二 ロデニウムの呪われた王子
──君の
呼吸も忘れて、
夫が何を言ったのか、理解するのに時間がかかった。──
ゆっくりと目の前が真っ黒に
視界も音も、すべてを
──だから、次に期待しよう。
次って何?
彼女は手のひらの下でカッと目を見開いた。
次?
次……?
まるでそれがただの物のように──、代わりを用意すればいいと?
──
それ以上、聞いていられなかった。
顔をあげた先にある夫の
心の中で持て余した感情が
──これで無能は消えた。よかったな。
よかった?
夫の
胸の中の感情が強い熱を持ち、反対に頭の
この一族は、普通じゃない。
数時間前に出産を終えたばかりで、ぐったりと
──許さないわ。
すべての感情が消え失せた彼女の声は、氷のように冷たかった。
***
「わん!」
犬の鳴き声がする。
「わん!」
その声がどこか
「わん! ……いい加減起きろっ」
犬の声が人間の言葉のように聞こえるなんて、自分はまだ夢を見ているのだろうか。
「おいっ、
「んー……」
幸せな
誰だろう。男の人のような声がしたけれど──、そう思いながら目を開けると、視界に真っ黒なもふっとした
(ふふ、幸せ……)
よくわからないが、この
エレナは目の前のもふもふにぎゅーっと
どうしたのだろうと、もふもふに抱きついたまま顔をあげると、少し上に金色の二つの目があった。ん? と首をひねって、それからハッとする。
「わんちゃん!」
「……わぅ」
ものすごく
起き上がろうとしたエレナの夜着の
「ありがとうわんちゃん。この服大きくて、すぐ肩が落ちちゃうの」
へらっと笑ったエレナに、狼がまるで人間が肩を落とすかのように首を落とした。
起き上がってガウンを羽織り、カーテンを開けると、
部屋の中はひんやりとしていた。ガウンを羽織っていても寒くて首をすくめる。
「わんちゃん、部屋が暖まるまでそこにいてね」
エレナは暖炉から少し
ぱちぱちと薪が音をたてはじめる。確実に火がついたところで薪をさらに追加して、エレナは大きく伸びをした。
「寝すごしちゃったみたい。ベッドがふかふかだったからかな」
「わふ?」
ベッドの上で狼が首をひねった。
エレナはノーシュタルトの地ではもっと早くに目を覚ましていた。ダニエルたち
「みんなもうお仕事はじめてるよね。朝ごはんの
そう言いながらエレナが部屋を出て行こうとしたからだろう。ベッドの上から飛び降りた狼が
「あ、そっか。この姿じゃだめだよね。
「わんっ」
そうじゃない! と言いたそうである。エレナが狼を見下ろすと、「こっちにこい!」とばかりに
「座れってこと?」
「わん!」
エレナがベッドに座ると、満足そうに返事をした狼が、エレナの
「わんちゃん……」
動けなくなったエレナが
「物音がしましたが……、奥様、お目覚めですか?」
ミレットの声だ。
返事をすると、ミレットが部屋に入ってくる。
「ずいぶんとお早いお目覚め──って、どうしてここに!?」
「わん!!」
ミレットが
「わんわんわん!!」
大声で吠える狼に、ミレットがあんぐりと口をあける。
エレナが狼の頭を
ミレットはこめかみを押さえて、「ええっと……」と
エレナはそれを、勝手に狼を連れて入ったことに対する反応だと思って、しゅんと肩を落とした。
「ごめんなさい、勝手に家にあげちゃって。でも、
「え? あ、ああ、大丈夫です奥様。その狼は家の中にいても問題ありません」
「そうなんですか?」
エレナは目を丸くした。ずいぶんと
「わんちゃん、ここの子だったのね」
追い出されなくてよかったと笑うエレナに、狼は返事をするように「わん」と鳴く。
ミレットが視線を泳がせた。
「えっと、奥様……。わんちゃん、ですか」
「あ、そうですよね。狼だからわんちゃんはおかしいですよね」
「いえ、そうではなく……」
ミレットが
「わん!」
まるでミレットについて来いと言わんばかりに顎をしゃくって、狼は勝手知ったる我が家のように部屋の外へ出て行った。
ミレットもエレナに一言断って、狼を追いかけて部屋を出ていく。
やがて
「あの、わんちゃんは……」
「ダイニングでくつろいでいらっしゃいます。あんまり待たせるとうるさ──、いえ、吠えはじめて
(……あのわんちゃん、もしかしてユーリ
ミレットが狼に対して敬語を使うので、もしかしなくとも
(ユーリ殿下に会うことができたら、謝ろう)
ミレットがサイズ
「わ……、わぅ」
エレナがダイニングに入ると、
しばらく固まったように動かなくなった狼を心配してエレナが近寄ると、ふいっと視線を
どうしたのだろうと首を
「あはははは! エレナちゃん、
「ワン!」
ドレス、と言われてエレナは自分の格好を見下ろした。狼がエレナのドレス姿に困惑するとは
ぶかぶかの
大きく開いた
「あ、あの、わたし、食事は部屋で……」
「ああ、そうじゃない! そういうことじゃなくて……」
ちらりと
狼はふいっと顔を
エレナが席に座ると、
ユーリ王子の姿が見えないが、彼はまだエレナのことを
朝食のとろとろのオムレツに感動していると、絨毯の上に寝そべっていた狼がのそりと起き上がって、エレナの
「わんちゃんもごはん?」
狼の機嫌がなおったのが
エレナが自分のオムレツを一口スプーンに
「エレナちゃん、そいつは『わんちゃん』じゃなくて『ユーリ』だよ」
「わんわんわん!!」
狼が大声で鳴いた。
ライザックはにやにやと狼を見ている。
「ユーリ、ですか? ユーリ殿下と同じ名前なんですね」
「わ……ぅ」
「ふふ、ご主人様と同じ名前なんて嬉しいね、ユーリ」
エレナがにこにこ笑ってユーリの口元にオムレツを近づけると、それを口に入れながら狼──もとい、ユーリはじっとりとライザックを
「あっはっはっ」
バシバシとダイニングテーブルを叩いて笑うライザックに向かって、ユーリがチッと舌打ちする。
(やっぱり舌打ち……! 狼って舌打ちできるんだ!)
すごいなぁときらきらした目をユーリに向ければ、ユーリはため息をつくようにテーブルの上に顎を乗せた。
「……わふ」
エレナが次はベーコンを食べるだろうかと、ユーリのために一口サイズに切り分ける。
そんなエレナとユーリを、ミレットとマルクスは困惑した顔で見つめて、どちらからともなく
【発売前大量試し読み】絶滅危惧種 花嫁 虐げられた姫ですが王子様の呪いを解いて幸せになります 狭山ひびき/角川ビーンズ文庫 @beans
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【発売前大量試し読み】絶滅危惧種 花嫁 虐げられた姫ですが王子様の呪いを解いて幸せになります/狭山ひびきの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます