第42話
「……だけど、亜湖はいつまで生きられるか分からない。君の人生はまだまだ長いんだから……」
「関係、ありません……っ」
私のお父さんが私の病気を案じてそう忠告してくれるけど、羽汰くんはそれを強い口調で遮った。
「死ぬとか長生きするとか、そんなのは関係ないんです……。俺だって明日死ぬかもしれないじゃないですか」
羽汰くんは私の病気についてほとんど触れなかった。まるでこの話と、私の病気のことは全く関係ないと言わんばかりに。
「……分かったんです。人生なんてあっという間で、いつ終わってしまうか分からない。大切な人がいつ消えてしまうか分からない。だからこそ、本当に大切な人と一緒にいなきゃいけないんだって」
誰にだってタイムリミットはある。それが私は人より短いかもしれないと分かっているだけで。
「……僕は亜湖さんの笑顔が好きです」
優しい声が頭上からして、彼を見上げれば大好きな笑顔がそこにあって、また私は涙を流す。ああ、なんて幸せなんだろう。
「素直なところも、俺を一途に想ってくれるところも」
心が苦しい。嬉しくて幸せで、胸がぎゅうっと締め付けられて、苦しいよ。
生涯寄り添ってくれる人がいること。誰かの特別な“たった一人”でいられること。
「亜湖さんを幸せにしたいんです……。僕も、亜湖さんがいないと幸せになんてなれないから……っ」
嗚咽が漏れてしまわないように、口元を手で覆う。羽汰くんも堪え切れなくなったのか、涙を流している。
私の全てを奪っていくこの病気。最後に私の手の中に残った奇跡のような大切な人だけは奪われたくない。
しばらくの沈黙の後。私のすすり泣く声が落ち着いたころ、言葉を発したのは私のお母さんだった。
「……“うたくん”」
羽汰くんは涙を拭って、慌てて「はいっ」とお母さんに向き直った。
「亜湖が何度も呼んでいた名前は、あなただったのね」
友だちみたいなお母さんとは、何度も恋の話はしてきた。だけど死が差し迫ってきていたこともあって、最近では羽汰くんのことはあまり話さないようにしていたのに。母親って、すごいなあ……。
「亜湖の顔を見てたらわかるわ。あなたなら、絶対幸せにしてくれるって」
お母さんは羽汰くんの手を取ると「亜湖は返品不可ですからね?」っていたずらっ子みたいに笑った。羽汰くんは唇を噛み、涙を堪えて何度も首を縦に振った。
「……うたくんの、お父さん、お母さん……」
羽汰くんが必死に伝えてくれた想いに応えたい。突然のことだったから何の準備も覚悟もできていないけれど、思いの丈を伝えなきゃいけないと思った。
小さく絞り出した声。彼のご両親は黙って私を見守ってくれている。羽汰くんの手に力が込められたのが分かって、今度は私が“大丈夫”と伝えるように握ったのと反対の手で彼の腕をポンポンとたたいた。
「…………わたしは彼に、一目惚れをしました」
そこまで言うと、大きく息を吸った。初めて会ったあの日を思い出す。そう遠い過去ではないはずなのに、もう懐かしく思える。ここで泣いちゃ、だめだ。
「うたくんの笑顔がだいすきで、優しさとか、あったかいところとか……。すきなところなんて数え切れないくらいあります。こんなに素敵な人を、産んでくれて……ありがとうございます」
言いたいことがめちゃくちゃになってしまったけれど、誰も笑わなかった。頭を下げたら、羽汰くんのご両親は不意を突かれたような顔をする。
「わたしは体が弱くて、いつ死ぬか分かりません。……正直、うたくんには相応しくないと思います。お二人には御理解いただけないのも、十分わかっています」
二人の表情は変わらない。「そうだ」とも「そんなことない」とも言われなかった。「言いたいことを全部聞かせて」と勝手に解釈して、また口を開く。
「……何度も、諦めようとしました。うたくんにはもっと相応しい人がいるって、わたしは死ぬんだから彼に恋する資格はないって、自分に言い聞かせて……彼から離れようとしました。……だけど、だめだったんです」
ふふ、と乾いた笑いが自分の口から出る。言葉に詰まってしまうと、羽汰くんが私を見下ろして微笑んでくれるからそれは大きな力になった。
「……うたくんが、だいすきなんです……。彼に恋することを、許してください……っ」
もっと上手い言葉を選べば良かったと思ったけれど在り来たりなものしか出てこない。最後の方は声にならなかった。泣き崩れた私に、羽汰くんが繋いだ手を離して抱きしめてくれる。
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