番外編:ふたりで紡いでいく記憶

第50話


 ――AM10:10


 待ち合わせの20分前にやって来た俺は少し早すぎたかと腕時計を見遣る。


 駅を出てすぐ、噴水の前。そこで亜湖と待ち合わせをした。見渡してもまだ彼女の姿は見当たらないから花壇のそばのベンチに腰かけた。スマホを触りながら待っていると、5分もしないうちに目の前に影ができる。


「うたくん、まった?」

 見上げたら髪を耳に掛けながら微笑む亜湖がいた。

「……うん、待った」

 意地悪くそう言ってみれば、予想通り彼女は頬を膨らませる。


「そこは『今来たところだよ』って言わなきゃ!」

 どこかの王道ラブストーリーを夢見ているらしい。そうかなと思ってワザと言わなかったんだよ。


「……ほんとに、まった?」

 立ち上がった俺を遠慮がちに見つめる。眉を下げ自然と上目遣いになる様子はとても可愛かった。その申し訳なさそうな表情からすると、俺の冗談を真に受けているのだろう。そんなところは気を遣うんだから。


「うそだよ、ほんとに待ってない」

 そう答えると安心したようにふにゃりと笑った。


「……はい!」

 亜湖から右手を差し出されて、じっとその手を見つめる。黙っていたら、みるみるうちに沈んでいく表情がおかしくてぷっと吹き出してしまった。ムッとした彼女が手を引っ込めてしまわないうちに、その手を取る。指を絡めてそっと力を込めると、拗ねていた顔なんてもうすっかり消え失せ、満面の笑みに変わっていた。





「――うたくん、こっち!」

 俺にとって大切な女の子が、数歩前を歩いて俺に手招きをする。

「走ると転ぶよ」


 そう注意するけれど、彼女はそんなの気にしていない様子で目を輝かせてスキップしそうな勢いだ。

「桜だよ!きれー」

 少し早足で彼女の隣に追いついて、その手を取る。それに気付いて照れたようにはにかんだ亜湖。


 今日は彼女と約束したお花見にやってきた。初めてちゃんとしたデートをすることになって、両手をあげて大喜びしていたのを思い出し思わずクスッと笑ってしまう。


 亜湖のスカートと長い髪が風に靡いて桜の花びらを巻き込む。手で必死に押えているのも可愛かった。


「こっちだよ、うたくん」

 手を引かれて案内される。お花見日和な今日は公園の中も花見客で賑わっている。亜湖が穴場スポットを知っているからと任せているわけだけど。


「……本当に、人がいないね」

 ちょっと細道に入って行ったら、急に人通りがなくなり辺りは静かになった。「もう少しだよ」と言う亜湖に素直について行くと――



「……すごい」

 大きな、一本の桜の木が聳え立っていた。桜並木はとてもきれいで魅力的ではあったけれど。この一本だけ独立して咲き誇っている桜も負けないくらいに綺麗だった。


「でしょ!あんまり知られてないみたいだけどね、まさしく穴場!」

 誇らしげに胸を張った亜湖。しばらく見惚れていると「はやく~」という声がして、彼女を見たらもうレジャーシートを敷いてスタンバイしている。


「お弁当たべよ!」

 ケーキだけでなく、本来“食べること”自体が好きなんだろう。期待のこもった瞳を輝かせている。


 料理は人並みにできるからお弁当は俺が作ろうかと提案したが、今回俺はおやつ担当を任された。亜湖がメインのお弁当を作ってくれると聞いて「大丈夫?」と思わず聞いたときはしばらくの間拗ねていたけれど。ドジで天然な亜湖が料理をできるイメージはなかったけれど、手先は器用らしい。広げたお弁当は派手なものではないけれど、とても家庭的な雰囲気が溢れていて、心が温かくなる。



「え、本当に亜湖がつくったの?料理できたんだね」

「まだ言うかー!」


 亜湖をからかうのは楽しいし、飽きない。真綿で包むように大切にしたいけれど、“好きな子を苛めてしまう”っていう男心も分かってもらいたい。


 また拗ねてしまった亜湖を宥めて俺が作ってきたおやつを取り出す。


「わ、おいしそう!」

 プリンやクッキーをシートの上に並べたら、案の定目を輝かせた。どれも手の込んだものではない。けれど、これだけ喜んでもらえたら作った甲斐があるというものだ。


「先にお弁当でしょ、いただきます」

 いつも亜湖が店でするみたいに手を合わせて丁寧にあいさつをする。

「召し上がれ!」

 頬を緩めにやにやする亜湖。きっと「新婚さんみたいだな」とか、変な妄想してるんでしょ。顔に書いてある。


 割り箸で卵焼きを掴んで口へ運ぶ。ふわっとしていて味もシンプルですごく美味しい。料理できないんじゃないかって言ったのが失礼になるくらい上手だった。


「おいしい、びっくりした」

 ただ思ったままに感想を言うと、んふふ、と照れくさそうに笑う。


「ちょっとうたくんの気持ちがわかった」

「……え?」

 おにぎりを食べながらそう話し出す亜湖。俺がなんのこと?と首を傾げると、空を見上げて眩しそうに目を細める。


「自分のつくったものを食べて、大事な人が笑ってくれるってこんなに嬉しいんだね」

 こっちを向いてまた笑うから、なんだか恥ずかしくなって視線を桜に向けた。


「……うん」

 彼女が作ってくれたお弁当は卵焼きだけじゃなくてから揚げもほうれん草を炒めたものも、ロールキャベツもすごく美味しくて、普段大食いじゃない俺もあっという間に平らげた。

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