甘い卵焼き、恋の味
きつね雨
第1話
「……スマンがもう一度言ってくれ。どうも俺の耳が一瞬フリーズしたみたいなんだ」
「だから、ミヨちゃんと付き合う事になったんだよ、昨日から」
「ポニョちゃん? 崖の?」
「ミヨちゃんだよ! 聞こえてる癖に間違うな!」
「はっはっは、うんうん……はぁ⁉︎ お、おかしいな……耳の調子が……誰が守ってあげたい系学年No.3のミヨちゃんと付き合うだって?」
「お、れ、だ」
高校に入って友人となった
「くっ……貴様、我への忠誠を忘れたか⁉︎ あの夜、誓いのオレンジジュースを、盃を酌み交わした仲であろうに!」
「あのな? 俺はお前と違って演劇部じゃないんだ。何だよその時代劇みたいな台詞は……まあ、悪かったとは思うよ。大体ヒロだって真面目な顔してたらアリなんだし頑張れよ。な?」
「その憐れみの視線やめて! 痛い、痛いから‼︎」
「お、おう……じゃあミヨちゃんと昼飯食べるから」
高見の野郎はそう言い残し、俺の前から立ち去って行った。
「何てことだ……」
ふと見渡せば、あちこちでイチャイチャしてる奴等ばかり。俺の目の前には母ちゃんが作ってくれた弁当箱と飾り気ない水筒。此れを一人で食えと? 何たる拷問! いやだぁ‼︎
くっ、こうなれば最終手段しかあるまい……アイツと一緒だと精神がゴリゴリ削れるが、一人寂しい昼飯など耐えられん。
「はぁ、マジかぁ」
隣のクラスだから近いけどさぁ。
○
○
○
「どうした? ヒロ」
「アキラ、昼飯食おーぜー」
「ん? 一緒に?」」
「ああ、偶にはいいだろ?」
「高見にフラれたくせに」
「知ってんのかよ⁉︎」
「林谷さんと付き合うって今朝聞いた」
「チクショウ!」
「全く、くだらない同盟なんて組むからだ。高見と林谷さんは小学生からの付き合いなの知らないわけ?」
「分かってるけど、一縷の望みに賭けてだな」
「はいはい」
アキラは周りの連中に断りを入れて、俺に向き直った。まあ俺と違って交友関係の広い奴だ。当たり前だけど、一緒に昼飯を食う予定だったんだろう。でも全員気分を悪くすることなく去って行った。中には楽しそうに手を振り、楽しんでと声を掛けるほどだ。くっ、此れも人気者の力か……
「森に行こっか」
「そだな。此処は落ち着かないし」
"森"とは校内の一角にある低木の樹々が植えてある場所だ。卒業生達が毎年記念に植樹して、結構な本数になっている。まあ森は大袈裟だけど。一年は近付かないが、二年生以上は昼飯などに良く利用している。まあ上級生の特権的なヤツだな。
なんとなく、隣を歩くアキラを其れとなーく観察する。
幼稚園からの付き合いだが、マジでモデルみたいに成長しやがった。
身長は対して変わらないのに、腰の位置が違う。脚の長さは同じ霊長類なのかと問い正したくなるな。背筋も真っ直ぐだし歩く姿まで格好良くて腹立たしい。睫毛も長いし鼻筋だって整ってる。顔が小さいから目が大きく感じて、何かの主人公キャラかと思うのだ。
「何、ジロジロ見て」
「アキラは良いよなぁ、モテモテで」
「またその話?」
「またとか言うな!」
「あのさ、意外と大変なんだけど? 此間のバレンタインなんて特に」
「そんな台詞一度でいいから言ってみてぇ……」
剣道部次期主将で県大会優勝候補筆頭。性格もサッパリしてて面倒見まで良いから、後輩からも慕われているらしい。何より一年の女の子達から滅茶苦茶モテる。廊下を歩けばキャーキャーと声が飛ぶ程だ。バレンタインなんて行列が出来てたから、有名人でも来たのかと勘違いしたからな?
