第1話 《運命》
……てみてください。お聞きしましょう、主よ主。
僕は《運命の輪》、司るは《幸運》。
主にとって素敵な驚嘆を届けるのでしょう。
つまり、僕に願いを教え……
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「目が覚めたようですね」
目を覚ますと、そこには喋る小動物のような生き物がいた。
もっと言えば、地面から1mほど浮いていて、俺を見下ろしていた。
「自分の名前は覚えていますか?」
名前…?覚えているか、なんて変な聞き方をするものだ。
「えぇっと……」
先程まで眠っていたせいだろうか、頭にモヤがかかっているような感覚がある。うまく思考が回らない。
本来ならば悩む必要のない問いかけに、俺はたっぷり5秒かけて答えを出した。
「……カルマ、そう、俺の名前はカルマだ」
自分の名前を口にすると、少し頭が冴えてきた。
冷静になって考えてみると、この状況が全く理解できない。と言うよりも、どうして自分が こんな何も無い草原で寝ていたのか。
どうして喋る小動物に名前を聞かれているのか。
そもそもここが何処なのかが全く思い出せない。
「その様子ですと、名前以外のことは覚えていないようですね」
確かにその通り、だが、
「ちょっと待ってくれ、お前は一体何者なんだ?」
「僕ですか?僕はスロース、アルカナゴッドの一人、《運命》スロースです」
…アルカナ?《運命》…?よく分からないが、 この体長50cmほどの喋る小動物の名前はスロースと言うらしい。
「スロースはこの状況について何か知っているのか?正直、俺にはここが何処で何をしていたのかさっぱり分からないんだが」
「…今のあなたの状況は『思い出せない』じゃなくて『奪われた』が正解なんでしょうけど…それはひとまず置いておきましょう。単刀直入に言うと、あなたは選ばれし勇者、といったところです」
選ばれし勇者…?ますます意味がわからない。
なんのことだかさっぱりだ、という顔をしているとスロースが説明を続けた。
「まずはこの世界の簡単な説明から始めましょうか。この世界にはアルカナゴッドと呼ばれる神々がいます。彼らは人を守護し、人は彼らに信仰を捧げています。そうした持ちつ持たれつの関係で成り立っているのがこの世界です。アルカナが誕生してから今まで特に目立った争いもなく続いてきたこの世界ですが…現在は未曾有の危機に晒されている…らしいです」
「らしいって、どういうことだよ」
「さぁ?イランツァがそう言っていますし、実際に運命を司るボクの目から見ても良くない流れが出ています。具体的なことは分りませんが、確かに危機は訪れています。そして、あなたがその危機から世界を救う勇者に選ばれたというわけです」
説明になっているような、いないような。
スロースが今言ったことが事実だとすれば、こいつはこの世界の神々の一人だということになるし、俺はこの世界を救う勇者らしい。
いきなり言われて理解できるような内容ではないが、ひとまずはそれで納得しておこう。
勇者、と言われても全く実感はないが。
「そもそも、具体的なことが分からないのに危機が訪れているってのは、神様の言うことはいまいちよく分からないな」
「それについては僕自身も半信半疑でした。あなたがここに現れて、確信に変りましたけどね。」
「…予言通り、とか?」
「まあそんなものです。ちなみにおそらくあなたはこの世界の人間ではないのですが、それを聞いて何か思い出すことはありますか?」
そう言われて、再び記憶を呼び起こそうとする。
しかし、何度試しても頭にモヤがかかったままだ。
ならば直接思い出そうとするのではなく、何かから連想して思い出せないだろうか。
この世界の人間じゃないということは、おそらく元いた世界で何かがあったのではないか…?俺が勇者だというのなら、記憶を失う前もそこそこ腕が立っていたはずだ。
なにかの戦いの末にこうなったとか。例えば…そう、戦争とか……。
そんなことを考えると、モヤが少し晴れたような気がした。その時、
(…私………傑の………奪………オ……リス…)
(…お前…は試…が……………)
(……世界は進む……)
決して鮮明とは言えない映像が脳裏に浮かんだ。
……ッ!!!なんだ…この記憶は…。
これは俺の記憶なのか?
