第17話 オービットエンドの鎖縛 ②

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 マトバは、戦いの様子をじっと見ていた。


 不良の世界にいたせいで人から目をつけられてばかりだったマトバにとって、誰にも相手にされないというのは新鮮な経験だった。


 自分があの戦いに混じっても手も足も出ないことを、マトバの直感は感じ取った。多少戦えるだけの真面目男だと思っていたダイチが、自分より先に居る。


 鎖を放つ迷宮主と一撃必殺のハンマーを振り回すゴーストハマーに迫られながら、ダイチは身軽だった。体をひねるごとに、足をつくごとに、ダイチの動きは洗練されていく。


 あれが本来のダイチなのだろう。人に合わせて行動し、誰かに迎合するために敬語を話していたダイチが、背負うものを下ろしながら戦いに集中していった結果。誰にも縛られないダイチの体は羽のように軽い。


 ダイチは逆さまにハンマーを避けながら、ポケットから取り出した種を口に放り込んだ。悩んでいる余裕はない。機動力が欲しいのでスキルの強化を選ぶ。強化完了までラグがあるのが難点だが、これでより高く飛べる。


 間近で戦いを見ていると、マトバには見えてくることがあった。

 強敵二人を相手にしながらも、ダイチは決してゴーストハマーに反撃しようとはしていない。


 思えばダイチはまだ、迷宮主の攻撃をゴーストハマーにぶつけようとしている。自分では攻撃したくないからと、そんな回りくどい戦い方を選んでいる。


 人を殴らないのは優しさではないことをマトバは知っている。現実で戦った不良の何人かは、マトバが女だから殴ろうとしない奴だった。


 女子供は殴らないって考えは甘えだ。自分で勝手に線を引いて、自分で納得しているだけのわがままだ。女子供を殴らないのは信念ではなく、女子供を殴るような奴だと思われたくない、と他人の目を気にしているだけの日和見野郎だ。


 他の人間を殴る時点で同罪で、不良の時点でクズ。だからマトバは殴る相手を選ばない。


 ダイチは人は殴らないという線引きしている。どうにか殴らずにゴーストハマーを倒せないかと試しながら戦っている。優しさではなくただの逃げだ。しかしマトバは、これまで出会ってきた不良達と違うものをダイチに感じていた。


 腕に絡み付こうとする鎖を、ダイチは棒で叩く。マトバはダイチが少し怖いと思った。


 どうにもならないとき、ダイチは解決のためならどんなことでもやってしまえる怖さがある。人ではない敵には容赦しなかったり、トロッコ問題で即決で犠牲の少ない方を選べるように、人道的に仕方がないとなれば残酷な選択でもダイチは動くことが出来る気がするのだ。


 そんなダイチは嫌だなとマトバは思った。人を殴らない甘さのあるダイチのままでいて欲しい。ならば、ゴーストハマーを倒すのはマトバの仕事だ。


 マトバは息を潜める。猫のようにじっと獲物を狙う。ゴーストハマーが隙を見せる時がチャンスだ。PVPは慣れている。


 だがゴーストハマーより先に、ダイチが隙を晒してしまう。


 迷宮主の放つ鎖を避けきれずに、肩で食らってしまった。ダイチは万全だったが、スキルシードの強化が発揮されたタイミングが悪かった。体重が軽くなったせいで踏切を誤り、避けることができなかった。


 鎖に触れると重力が乗算される。それはダイチだけに限った話ではなく、鎖自身にも効果がある。


 鎖の輪一つに、二つの輪が触れ合っている。つまり通常の金属よりも重たい一撃となった鎖の攻撃で、想像以上のダメージを食らった。ダイチは地面に倒れ込む。


 降って沸いた好機に、ゴーストハマーが追撃しようとハンマーを振るう。


「……っ! させないですわ」


 マトバは声を出すことでわざとターゲットを自分に切り替えさせる。そのままハンマーと拳で殴り合う。こういう時は、考えるより先に体が動く自分がありがたい。だが、ダイチがゴーストハマーに殺されるのは回避できても、数秒のうちにマトバの方が殺されてしまうだろう。