「まだ全部食べ切れてない。チョコレート」
自慢か? 自慢なのか⁉︎
「少しは寄越せ」
「馬鹿、みんなが態々くれたのに駄目に決まってる」
「へーへー、ご立派な事で」
「大体チョコなら最近あげたような……?」
「あれは旅行の北海道土産だろうが! 確かに美味しかったけど! サンキューな!」
以前帰りに武道場を覗いた時なんて酷かった。後輩の美少女剣士に手取り足取り指導していて、俺は嫉妬に狂ったね。可愛い女の子が真っ赤な顔して幸せそうにしてるの見たら誰でもそうなるから。背中側から抱き締める様に竹刀の振り方を教える瞬間なんて完全に堕ちてたよ、あの美少女剣士。
「彼処にしよう。日陰もあるし」
「おう」
配置してある岩に二人して腰を下ろし、弁当箱の包みを開ける。
「天気も良いし、外もありかな」
「うむ、俺に感謝しろよ?」
「はいはい」
呆れたように笑うのやめて下さい。
「お、それってアキラのママさん特製の卵焼きだよな?」
3回卵液を濾して焼く手間暇掛かった美味いヤツ。出汁もしっかりでフワッフワなのだ。
「そうだけど」
「交換してあげよう。母ちゃんが作った甘いヤツと」
「何でだよ……まぁいいけど」
苦笑まで格好良いなんて、羨ましい!
「うむ、美味い。この味を受け継げばアキラはプロの料理人になれる。毎日俺に作ってくれたら路が拓けるかもしれん」
「……ホント馬鹿」
「あん? 聞こえなかったぞ?」
「何でもない。それで? 話はなに?」
「うむ。良く聞いてくれた、我が友にして幼馴染よ。海より深く、空より広き悩みを今打ち明けよう……」
壮大で厳かな空気を醸し出してみる。ちょっと恥ずかしい。
「幽霊部員のくせして演技力はあるよなぁ、ヒロは」
「ほっとけ」
マヨネーズの掛かったブロッコリーを突きながらアキラは曰う。茹でると甘さが増して美味いよね。それもくれ。え?ダメ?
「ちゃんと頑張ればいいのに。適当に流すだけで平均点ちょい上を取れる地頭もそうだし、演技力だって凄いと思うけど。先生に何度も褒められてたの知ってる」
「それは置いといて。アキラに相談がある」
「はぁ……ま、いいや。相談て?」
「可愛い後輩ちゃんにモテる方法を伝授してくれ。俺もバレンタインチョコを貰いたいし、下校時間に待ち合わせとかしたいのだ!」
「……はぁ? つまり彼女が欲しいってこと?」
「ま、まあ、歪曲表現と暗喩を駆使すれば、近からずも遠くない。ちょっと青春したくなった、俺も」
「いやそのままだし。ヒロって彼女なんていらねー系の硬派を気取ってたヘタレじゃん。今更方針転換?」
「平気で心を削ってくるんじゃねぇ!」
「ムッツリスケベも卒業?」
「アキラさん、それ以上はやめようか。死ぬぞ、俺の心」
「……ふーん、彼女、ねぇ」
「アドバイスプリーズ」
「まず髪と眉は整えよう。あといつも眠たそうにするのも駄目。猫背は貧相だから禁止して部活を真面目にやって。それと勉強も真剣にすればヒロならトップ10を狙えるだろうから、ヤレ」
「お、おう?」
「あとは……昔水泳とか教えてくれたみたいに、優しくしたら大丈夫。あの頃は格好良かった」
「過去形‼︎」
「何? ちゃんとしたアドバイスだけど文句あんの?」
美形に睨まれと怖いんだが? 文句はないけど面倒くさいです!
「面倒くさいとか思ってたら竹刀で喉を突くから」
「簡単に心を読むな! て言うか、竹刀はヤバいからやめて‼︎」
「……ヒロ、誰か好きな子でも出来た?」
「ん? なんだ突然」
「だって……急にモテたいなんてさ」
「うーむ、男子たるモノ女子が好き。例外は認める」
「ちゃんと答えろ」
「あ、はい」
そうは言ってもなぁ……何となくでーす、とか言葉にしたら面と胴を喰らいそう。
ジーっと俺を見るアキラ。そんな真剣な眼差し、凄い罪悪感が湧くぞ。くっ、モテキャラには分からんだろう、この虚しさが。よし、こうなりゃヤケクソだ、うん。
「いいかアキラ。俺の人生を振り返ってみろよ。小学生なのに厨二病と蔑まれ、中学生に至っては女子から遠巻きにされ、高校デビューだと張り切ったら周りは男ばかり。演劇部は女子が多いと思ってたのに男女比おかしいだろうよ!」
「そんな理由で演劇部に入ったわけ?」
だから睨むな! 美形を自覚しろ!