誰かが、おそらく女であろう人物が俺になにか喋りかけている…。
しかし、それ以降は何度試しても、何も思い出せそうになかった。
「なにか思い出せそうだったんだが…。やっぱり無理そうだ」
「…仕方ありません。僕の目から見て今のあなたは記憶を『奪われた』状態にあります。思い出せないのも無理はないでしょう」
「『奪われた』…?どうしてそんなことがわかるんだよ」
「それは神様ですから。それくらいのことなら一目見ればわかります」
そういうものなのだろうか。
深く考えてもしょうがないので、とりあえず素直に神様の言うことを聞いておこうか…。
「それで、さしあたって俺は何をすればいいんだ?」
「話が早くて助かります。とりあえず最寄りの街まで案内してあげましょう。僕に着いてきてください」
そうしてスロースに案内されるまま、俺は後ろを着いて歩いていく。
「着くまで時間もありますし、少しアルカナについて話しましょうか。アルカナゴッドは僕を含めて9人います。《運命》《節制》《戦車》《力》《愚者》《恋人》《吊るされた男》《正義》そして《世界》。普段は《吊るされた男》ローフラッドを除いて、我々が人前に姿を見せることはありません。が、あなたなら近いうちに全員と会うことになるでしょうね」
「ちなみに、今向かっている聖都トライアンフにローフラッドは住んでいますので、運が良ければすぐに出会えるでしょう」
「他のアルカナゴッドはどこにいるんだ?」
「《正義》イランツァは幻想郷にいますが、他はわかりません。みなさん気まぐれですからね。世界のどこかをフラフラしてるんじゃないでしょうか」
世界の危機だと言っている割には団結力がないような気もするが…。
というか、普段人前に出てこない、どこにいるかもわからない神様たち全員と出会うというのもよくわからない話だと思う。
…だめだ、考えてもわからないことが多すぎる。
「というか、俺いま一文無しなんだけど聖都に行って大丈夫なのか?」
「…聖都の人々は旅人には親切ですので、おそらく問題はないでしょう」
「おそらくって…。勇者が行き倒れて世界が崩壊しました、なんてシャレにならないだろ」
「あなたの運命力はかなり強いのでそんなことにはならないと思います。心配でしたら僕が《幸運》が訪れるように祈っておきますよ」
「…そうしてもらえると助かるよ」
《運命》の神様に幸運を祈ってもらえるなら、ツキも向いてくるんじゃなかろうか。
なんの根拠もないが、ひとまずはこの神様を信じることにした。
そうこうしているうちに、何も無かった草原から道に出た。
そのまま道沿いに進んでいくと大きな街が見えてきた。おそらくあれが聖都だろう。
最寄り、と言われたが着いた頃には日が沈み始めていた。
出発した時はまだ日が少し傾いていた程度だったので、かなりの距離を歩いたことになる。
「着きました。ここが聖都トライアンフです。僕とはここでお別れですが、時が来ればまた会えるでしょう。…あぁ、別れの前にあなたの《幸運》祈っておきましょうか。」
そう言うと、スロースの体が微かに光った。
『では、運命の時です。主よ、あなたに《幸運》があらんことを』
…もしかしてこれは権能のようなものなのだろうか。
だとしたら凄く軽い気持ちで頼んでしまったが大丈夫だろうか…。
何はともあれ、お別れというのなら、ここまでの礼は言っておかなくてはならない。
「ここまでありがとう。正直なところ、今でも勇者だっていう実感はないけど、まあ、やれるだけやってみるさ」
「そうしてもらえると、僕たちも助かります。ではまた、時が来たら会いましょう」
そう言い残すと、スロースの姿が光に包まれて消えた。
とりあえず、この街では《吊るされた男》ローフラッドを探してみることにしよう。
彼と出会えばもしかしたら何かがわかるかもしれない。
右も左もわからないが、やれるだけのことはやってみよう。
そう決意して、俺は聖都へと足を踏み入れ
た。
──────『他人は不幸、お気の毒さま』
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……ると良いでしょう。素敵な事だけ起こしますから。
主は幸運で、最高になるでしょう!たぶん。
まだ何が此方の幸せか知りませんからね。
だから、僕に何度も願いを伝え……
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