 そして倒れたダイチにも鎖が迫った。地面の鎖が湧き上がってダイチを取り囲み、隙間がないほど鎖に巻き取られてしまう。


 鎖が触れるごとに重力が乗算される。つまり全身に触れれば、自分の重さで自分が潰れる。肉体が重力に負け、肉が落ちる。


 だがダイチに巻き付いた鎖の塊から、潰されたジュースが垂れることはなかった。


「6分の1。月の重力を超えたら、次は無重力ってことか」


 鎖がギリギリと張る。そして力任せに引きちぎられる。中から現れたダイチの髪が、服が、ふわふわと浮かんでいる。


「グラビティフリー。無重力は誰にも縛られない」


 スキルの強化による開花。スキルシードが成長して幹となり、枝の先に花が咲く。スキルツリーのひとつの到達点。


 重力が乗算される鎖でいくら縛ったとしても、ゼロは永遠にゼロでしかない。空を飛ぶというダイチの願いがここで叶った。


 迷宮主が何本も鎖を飛ばすが、重力から解放されたダイチにとって敵ではない。遅いかかる鎖を足場にして迷宮主へと駆ける。


 ゴーストハマーもダイチを殺すべく奥の手を出した。二人に分裂しアリバイを生み出す隠された能力。


「パーフェクトクライム、不在証明」


 二人になるとは予想していなかったマトバが、片方のハンマーを避けきれずに吹き飛ばされる。十分なスピードのある金属の塊は交通事故のようなもので、マトバの骨を破壊した。


 破壊を修復する能力、無痕はゴーストハマーが切ってしまったので、痛みに震えてマトバは起き上がることができない。鎖の重力も加わり、痛みに耐えながらマトバはうずくまる。


 マトバは少し悲しくなる。初めて自分を見てくれた人が、遠くへ飛び立ってしまう。


「ダイチ……」


 ダイチは覚悟を決めた顔をしていた。目は迷宮主とゴーストハマーを見据えているのに、口元は笑みが押さえきれていない。マトバにはわかる。衝動を解き放つのは快感だ。


「殺す」


「来な。今なら親でも殴れそうだ」


 分身したゴーストハマーの挟撃を難なく避け、飛んできた鎖を棒で絡めとる。空中で二回転半したかと思うと、棒に絡まっていた鎖はゴーストハマーの首にかかっていた。重力が乗算され、ゴーストハマーは膝を突く。


 地面に引っ張られ動けないゴーストハマーの顔を、ダイチは容赦無く叩く。無重力で瞬時に逆回転に切り替えると、今度は腹を殴った。ハマーの口から血が吹き出し、赤いマフラーをさらに赤く染める。


 もう一人のゴーストハマーが助け出そうとハンマーを振るうが、ダイチはハンマーの面に着地して、振り抜かれる勢いを利用して迷宮主への元へ飛んだ。


 自由だ。遊んでいるようにも見えるダイチの戦いは、敵を翻弄し叩きのめす。


 飛んでくるダイチを捕まえようと鎖の網を張る迷宮主。ダイチはそれを布を払うかのように棒でかき回しながら前進し、人型の鎖の塊へと兜割りを放った。


 直撃。人型の鎖は殻を剥くように引きちぎられ、その中身をさらす。


「……どういうことだ!?」


 ダイチの動きが止まる。

 鎖の中に居た迷宮主は、鎖原大地そのものだった。


 鎖の殻をずるずると動かし、まるで衣服のように身を固めた迷宮主——サハラは、死んだような目を片方だけ出し、ダイチを見た。


「どうして……」


 ダイチはとっさに後ろにさがる。声まで同じ。居るはずのない自分。迷宮に縛られた瓜二つの存在にダイチは恐怖した。

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