとかは…?」


「すまないな。俺も実際には会ったことがないんだ。この街にいることは確かなんだが…」


 と、そこまで店主が言ったところで、金髪の男が会話に割り込んできた。


「なぁアンタ、ローフラッドを探してんのかい?ならちょうどよかった。俺もアイツを探してるところなんだよ!この前アイツに騙された分の金を取り立ててやろうと思ってんだ!取り立てに行くには、人数が多い方がいいだろう?居場所の検討はついてる!早速だが、今から一緒に行かねぇかい?」


 突然やってきて矢継ぎ早に言葉を捲し立てるその男に、俺は少し気後れしてしまう。

 …こいつ、ローフラッドの居場所に検討がついてるって言ったよな?

 それにしてもなんだ、こいつから溢れ出る胡散臭さは。

 どういうカラクリなのか、男の顔を覗いてもはっきりとした顔がわからない。

 眼帯らしきものをしていることは分かるが、それ以外は輪郭すらもぼやけて見える。

 ともかく無条件で信用してはいけない人種であることは確かだ。

 しかし、ローフラッドの居場所を知っているのであれば、その情報は喉から手が出るほど欲しい。

 …仮に騙されたとしても、取られるような品も持っていないし、リスキーだが、ここはひとつ《幸運》の加護を信じてみることにしよう。


「えぇっと…居場所の検討がついてるならぜひ教えてもらいたいな」


「そうかいそうかい!話が早くて助かるよ!そんじゃ、店主、お代はここに置いとくぜ!アンタも早くその水飲んじまいな!こうしてる間にも、アイツが居場所を移してるかもしれないからな!」


 そう言って俺の手を引いていこうとする金髪の男。

 俺は慌ててコップの水を飲み干し、店主に礼を言って店を後にした。



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 しばらく金髪の男について行くと、大通りから逸れた人気の少ない路地に入った。

 もしこの男が俺になんらかの危害を加えようとするのなら絶好の場所だろう。

 そう考えると急に不安になってくる。

 やはりこの男についてきたのは間違いだったか…?

 そんなことを考えていると、男が足を止めてこちらを振り返った。


「…もうこの辺りでいいか。そうそう人も通らねぇだろうしな…」


 そう呟くと、今まで見えなかった顔がはっきりと見えるようになった。

 やはり眼帯をしていたその顔は、驚く程に整った綺麗な顔立ちだ。


 そして男はニヤリと笑い、言った。


「…ローフラッドの居場所ってのはここで間違いない…。そう、ここ!アンタの目の前にいる男!俺こそが《吊るされた男》ローフラッドだ!」



 …おいおい、なんの冗談だよ。

 突然過ぎてわけがわからないが、さすがにそれは出来すぎだろう。

 俺がたまたま入った店にたまたま探してた人物がいた。

 この広い聖都でそれは無理がある。


「アンタ今ありえないって思ってるだろ?何も俺があの店にいたのは偶然じゃねぇ。アンタ、スロースに何かやってもらったんじゃないか?スロースの気配が周りに漂ってるぜ。俺はそれに興味があってやってきたってワケさ!」


 見事に心中を言い当てられてしまったが、スロースの気配を追ってきたというのが本当なら、この男がローフラッドで間違いないだろう。

 しかし、神様というには些か威厳がないようにも思えるが…。


「…お前がローフラッドだってことはひとまず信じるよ。ならひとつ聞きたいんだが、どうして神様が『詐欺師』なんて呼ばれてるんだよ。スロースから聞いたけど、この世界では人はアルカナを信仰してるんじゃないのか?アルカナにとっても、人の信仰心は重要なものだって聞いたけどな」


 スロースは人と神とが持ちつ持たれつでこの世界が成り立っていると言っていた。

 であれば、必要以上に人間から不信を買うような行いはしないほうがいいんじゃないだろうか…?


「…………あぁ、それは俺が普段は人をからかって遊んでるからだな。つってもまぁ、騙されるアイツらが悪い!いいか、俺は《吊るされた男》だ。俺にとってはすべてがなんだよ!つまりはそういうことだ!」


 つまりはそういうこと、なんて言われてもざっくりしすぎててよくわからないな…。

 とにかく、コイツにとっては神様らしく信仰されるよりも人を騙してたほうが都合がいいらしい。


「じゃあ、最初に会った時に顔がよく見えなかったのも顔バレ対策ってところか?」


 顔がバレてると騙しにくくなりそうだし…。


「よく見えない?確かに俺は顔がバレないように妨害ジャミングはしてたぜ。今アンタが見てる顔は正真正銘、俺の素顔だけどな!ただ、あれは見たヤツが見たいように映るんだよ。だから顔が映らないなんてことは本来は無いし言われたこともねぇな。…アンタ、以外と面白い存在かもな!」


 …面白い存在っていうのは褒められているのか貶されているのかいまいちよく分からない。


「まあ、アンタが本当にこの世界を救う存在なのかはどうだっていいんだ。そもそも、イランツァやゼルガネイアにどうにもできないことを異世界人のアンタがどうこうできるとは思ってないしな!俺はただ、面白くなればそれでいい!どうせ行く当てもないんだろ?なら、しばらくは面倒見てやるよ!」


 ついてこい、と言われて向かった先はレンガ造りの小さな一軒家だった。

 どうやらここがローフラッドの住処らしい。

 ここへ来る途中に聞いたが、ローフラッドを含めたアルカナゴッドには食事も睡眠も必要ないらしい。

 気が向いたら寝るし、食べたくなったら適当に食べる。

 この家にも随分帰っていなかったそうだが、家の中はつい最近掃除されたかのように綺麗だった。

 寝る時はベッドを使っていいと言われたので、今夜はありがたく使わせてもらうことにした。


 最初に会った時は胡散臭い男だと思ったが、意外と面倒見がいいヤツなののかもしれない。

 というか、この世界に来てアルカナに助けられ過ぎている気がする。

 ここまでしてもらったからには、俺としても自分の役割を果たしたいところだ。

 …それにしても、今日は疲れたな。


「お前に会えなかったら、俺は近いうちに行き倒れてたよ。感謝してるぜ。それじゃあ、俺はそろそろ寝るとするよ」


「…あぁ、今日はゆっくり休んどきな!明日からはそれなりに忙しくなるぜ」


 長かったようで短い一日が終わる。


 失った記憶も早く取り戻さないとな…。

 まずは自分がどれくらい戦えるのかを確かめたいところだが、何か都合のいい機会があるだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。










「…なぁ、アンタは俺を楽しませてくれるかい?」


 


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 皆のために生きるだと!?ちゃんちゃらおかしい話だろ!

 ……なんて言う奴らには、アンタも頭に血が上るだろ?

 自分を犠牲にすることって、何よりも尊いことだよな!

 逆さま、イカサマ、真っ逆さまだ!

















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Fortune's Hand《運命の神々》 @SBNR

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