第18話 オービットエンドの鎖縛 ③

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 数日前。ダイチがチュートリアルをプレイしているころ。

 オリジナルの認知していないコピー、サハラは黒い部屋で目が覚めた。


 映画館の赤い椅子に座らされ、頭には包帯が巻かれている。ダイチが初めて目覚めた時とそっくりな状況だった。


 無断コピー。実験の一環として、オリジナルの大地にもATEプレイヤーのダイチにも知らされていない、第三の鎖原大地さはらだいちが生み出された。


 そこでサハラはトリムに命令を下される。


『迷宮を作りなさい』


 サハラは何も知らなかった。もう一つのコピーがATEをプレイしていることも、自分がコピーであることも知らされていない。


 命令を守らなければ存在を消去するとトリムに脅される。そして人を倒し迷宮を育て最上級ハイエンド——クエストツリーの頂上へたどり着けば開放すると言われた。


 サハラは命令されるがまま、オービットエンドの鎖縛を作り出す。そして沢山の人を殺した。ゲームのアトラクションにされていることは感じ取っていたが、ただ作業のように倒すことしかできなかった。


 助けを呼びたくても、反逆すれば消去されてしまう。


 金属の鎖で全身を覆い、体が冷えていくばかりだった。体だけでなく心も冷たくなっていくのを感じていたサハラに、予期せぬ訪問者が訪れた。


 居るはずのないゲームを楽しむ側の自分。女を引き連れて歩くもう一人の自分がいた。何かに追われているようだったが、楽しそうだった。


 だから攻撃した。自由な自分などあるはずがない。嫉妬に近い感情が胸をえぐる。ハンマーを振り回す余計な乱入者も来たが、無視してダイチだけを狙った。


「どうして……お前なんだよ……」


 ダイチは攻撃を躱し、サハラに一撃を喰らわせた。

 その拍子で顔がバレてしまう。きっと命令違反で消去される。


「俺は消されるのに……お前は……」


 お前だけが残るのはずるい。

 サハラは睨む。ダイチも戦闘態勢を崩さない。


 不倶戴天。ATEに生み出された二人のシミュレートは、食い合うことを選んだ。二人が手を取る未来もあっただろうが、片方は妬み、片方は恐れてしまったのなら、同じ空の下で生きることはできない。


 重力で殺せないのなら重圧で潰す。頭を覆っていた鎖を割られてしまったのは予想外だが、ダイチを中央におびき寄せることはできた。


 全てを拒絶する重力牢から、侵入者を破壊する鎖爆に換装する。拘束具だった鎖を鎧に変える。地面に垂らしていた鎖の沼を、スキルで無理やり引き剥がす。


「まずい!」


「……全部無駄だ。潰れろ」


 この鎖からは誰も逃げられない。


 外縁から地面の鎖が壁のように巻き上げられていく。無重力だろうが関係ない、鎖の圧で潰してしまえばいいのだ。女もハンマー男も気に食わないもう一人の自分も、そして己もまとめて全てを潰す。


 能力の超過発動で頭がくらくらする。二階層ごときの迷宮ではこの一発が限界だ。


 顔を暖かい液体が流れていることで、血を流していることに気が付く。血が沸騰している。それがなんだ。クソみたいな全部を終わらせられるならこのくらいなんでもない。


「ここがレールの終点だッ! 超過発動、黒牢鎖爆!!」


 鎖が中心へと集まり球体を形成する。繭のように全てを包む。鎖が鎖と触れ合うことで質量が増していく。鎖の塊は黒になった。事象の地平線からは光さえも潰してしまう。迷宮ごと破壊してしまうブラックホールが形成されようとした瞬間————


 鎖が停止した。


「は? なんで……」


「……お前に出来ることは、俺にも出来んだよッ!!」


 ダイチが片手をついてサハラを睨みつける。全身が血だらけなのは、もう片方の腕を頭に突き刺しているからだ。沸騰した血が皮膚を焼く。


「制御を……奪ったのか」


 スキルの超過発動。制限を強制解除して限界以上の能力を引き出す技術。一度発動すれば脳細胞が沸騰してしまう諸刃の剣を、ダイチは血を強制排出させ無理やり発動した。


 サハラのスキルの上からグラビティフリーをかけ直したのだ。グラビティフリーは非生物を対象とするなら発動できる。迷宮の物でも例外はない。


「でも……どうして……人を保ってられる!?」


「それは俺も聞きたい。どうして助けた?」


「両方、殺す。だがその前に、俺が殺されるわけにはいかない」


 迷宮主の特権で発動を可能にしているのに、ダイチは人の身のまま発動してしまった。出来てしまった。それを支えたのはパーフェクトクライムの修復能力だ。血の強制排出は致命傷ではない。ゆえにダイチが死ぬことはない。脳を焼いても修復される。


