一 ノーシュタルトの花嫁④
ユーリ王子は、夕食の席にも姿を現さなかった。
ライザックによると、ユーリは出かけているわけではなく、この離宮にはいるらしい。けれどもマルクスの言う通り極度の人
(いつになったら会えるのかしら……?)
まだ自覚はないが、エレナはユーリの
ぶかぶかのドレスにガリガリの体。
もしかしたら、こんな女はいらないと怒り出すかもしれない。そう考えると、ユーリが現れないことに小さな
ぽつんと一人で食事を取るのが
エレナがあまりに幸せそうな顔で食事を取るから、そっと
食事を終えたエレナはケリーとバジルに手伝ってもらって入浴をすませた。
「本当に、食器を洗わなくてよかったんですか?」
「奥様は、どーんと構えているのが仕事です」
「どーんと構えている……」
それはどんな仕事だろうかとエレナが困っていると、ハーブティーを準備していたバジルがくすくすと笑った。
「そんなに
「そうですね。ドレスはたくさんあるから、時間がかかりそうです」
「それから奥様、その敬語は直してくださいね。わたくしたちに敬語を使われる必要はございません。ミレットも言っていたでしょう?」
敬語を使うなと言われて、エレナは
「おいおいでかまいませんが、少しずつ直してくださいませ。主人に敬語を使われると、わたくしたちも困ってしまうのです」
バジルによると、エレナはバジルたちの「主人」にあたるそうだ。奥様と言われても全然実感がなかったが、エレナは本当にこの
ケリーが
「奥様の髪は本当にお
裁縫道具に手を伸ばしたエレナに、ベッドの準備を整えたケリーが
「奥様、ほどほどにしてお休みくださいね」
「用があればベルを鳴らしてくださいませ」
バジルが
おやすみなさいませ、と二人が去ると、エレナはさっそく、ピンク色のドレスにはさみを入れた。
もったいないなと思いながら、チョキチョキとドレスの縫い目をばらしていく。手元のクッションを取って長さを測りながら、布をカットする大きさを決めていく。
「刺繍……どんなのにしようかな?」
布の色がピンクで
エレナは
チクチクと針を動かしていく。今日一日でいろいろ混乱してしまったから、針仕事は心を落ち着けるのにちょうどいい。みんなに
「奥様奥様……マリアンナ様のような感じ?」
この離宮の主人の奥様らしいエレナは、どういう行動をとればいいのだろうかと考えて、ふとバネッサの母である義母マリアンナを想像し、首を横に
奥様が何なのか理解できないまま、エレナは
無心で手を動かしていると、パチパチと薪の
クッションカバーが一つ出来上がると、エレナはケリーに「ほどほどにしてお休みくださいね」と言われていたことを思い出して針と糸を片づける。
エレナは反射的に手を
「お母様、どうしよう……、わたし、
無能と言われ続け、死んだところで
このまま
急に不安になって、エレナはぎゅっと小箱を握りしめる。不安を覚えたせいかまったく
エレナは小箱を
寝付けないならもう一つクッションカバーを作ろうか。だが、これ以上起きていたらケリーに
音は外から聞こえた気がする。屋根から雪が落ちたのだろうか? それにしては、大きな音だった気がするが。
エレナは起き上がり、そっとカーテンを開いてみたが、暗くてよく見えなかった。
だが、外からはまだ物音と、わずかだが唸り声のような声が聞こえてくる。
(……誰か、いる?)
外は雪が積もっている。夕食の時に雪が降りはじめていたから、さらに積もっているだろう。外にいたら
(近くの町まで歩いて一時間って言っていたし……、誰か迷い込んじゃったのかな? 大変、このまま
夜だと方向もわからないだろう。早く
心配になったエレナは、夜着の上にガウンを羽織って部屋を飛び出した。
夜
エレナが玄関
外にもオイルランプが点灯しているから、
それでも夜の
エレナは早くも邸の中へ帰りたくなったが、外に誰かがいるのかどうかを確かめるまで帰るわけにはいかない。
(確かこっちの方から……)
エレナはずぼっと足が
(ひっ!)
エレナは悲鳴を飲み込んで立ち
エレナの視線の先にいるのは、大きな
獣はエレナを見つけて驚いたのか、ぴょんと背後に飛んで、それから上体を低くして唸り声をあげた。
エレナは
獣はエレナに向かって
ぼすん、と背中から雪に埋まったエレナは、そのまま大きく目を見開いた。
金色の
恐怖のあまり呼吸すら忘れて、エレナは震えながらその双眸を見返した。獣に会ったら、目を合わせてはいけない──昔、母がそのようなことを言っていた気がするがそんなことはすっぽりと頭から
見つめ合うこと数十秒。獣はゆっくりとエレナの上から退いて、エレナのガウンの
獣はやはり狼だった。エレナの身長よりも大きな狼だ。
どうやら
ぽけっと狼を見つめていると、やがてチッと小さな舌打ちが聞こえた。誰かいるのかとエレナが周囲を
(……狼が、舌打ち……?)
狼は舌打ちができるのだろうか。狼には会ったことがないが、犬ならば知っている。少なくともエレナが知る犬は舌打ちなんてしなかった。同じような見た目なのに、狼はできるらしい。はじめて知った。
すごい、と小さな感動がエレナの胸に広がる。
もう一回しないかなと期待を込めて狼を見つめていると、金色の瞳がすっと細まった。
「……わん」
どこか
エレナはきらきらと瞳を
エレナはその場にしゃがみこむと、そっと狼に向けて手を差し出した。
「わんちゃん、どこから来たの?」
「…………ワン!」
今度の声はなんだか不満を言っているようだった。何か気に入らないのだろうか。エレナは自分の手を見て、ああそうかと
「わんちゃんごめんね、おやつは今持ってないの」
「……わん……」
今度は
エレナがずっと手を差し出したままでいたら、狼が諦めたように近づいてきて、その手の上にぽすっと頭を乗せた。
(かわいいっ!)
エレナは
エレナが撫でまわす間、狼は諦めたようにおとなしくしていた。なんておとなしい狼だ。けれども、すっかり体の冷えたエレナがくしゅんと小さくくしゃみをした
「わ、わわっ」
裾を噛んで引っ張ったまま、狼はすたすたと歩いていく。
エレナは雪に足を取られないように注意しながら、引っ張られるままに足を動かした。
やがて狼は
「わん!」
「入れってこと?」
「わん!」
どうやら正解らしい。エレナが離宮の中に入ると、狼もついてきた。狼を邸に入れていいのだろうかと不安になったが、外は寒い。外に出すのは
部屋に入ると、まだ
エレナはバスルームからタオルを持ってくると、雪まみれだった狼の毛を
「ふふ、ベッドで
エレナはガウンを
「おやすみなさい、わんちゃん」
エレナがそう言って目を閉じると、狼はしばらく金色の瞳で彼女のことをじっと見つめていたが、やがてそっと
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