未来は誰が決める

第41話


 いつ発作が起こるか分からないから、とあのまま入院手続きをした私。家には帰れず、手術までの時間を病室で過ごした。


 羽汰くんやりっちゃん、すうちゃんが入れ替わりで遊びに来てくれたけど、彼らにも仕事や学校があるからそう頻繁には来れなくて。暇を持て余して、遺書を書いてみたりもした。文をまとめるのが苦手な私の、生涯最後になるかもしれない手紙は10通ほどになってしまった。それを枕の下に忍ばせてみれば、手術への恐怖や死への実感が湧いてしまって失敗だったなあと思った。



 コンコン


 軽くノックをするとすぐに扉を開けて入ってくるお父さんとお母さん。日曜日の今日はお父さんも休みだから二人揃って来てくれたんだろうけど……。二人の顔が、なんだか緊張している。仕事は休みのはずなのに、お父さんはなぜかスーツを着ていた。お母さんはそんなガチガチのお父さんを見て笑っている。


「……どうしたの、ふたりとも」

 顔を顰めた私を見てお母さんは嬉しそうにする。


「……“うたくん”に呼ばれたの」

 ……え?なにそれ、私聞いてないんだけど……。


 怪訝な顔をした私と、ウキウキしているお母さんに、固まるお父さん。理解しがたい状況に、羽汰くんへ電話をしようとしたらタイミング良く、病室の扉が開いてその“うたくん”が顔を覗かせた。


「……すみません、お待たせして」

 両親に頭を下げた羽汰くん。彼もなぜか、白いシャツとスラックスできっちりとした格好をしている。ますます訳が分からなくなった私の目に飛び込んできたのは、羽汰くんの後ろから現れた、彼に良く似た二人の男女の姿。


 彼の優しそうな微笑みは、この女性から受け継いだものだろう。彼の少し癖っ毛なところと、安心する声は、この男性から遺伝したものだろう。


 この人たちが、羽汰くんのご両親だってことはすぐに分かった。だけど分からない、このメンバーがここに集まった理由。助けを求めるような視線を送ると、羽汰くんは微笑んだ。それはもう、綺麗に。



「……ごめん、亜湖。いきなりで悪いんだけど」

 驚きで何も言えない私をちらりと見て、“大丈夫だよ”とアイコンタクトを送ってくれる。


 黙って頷けばベッドまでやってきて、布団の上に乗っていた私の手を握る羽汰くん。彼はこちらに微笑みかけると、おもむろに言葉を発し始めた。



「……今回は亜湖さんと、僕の両親に大事なお話があります」


 ……羽汰くんって、こんなにかっこよかったんだな。

 かっこいいのは知っていた。でも、スーツに身を包んだ彼はとても大人びていて、背中をピシッと伸ばして堂々としていて……とても輝いていた。


「……僕の両親には、昨晩、話をしました。僕には大切な人がいるってこと。その人と、一生一緒にいたいってことも」

 ますます分からない。混乱した頭で羽汰くんのご両親を見れば、お母さまは複雑そうな表情。お父さまはあまり表情が読み取れなかった。


「亜湖さんの病気のことも僕は承知の上で、ご両親に頼みにきました」

 緊張している羽汰くんの声は心なしか震えていた。握った手に力が込められるから、私も彼を安心させるように握り返す。



「……どうか、お願いです」

 深く頭を下げて、お辞儀をする彼。羽汰くんが言いたいことが、馬鹿な私にもやっとなんとなく分かって一緒になって頭を下げる。恋人になることを、きちんと宣言してくれるのか。なんて律儀な人だろう。少し大袈裟なんじゃないか、と思ったけれど、予想よりもそれは“大袈裟”にしないといけないことだった。


「──僕に、亜湖さんをください……っ」


 羽汰くんのプロポーズを疑っていたわけじゃなかった。だけど、本当にここまでしてくれるなんて思わなくて。握り合った手に、私の涙が落ちる。……相談くらいしてよ。こんな不意打ち──嬉しくて、泣いちゃうでしょ。


「……うた、くん……っ」

 繋がれた方とは反対の手で涙を拭う。人前で泣くのはあまり好きじゃなかったのに。そんなことすらどうでもよくなる。



「……世界で一番、大切なんです」


 拭っても拭っても、涙は止まらない。羽汰くんも、泣いてしまうのを我慢しているみたいだった。見上げた彼の瞳はキラキラと輝いていたから。


「まだまだ未熟な僕に、亜湖さんを任せることなんてできないと、思われても仕方がないと思います……。結婚といっても、今すぐじゃありません。高校を卒業してから……。それまでに、もっと成長できるように頑張ります……!亜湖さんを守れるように、はやく一人前になれるように……っ」

 羽汰くんの正直な思いはこの場にいる全員に届いていた。だって、私のお母さんも、羽汰くんのお母さんも、涙ぐんでいたから。こんなにカッコいい姿を見せられたら、もっともっと好きになっちゃうね。

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