第13話 消えちゃえ
ここは、桐葉の精神世界か? 目を開いているはずなのに、なにも見えない。どこを見ても黒しか見えない………。怖い………。なにが起きたというんだ……………。
見渡しても、目を擦っても変わることのない漆黒に、俺は数秒でパニックに陥り、既に精神が崩壊してしまいそうなほどの恐怖を感じる。すると、突然耳元で不気味な吐息が囁いてきた。
「……ねぇ、なんできたの? こんなとこに誰も来てほしくないのに、なんで? ……ねぇ、なんで? ……なんで?」
「桐葉か……!? ここは一体どうなってるんだ? 俺はどうしたらこの暗闇から抜け出せる? なぁ、聞こえてるんだろ!? 早くしないと、俺は頭がおかしくなりそうで………」
無限にも感じる暗がりの中で完全に取り乱した俺は桐葉らしき声からの問いかけに応えず、必死に叫び続ける。しかしその声は圧迫感のある闇には響かず、一瞬にして掻き消されてしまう。そしてその代わりに、冷徹で吐き捨てるような息は鼓膜と脳を駆け巡って、どんどんと音量が大きくなっていった。
「頭が痛くて、吐きそうで………。とっても辛いんだよ。ずっとこのまま。苦しみ続けてきてるの。ずっと…………、ずっとね……」
言葉の後には、つんざくような高い耳鳴りが続く。頭を抱えて耳を塞いでも、悲鳴の成れの果てのような雑音は消えることはない。そのまま耐え難い苦痛を流し込まれ続けるうちに目の前の黒が渦を巻いて、一つの白い箱と膝から崩れ落ちた少女を描き出していた。
「「おかあさん………。おかあさん、なんで…………。どうしてこんな………。なんで………、なんで………………」」
「桐葉……!? 前にあるのは、棺……? これは、まさか…………!」
俺が状況を理解した瞬間に、泣き崩れた桐葉の背後にもう一人のキリハが現れる。キリハは桐葉に手を当てると、また頭に直接響く声で、
「ワタシが、いけないんだよ。お母さんはワタシみたいななにもできない子から離れたかったんだ。だから……、もう消えたらいい。出来損ないのワタシなんて、他の人から隠して一生出て来なかったらいいんだ」
キリハは桐葉の肩に手を置きながら、冷め切った言葉を浴びせかける。……やめろ。俺はキリハを止めようと全力で駆け寄り、項垂れる桐葉の前に立ちはだかった。
「本当の桐葉が消えたらいいなんて……、バカなこと考えるんじゃない……! 桐葉は俺にとって完璧な
目の前のキリハに声をかけている途中で、俺は背後から首を絞められていることに気がつく。守るべき本物と思っていた桐葉は、泣きじゃくっていた余韻も無く、最も冷めた吐息を浴びせかけていた。
「「分かってないよ。おにいは本当の私も、私の苦しみも、なにも分かってない。しょうがないよね。家族って言ったって、私達はただの他人なんだもん。だから、消えちゃえ。私の心を勝手に覗いたんだから、それを隠すためにおにいも消えちゃえばいいよ。じゃあね………、おにい……………。あはは……。あははははははははは……………」」
桐葉とキリハは乾いた笑いで共鳴し、人とは思えない力で首を掴まれた俺の意識は段々と薄くなっていく。そして完全に自己が潰える寸前に、ポケットの輝石が光を放ちその一欠片が胸に入り、俺は別の精神世界へと意識を飛ばした。
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