第19話 ELIMINATION
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ダイチは分身したゴーストハマーに向き直る。
分身のどちらかにはダメージを与えていたはずだが、スキルによって治癒されてしまっている。もはやどちらが本当のゴーストハマーかわからない。いや、どちらも等しくハマーなのだろう。
棒を構えながらゲームクリエイターを開く。入手したスキルを確認しようとしたが、ドロップしたスキルシードを食べたはずなのにスキルは二つしかなった。
ゲームクリエイター、そしてグラビティ。
グラビティフリーだったスキル名が変化している。鎖原大地をオリジナルとするコピー同士だったからか、勝手にスキルが統合されていた。
使い方はなんとなくわかる。スキルと共に、サハラの記憶も統合されているから。
「グラビティチェイン」
迷宮の主をなくして沈黙していた鎖が、新たなる主人の命令で浮き上がる。入手したばかりのスキルなので二本動かすのが限界だが、今のダイチにとってそれで十分だ。
標的を片方に絞り、鎖を二本とも向かわせる。ジャラジャラと金属が擦れる音を響かせなが迫る鎖を、ゴーストハマーは巨大なハンマーで難なく弾く。
ダイチはすでに動いている。鎖は囮で、重力を無視し鎖の上を走っていた。ハンマーの死角からゴーストハマーの頭を狙う。一撃で殺さなければ回復されてしまう。
目論見は成功で、重力を乗算された棒がゴーストハマーの頭を砕いた。スイカ割りのように赤いものをばら撒きながらゴーストハマーは倒れる。
一度自分を殺したせいか、気持ち悪さはあれど躊躇いはなかった。それを成長と言うかは不明だが、この状況ではありがたい。二人目のゴーストハマーに狙いをつける。
「お前を殺す」
「無駄だ。俺は、死なん!」
後ろから声がした。ハンマーの無音の衝撃がダイチを吹き飛ばす。ダイチの後ろに居たのは頭を破壊したはずのゴーストハマーだ。全てを巻き戻したかのように、死さえも復活している。
「どうして……。死は復活できないはず……!」
「不在証明、と、無痕。俺は不死身となる」
アリバイのために分身を作り出す不在証明と、怪我を含む全ての戦闘痕をゼロにする無痕。パーフェクトクライムの二つの能力が組み合わされば、分身の片方が殺されても復活できる凶悪な能力へと進化する。
片方だけ殺しても無駄。両方を同時に殺さねば、ゴーストハマーを殺すことはできない。
指名手配されながらも生き残っていた理由がこの組み合わせによる不死身の力だ。
ハンマーで砕けた骨が治っていくのは何度体験しても痛い。ダイチは顔をしかめながら起き上がる。
「痛ってえ……。治るとわかってても辛い」
「諦めろ。そして、殺す」
起き上がろうとするダイチに両脇からハンマーが振るわれる。鎖に引っ張られることで、ダイチはそこから逃れた。ハンマーとハンマーが打ち合わさり、衝撃波が発生する。
「ゴーストハマー。どうして殺そうとする?」
吹き飛ばされながらも着地して、ダイチは問うた。
「お前も、見ただろう。ここの運営が、何をしているか」
口元を隠すマフラーを掴み、ゴーストハマーは怒りをあらわにした。
迷宮主としてプレイヤーを殺し続けるもう一人の自分。確かにそれは許し難い真実だ。
「それはそうだが……」
「無断コピー、だけではない。これはおぞましい、研究だ。関わる人間は、減らさなければならない」
言葉一つが重い。合間に振るわれるハンマーも鋭さを増している。ゴーストハマーが人を粘着質に殺すのは、ATEからプレイヤーを減らすためだ。
この実験には闇がある。ダイチが教えられていた、完全なフルダイブを作るためという実験理由はATEの一面でしかない。
PKでプレイヤーをATEから排除する。リスポーンでプレイヤーは復活してしまうが、何度も殺せばATEに愛想を尽かし実験の参加を拒否するようになる。
ATEでは死が存在しないが、あえて言うなら記憶の統合をしないことがATEでの本当の死だ。人がいなくなればATEの計画は続行不可能。そのためにゴーストハマーは戦っていた。
それが粘着質に人を殺す理由。
ダイチは焦っていた。ゴーストハマーを倒せない。どちらか片方だけでは無意味。両方同時に殺す術など持ち合わせていない。
可能性があるのは、サハラが使った黒牢鎖爆。サハラは自分を囮にしたせいで自爆技になっていたが、外から発動すれば……と考えてダイチは思い出した。マトバはどうした?