「うるへぇ! 俺の事を優しく包み込む様な可愛い彼女が欲しいんじゃぁ! 怠け癖も猫背も、あと図書室で一緒に勉強したりしてさぁ!」
「図書室で勉強って」
おい、笑うな。
「いいじゃんよ! 例えばの話として……ん?」
「わ、わぁ⁉︎ 急に近寄ってくるな‼︎」
俺は今、凄い事に、大変なことに気付いたのでは無いだろうか? もう一度アキラの美形をじっくりと眺める。もしかして、俺は天才なのでは? いや、凄まじい馬鹿なのかも。
「ちょっと大人しくしようか、アキラ」
「え? あ、うん」
真面目な顔、反則だよ……アキラがそんな事を呟いているが、それどころじゃない。すっごい真実に気付いてしまったのだ!
俺の性格を理解し、それすらも包み込み、お馬鹿な過去もムッツリなのも許してくれる最高の女……そんな女子がいた事に‼︎ しかも美人さん!
「なあアキラ」
「……何だよ?」
「偶に
「え⁉︎ い、いや無意識と言うか、昔から一番話してたのがヒロだからと言うか、真似みたいになって……」
「髪が長いと剣道とか大変じゃないか?」
「そ、それは……長い方が好きって昔……」
「後輩からモテモテだけど、女の子が好きって訳じゃないよな?」
「ち、近い……」
「答えてくれ」
「それは、出来るなら好きな男の子とデートしたい……あと、近いから!」
「普段は凛々しい剣士だが、実は甘い物が大好き。スポーツは何でも熟すのに何故か水泳は苦手で金槌。勉強だって頑張るけれど、数学は記号ばかりで暗号解読だと愚痴る日々だよな」
「うっさい!」
「小さい頃、手に入れた兎の縫いぐるみは洗濯し過ぎてフニャフニャ。でも寝る時は枕元に置く」
「何で知ってるのよ⁉︎」
「ママさんから聞いた」
「ママ、何してんの⁉︎」
「女言葉になってんぞ」
「だから近いって!」
ふっ……何たる事だ! 我の眼は曇っていた様だ。高校でもトップクラスの美人で、性格だって良い。こうやって俺の馬鹿話にも付き合ってくれる。しかもだ! 御近所に住んでて昔から遊んだ相手。記憶には無いが一緒に風呂も入った事があるらしい。まあ赤ん坊に毛が生えた程度の時だが。
つまり……幼馴染は可愛い女の子! 定番じゃねーか! 朝は起こされた事ないけど!
「アキラ」
「な、何よ?」
「髪と眉を整えて、猫背も直す。勉強だって頑張るし、演劇部も最初からやり直しだ。それならモテるんだな?」
「まあ、多分」
くくく……例え確実にフラれる事が分かっていても、我等は御近所さん。チャンスは何度でもある。今は無理でも時間を掛ければ振り向かせる事が可能! 多分、きっと、恐らく。
「付き合ってくれ」
「……?」
「アキラ、俺と付き合ってくれ」
蔑まれようとも打たれ強いのだ! 一度くらい玉砕しようとも、先ずは俺を一人の男として意識させる必要があるだろう。ほら、告白されたら好きでもなかった人が気になったりするじゃん?
「いいけど」
「はっはっは……分かってる分かってる、今は無理でも……はい⁉︎」
「だから、私がヒロの彼女になる」
「んん? あ、あれ? フラれて、ない?」
「寧ろ遅いくらいだけどね」
「ももももしかして、アキラって俺が好き、だったり?」
「はぁ……知らないのヒロくらいだけど? さっきだってみんな歓迎してくれたでしょ?」
確かに、快く送り出されたような……
「お、おう……えっと、よろしくお願いします?」
「何で疑問系なのかな? ヒロ、ふざけてるの?」
「いやいやいや!」
「罰として、残りの卵焼きは貰います。甘いの好きだもん」
ひょいと箸で摘まれた母ちゃん特製の卵焼き! それ、最後の一個だぞ⁉︎
「よせ! 楽しみは最後にだな!」
「知ってる。いただきまーす」
「ギャーーー‼︎」
おしまい
甘い卵焼き、恋の味 きつね雨 @kitsune-rain
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