第20話 本当の自分

20


 クエストツリーのホールに戻る。

 後ろを振り返ると、オービットエンドの鎖縛があった洞は、枝が急速に成長して入れなくなった。迷宮をボロボロにしてしまったから、立ち入り禁止になったのだろう。


 アドレナリンが抜けて疲れていたことを思い出した三人は、そのままの足で自分たちのホームに戻った。今はたっぷりと眠りたい。


 次の日、寝過ごしたダイチは空が明るくなる時間よりも遅くに目が覚めた。葦ノ風亭に向かえば、同じように眠たそうな目をしたマトバと、服を着たエイチェが居た。


「おはよう。みんなも寝坊したんだ」


「そうですわ。デルタスリーパーを使い忘れてたのですわ。二度寝だけはなんとか……あれ?」


「ダイチ、敬語は? もういいの?」


 ダイチは微笑んで返す。もう他人の目を気にすることはやめたのだ。


「敬って欲しいの? エイチェ」


「そんなわけないでしょ。アンタはそのままで良いわよ」


 エイチェがダイチの顔に手のひらを突きつけた。エイチェのスキル、ライトペネトレーターを使って鏡を作り出す。そこに映るのは真面目腐った鎖原大地ではない。メガネを外し、笑えるようになったダイチが居た。


 たった一週間で変わってしまった。それが良いことであるのはダイチ自身が一番わかっていた。


 エイチェの手鏡を退けて席に座る。いつもの朝食を頼む。迷宮産のサラダを食べようとしたダイチのもとに、乱暴にドアが開けてブラウンが登場した。


「ハマーを倒したってマジか!」


「……マジです」


 ハマーとブラウンは共に迷宮攻略した仲だったらしいので怒っているのかと思った。しかしブラウンはぐっと口をつぐんで、黙祷するように天井を見つめた後、気が抜けたように呟いた。


「そうか……。ついにやられちまったか。ダイチ、あいつの最後はどうだった?」


 なんと言おうか迷ったが、ダイチは自分を貫くことに決めたのだから、下手にごまかさないでありのままを伝える。


「喋れないほど細切れにして、ブラックホールに吸い込まれました」


 そのせいでゴーストハマーのスキルシードを回収できなかった。ブラウンは驚いて口を大きく開けていたが、すぐに笑い出す。


「はあ? ……クククッ、なんでも正直に言えば良いってもんじゃないぞ、ダイチ。でもまあ、アイツはそんなコントみたいな死に方したのか……。それでよかったのかもな」


 ブラウンはひとしきり笑って、椅子にどっかりと腰を落とした。そしてビールを頼み、空に向かって乾杯した。


「朝から酒飲んでんじゃないわよ、まったく。……ブラウン、はいこれ」


 エイチェが渡したのは綺麗になったチェスターコートだ。ゴーストハマーの手に渡って以来、ずっと無くしたままだった。


「返すわ」


「おお〜。久しぶりだなあ、俺のコートちゃん」


 ブラウンがそれを広げて羽織る。初めてATEを案内してくれたのと同じ格好に戻ったブラウンのコート姿は、やっぱり映画から飛び出してきたようだ。ブラウンが感激のあまりコートに頬擦りし始めたので、みんなで笑う。


 ダイチはなりたいものを見つけた。これからもATEで、幸せに暮らしたいと願った。



 第一章 AWAKENING 完









 20年前。


 ISS、国際宇宙ステーションに一つの荷物が届けられた。


 HMD、ヘッドマウントディスプレイ。頭部に装着するゴーグル型のVR機器。左右の目に別々の映像が映し出され、三次元空間にいるように見せかけることができる。


 宇宙仕様に金がかけられていても、HMD黎明期に作られたもののため解像度も低く、付けやすさも現代のものより劣っている。今のVRのように、頭を動かせば映像も動くような機能も付いていない。

 ただ三次元映像が見れるだけのものだ。


 中に入っている映像は、宇宙飛行士の故郷のもの。ホームシックにならないようにと送られた、遊びの一品だった。


 日本人宇宙飛行士だった森見は、UFOみたいな形状のHMDをかぶる。無重力なので重さは感じないが、頭に浮き輪をつけているみたいで窮屈だと思った。電源を入れる。目に悪いブルーの画面が映り、数秒ののち切り替わる。


『MORIMI's HOME』


 懐かしの家が映し出される。家族四人で暮らしていた一軒家。映像は無理に3Dにしているせいで目がチカチカするが、それでも胸にこみ上げるものがあった。


 映像がゆっくりと動きだし、玄関を開けて家を出る。通学路をまっすぐに歩く。駄菓子屋は潰れていた。友人の家は別の車が停められている。小学生が通る道路は幅が広くなっていた。変わってしまった道なのに、どうしてこんなにも懐かしいのか。


 ゆっくりと歩く。映像に合わせてゆっくりと。


「おい、モリミ。何をやっている?」


 アメリカ人宇宙飛行士のフィーの声だ。


「VRだ。思ってたより面白いぞ。お前の家の映像も頼んであるから——」


「違う」


「……なにが?」


 いつもは落ち着いているフィーが、これほど焦っている声を出したことがあったか。宇宙人が来ても笑って対応しそうなコイツが?


「なぜ歩いている?」


「それは、映像に合わせて……」


「無重力のISSで、?」


 森見はハッとした。無意識のうちにISSの壁に足を付けて歩いていた。まるで重力があるかのように————







 第二章 BACK TO THE REALITY


 ご愛読ありがとうございました。墨先生の次回作にご期待ください!

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