ハンマーに吹き飛ばされてダウンしていたが死んでいないはずだ。
ゴーストハマーの後ろに小さな黒い影が忍び寄る。鎖の地面の上をゆったりと歩くのは黒猫だ。優雅に、意識の狭間を縫って歩く。
マトバのスキル、キャットナップラバー。猫に変身できると言えば聞こえはいいが、変身に3時間以上の睡眠を必要とするその能力は戦闘では役目がない。
人間大から小さい猫に体を変化させるには、それくらいの時間が必要だ。しかし、例えば破壊された細胞が再生するようなスキルと組み合わせれば、その時間は短縮できる。
細胞の強制置換。それは超過発動に似た力技。
ゴーストハマーは強かった。幾度もの死を乗り越え、スキル所持者を殺してきた。もし近づいてくるものが人間だったら、ゴーストハマーも気がついていただろう。だが庇護する対象の猫だったなら。
足元にすり寄ってきた黒猫が、細胞を強制的に変化させる。死んだプレイヤーが地面に吸収される仕様を利用して、逆に地面からエネルギーを強奪する。そのエネルギーを細胞に変換し体の大きさを変えていく。
現れたのは小柄なマトバよりさらに小さい獣人。獣の耳と爪を持つ、人間と猫が半々で混合された新しい形態だ。
爪がハマーの首を裂く。
「ダイチ!」
猫としても人間としても不完全なマトバの声帯は、叫び声に近い音を出した。再生する細胞によって無理につなぎ合わせているだけの混じり者は、痛みに耐え、怪物になりながらも叫ぶ。
その声に従い、ダイチはもう片方のゴーストハマーを攻撃する。
千切れた首を押さえて再生しようとするハマーに、マトバは爪をかける。
同時にダイチの棒が脳天を砕いた。再生させる暇もない、完璧な連携。ゴーストハマーは倒れる。どちらも、動く気配はない。
「やった……」
勝利した喜びを噛みしめようとしたダイチだが、マトバが悲鳴を上げる。再生のバランスが崩れ、獣人から人へと戻ろうとする。
体を覆う毛の量が減り、綺麗な人肌の面積が増える。服は猫になるときに脱げてしまったので裸だ。
「ダメっ!!」
手で隠しながらのドロップキックが襲う。ダイチがひっくり返る間に、マトバはそそくさと服が落ちている場所まで戻る。
「いきなり蹴るなよ」
「絶対こっち見ないで。見たら変態ですわ!!」
そう言われてしまえばダイチは着替えるマトバに背を向けるしかない。どうにもできないのでゴーストハマーの死体をぼんやりと眺める。
「……死体が消えない?」
ATEでは、死体は地面に吸収される仕様のはず。
マトバに蹴られた顔面の痛みが引いていく。そしてゴーストハマーの死体が蠢きだす。
千切れた首が、潰れた頭が再生する。口みたいなギザギザの柄のマフラーが引きつったように笑う。
「————死んでみるものだ。どうやら俺は、人間ではなくなっていたらしい」
ゴーストハマーは、記憶の統合をしなくなってから長い時間が経っていた。現実の自我と存在をすり合わせるための記憶の統合。それをやめれば、人間からも遠ざかっていく。
ざらざらと耳障りな笑い声が迷宮内に響く。
「諦めろ。ATEから、手を引け。ここはユートピアではない。地獄だ」
ATEを破壊する死神が誕生した。ゴーストハマーは、ダイチが拾っていなかった残り二つのスキルシードを拾う。マフラーのギザギザの口が開き、飲み込んだ。ハマーは心身ともに人外となり果てた。
原始的な畏怖の感情。勝てない、とダイチが諦めそうになったとき、耳元で誰かが囁いた。
「ブラックホールのやつ、やれるわね」
分身の能力など不要と判断したのだろうゴーストハマーが、物理法則を無視して一人の体に戻る。そしてダイチを襲おうとした瞬間――マフラーごと二つに切れた。
「ッ……!?」
「ディストピアだって幸せな市民もいるのよ」
そこには誰もいないはず。なのに手首、ひじ、肩、足とゴーストハマーが解体されていく。
「エイチェさん!」
光が歪んでエイチェの姿が現れた。全裸ではなく、ボディペイントのように皮膚の色を変えてスーツを着ているように見せている。
「やっほー。美味しいとこ持ってくのって、女スパイの特権じゃない?」
エイチェは、初めからダイチの側にいた。ゴーストハマーがエイチェに化けて接触してきたところから、オービットエンドの鎖縛の戦い全てを見ていた。すべてはゴーストハマーを返り討ちにするために。
「粘着PKが一番うざいのよ。あんた普段ゲームとかしないでしょ。最近のガキでもマナーは守るわよ」
ゴーストハマーが変装してダイチに接触する前は、エイチェに粘着していた。エイチェのルームを特定し、リスキルを繰り返す。それに辟易したエイチェは、姿を消してATEを引退したように見せかけた。
執拗に、粘着された恨みをはらすようにゴーストハマーを切り刻む。復活の能力があろうとも、再生には時間がかかるだろう。頭を踏みつけてから、エイチェはその場所から離れた。
「やって」
ダイチが地面の鎖に手を触れる。
「グラビティ。超過発動、黒牢鎖爆」
「ゴーストハマー。あなたのアイデンティティはどこまでかしら。ブラックホールで潰れても、それ維持できる?」
鎖が集まり、ゴーストハマーを包み込む。ついには光が歪み、真っ黒な塊へと変貌し始める。ここまでくれば、ダイチが制御しなくても勝手に進行するだろう。
「俺はATEでしか生きられない。だからごめん、ゴーストハマー」
「これに懲りたら普通のMMOでもやりなさい」
「あなたは、強かったですわ」
ブラックホールの影響で迷宮が崩れ始める。一つの小さな世界の終わり。三人は出口へと走った。
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