第14話 暴走した自己

「おい、起きろ。私が全力でこちらの世界に引き戻したのだ。体に異常はないはずだぞ。さあ、さっさと起き上がれ……………」


 薄い桃色の光に反応して目を開けると、そこにはピンクの眉をひそめた女神の姿があった。一体俺はどうやって、あの絶望的な状況から抜け出してきたのか。抱えた疑問をそのまま顔に映し出して、眼前の創世主に投げかけると、女神は呆れたように息を吐いて諭すような目でこちらを見つめた。


「……全くどこまでも好奇に満ちた男だな。まあいい。どうせしつこく聞かれるのならば、詳しく解説してやろう。お前が持っている逆摩尼は、私の精神世界にある真摩尼まこまにとつがいの関係だというのは以前話した通りだが、それを利用してなんとかお前の精神を呼び寄せたというわけだ。全く……。心に触れることは苦痛を伴うと言っていたのに、よくもまあ大胆なことを……。私も、今回ばかりは骨が折れた…………」


 女神は説明を終えるとまた大きく息を吐き、力無く膝から崩れ落ちる。よく見ると、その幼い顔つきにはクマができ、細い腕からは血が数滴零れ落ちていた。神にあるまじき衰弱ぷりに俺は衝撃を受け、黙って立ち上がる。しかし女神は黙って左手で制して、


「心配には及ばない。別にこれくらいの負荷で倒れるほど、私はか弱い存在ではないからな。だが………、今回のように精神世界の奥底から救い上げるのはもう厳しいかもしれない……。それゆえにお前には一つ忠告をしておくとしよう…………」



 女神は立ち上がり、両手を強く叩くと辺りは一面の黒に包まれる。そしてさっきまでの恐怖が蘇り意図せず顔が引き攣る俺に、女神は幼女の顔に似つかわない不敵な笑みを浮かべた。



「ほう……、お前にも恐怖を感じることがあるのだな。いや、今までは無知だった故に痛みを想像し得なかっただけか……。それならば、教えてやる。この闇は、自己の崩壊する一歩手前の段階を表す。いわば自己の暴走の段階だ。一条桐葉の精神は長年の苦痛に耐え続けることを強いられた結果、もはや対策もなく触れるのも危険な状態となっている。これを放っておけば……、彼女の精神崩壊と共に能力のタガは外れ、先ほどお前が経験したように周囲の人間もろとも悲惨な結末を辿ることになるだろう…………」


 予言よりも実現味のある不気味な忠告に俺は顔を青く染めて、自身の目算の甘さを痛感する。他人の精神を簡単に消し去るほどの力を桐葉は一人抱え続けていた。その事実に恐怖するよりも先にただ義妹を哀れむ気持ちが頭に流れ込んで、俺は拳と唇に力を入れて周囲を取り巻く暗闇を睨みつけた。


「桐葉の精神は……、あとどれくらい持つんでしょうか? もう、時間はほとんど残っていないんですか?」


「ああ………。あともう少しで、彼女の精神は崩壊を始める。そしてその進行度は、お前が元の世界に戻ればすぐに気がつくことができるだろう。だが、全てが終わったわけではない。水蓮寺遥の時よりも少々難解ではあるが、一条桐葉を救う可能性も十分に残されている。……さて、私が与えられる助言はこのくらいか。一条俊………。私はお前の献身性に期待している。どうか……、頼んだぞ………」


 そう言った途端に女神は顔をしかめ、目を瞑ったかと思うと再び膝をつき、そのまま力無くうつ伏せに倒れ込む。微かに呼吸音が聞こえる幼い顔立ちはやつれ果て、心なしか痩せこけているように見えた。そしてそんな神の寝姿に心配して駆け寄る間もなく、視界は白くぼやけていく。もう、同じ失敗は繰り返せない。俺はそう強く実感しながら病室へと精神を戻し、気がつくと義妹の笑顔と相対していた。

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俺は恋する少女のためにラブコメクラッシャーへ成り下がる 真砂絹 @ranjarini2

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