 ダイチにとっても賭けだった。死ぬ覚悟で、見様見真似で行った超過発動は成功した。


 ゴーストハマーはダイチを助けたわけではない。ゴーストハマーを心中に巻き込んでしまったせいで、優先順位がダイチからサハラに変わってしまっただけのこと。


 ダイチが頭から手を引っこ抜く。みるみるうちに傷は完治し、ダイチは両手で棒を握り直した。


「ずるいよな、即死以外は回復なんて。まあ、慈悲もあるか」


「いやだ……俺は消えたくない」


 ゴーストハマーのスキルの効果は無差別だ。超過発動で傷ついたサハラの脳も回復する。抗えと残酷に告げる。


 傷が回復するのならばと、サハラはもう一度超過発動を行う。最高出力を保ち続ける持続型超過発動。ダイチから制御を奪い返し、いつもは十数本しか動かせない鎖を塊で持ち上げる。


 鎖の塊でできた鉄拳がダイチを襲う。しかし天井まで飛び上がり避けたダイチは、天井を蹴って脳天目掛けて急降下した。


 鎖をシェルターにしてそれを受ける。だがその空いた横っ腹にハンマーが激突した。


「グゥッ……」


 致命傷ではない。傷はすぐに回復する。折れた背骨が治っていくのを感じながら、サハラは悪態ついた。


ダイチはこんなのを相手にしてたのかよ」


 同じコピーでありながら信じられなかった。ゴーストハマーだけでも即死級。できる気がしない。


 地面の鎖を波立たせてゴーストハマーを分身もろとも遠くへ押しやる。まとめて相手していられない。檻を作ってサハラは自分もろともダイチを囲った。ゴーストハマーに邪魔されない即席リングだ。


「良いのか俺。足場になるぞ?」


 ダイチは作られた檻の天井や柱を縦横無尽に跳ね回る。機動力を与えてしまった形になるが、サハラだって全方位から狙えるという利点がある。


 自分サハラ自分ダイチ。コピー元は同じであるはず二人が戦えば、迷宮主という特権を持つサハラが多少有利とはいえ、勝敗が決まらないはずだった。だが差はじわじわと開いていく。サハラが押し負け始めたのだ。


 ダイチの動きに鎖が追いついていない。足が触れてから離れるまでに鎖を巻きつけることができない。


 それにダイチは鎖の制御を奪うことができる。手首足首を捕まえることができてもすぐに振り払われてしまう。


 だが、それだけでは説明できない差があった。サハラには負けてしまう予感というものがどうしても拭えない。自由に飛び回っているダイチを見て、自分と同じだとは思えなかった。


「どうして……俺と何が違うんだよ……」


 絞り出したサハラの声に、ダイチは返答する。


「うまい朝食を食べたことないだろ」


 ダイチは棒を回転させながら言う。


「誰かと遊んだこともない」


「……それがどうした」


「誰かにプレゼントしたことも、誰かに褒められたこともないだろ」


 至近距離にコピーがいるせいか、それとも戦っているせいか。二人の脳は共鳴する。システムを超え、断片的な記憶の統合が行われる。ダイチが話すごとに、サハラの体験していない別の記憶が流れ込んでくる。


 ブラウンと食べるふんわりとしたパン。エイチェと歩いた街。オーナーのためにとってきた食材。マトバに褒められたときの感情。死んでいた目が見開かれる。


「他人と関わることを避けてきた。レールを踏み外すのが怖いからって逃げてきた」


「違う。俺は逃げてたわけじゃない。これまでだって他人と関わってきた」


「真面目のフリして? それは拒絶と同じだ。他人に嫌われないように他人のレールに乗っかってただけだ」


 ダイチは飛ぶことを止め、サハラの元へ歩いてくる。サハラには鎖で攻撃することも、檻を維持することもできなくなっていた。


「俺は強いよ。自信を持て」


 棒を振るう。サハラの顔が砕ける。

 ダイチはその日初めて人を殺した。もう一つの可能性だった自分をその手で。


「お前の記憶も俺が持っていくよ」


 ドロップしたスキルシードを口に運ぶ。もちろんスキル取得を選んだ。


 迷宮主が倒され、道が開かれる。しかしまだ戦いが終わったわけではない。

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