第43話


「──いつか死んじゃう子、なんて……」


 優しい声色とは裏腹に、冷たい言葉。ビクリと身体を震わせた私に、羽汰くんが「大丈夫」と囁いた。


「……そう思ってたわ」

 続く言葉には、もう棘なんてなくて。顔を上げたその視線の先には温かな眼差しが私を見つめていた。羽汰くんの温かさも、お母さん譲りなのかな。


「……羽汰の必死な顔なんて今まで見たことなかった。こんなに頼もしく育ってたってことも、こんなに優しい表情も……私は知らなかったわ」

 羽汰くんは照れたように頭をかいている。その場にいたかったな。羽汰くんがどんな風に私のことを伝えてくれたのか。どんな表情をしていたのか。


「……あなたに会って、その理由が分かった」

 にっこり笑った、その目元がやっぱり羽汰くんそっくりでなんだか安心した。


「こんなに素敵なお嬢さんを手放すような、馬鹿息子じゃなくて本当に良かった。私は息子が誇らしいわ」


 お母さまは羽汰くんの背中をバンッと叩くと「いたいよっ」って彼が抗議の声を上げた。


「亜湖ちゃん。羽汰をよろしくね」

 お母さまの言葉にもう涙腺は崩壊した。



「……羽汰」

 彼のお父さまも、初めて声を発する。感情を表に出さない人なのか、厳しそうにも見えるその表情に緊張した。

「……可愛い子だな」

 だけど聞こえてきたのは意外にも、私に対する称賛の言葉だった。

「……うん」

 頷いた羽汰くんに今度は私が照れくさくなる。そんなこと出会った頃なら絶対言ってくれなかったくせに。


「反対することは何もないよ。お互いが好きになったんだったらそれでいいじゃないか」


 お父さまは私が病気であることに、特に問題を感じていないらしい。楽観的とも言えるその思考は私の気持ちまで楽にしてくれた。


 後から聞いたことだけど、前の日の夜に私のことを話した時にも「病気?だからどうしたんだ?」って不思議そうにしていたんだって。素敵な人──紛れもなく、羽汰くんのお父さんだ。


「一生かけて、守ってあげなさい」

 寡黙な人だと思っていたけれど、本当はとても優しくて大きな心を持っているみたいだ。これから先、羽汰くんもこんな素敵な人になっていくのかな。なっていくんだろうな。


「……はい」

 大きく頷いた羽汰くんがホッとしたように息をついた。


 羽汰くんのお父さまもお母さまも、私たちを信じて応援してくれている。私のお母さんも、心から喜んでいる。



 ……あとは、私のお父さん。花嫁の男親は普通の家庭だって複雑な気持ちだろうし反対したいもの。私は“普通じゃない”んだから、もっと心配だろう。その気持ちだって痛いくらい分かる。


「……羽汰くん」

「……はい」

 お父さんは羽汰くんを見据えると、大きく息を吐いて──それから、涙ぐんで、ふにゃりと笑った。


「こんな未来の見えない娘を選んでくれて、ありがとう」


 涙声を震わせながら、感謝の言葉を述べた。散々恨んだけれど、神様に感謝しよう。こんなに素敵な両親のもとに生まれてきたことを。


 お父さんは笑う。そして恥ずかしそうに言った。

「……俺にも、ヴァージンロード、歩かせて欲しい」


 花嫁姿を見せられないと思っていた。まだ高校生なこともあって、私も両親も遠い未来の話は無意識のうちに避けてきた。お父さんがそんな風に思っていたなんて、全然知らなかったよ。


「俺にとって亜湖の結婚は特別なんだ。できないかもしれないって覚悟もした。だけど、叶わないかもしれないって思っていても……俺にとって結婚式はひとつの夢だった。真っ赤な道の先で、いつか君と亜湖が幸せそうに笑う姿を見たい。君と酒を飲み交わしてみたいし、君のケーキも食べてみたいよ。……そんな未来……叶わないと思っていた未来を、君となら見える気がするんだ」


 お父さんが思い描く未来。そこにはたくさんの小さな幸せが散らばっている。今までにないくらいに羽汰くんが泣き崩れて、私が慌てて支えた。


「……亜湖の、生きる意味になってほしい」

「はい……っ、……はい……!」


 羽汰くん、幸せになれるよ、私たち。だってこんなにも祝福されているんだもの。こんなに素敵な人たちから生まれたんだよ?幸せになれないわけ、ないと思うな。


 温かく笑う大切な人たちに囲まれて、世界で一番大好きな人が手を握っていてくれる。夢かもしれないと何度瞬きをしても目の前の光景は消えなくて、見えた景色は眩しいくらいに輝いている。この世界で一番幸せなんじゃないかって思うくらい、幸せに溢れた贅沢な一日だった。

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