第40話
──『あこちゃんが辛いときは俺が守ってあげるから!』
いつだってりっちゃんは私のヒーロー。私の憧れ。
──『笑うの!笑ったら大抵のことはなんとかなるよ』
その一言で、私は笑って生きてみようと思った。生き生きとしてて眩しくて、私にはないものばかり持っている、羨ましい人。
──『あこちゃん、おいで!』
たくさんたくさん抱きしめてくれた。りっちゃんは男の子なのにフローラルでお洒落な香りがした。抱きつく度に女子力という面で負けた気がしていた。
「──ばかあこっ!」
思い出に浸っていれば、記憶の中の声に被せて大きな声が病室に響く。
「うえ…?りっちゃん…?」
扉の前には、私が今まで出会った中で一番のイケメンだと、胸を張って言える親友の姿。目を擦ってみたけどそれは幻想でもなくて、涙を浮かべて怒っているりっちゃんに、冷や汗が流れた。
「なんでここにいるの…?」
震えそうな声で問い掛ければ、答えたのはりっちゃんではなく。
「…ごめん、連れて来ちゃった」
後ろからやってきた大好きな羽汰くん。二人して息切れをしているから、連絡を受けてすうちゃんと同じように急いできてくれたんだろう。
…私って、皆にこんなに大切にされてたんだなあ。
「うたくん…」
申し訳なさそうに謝る羽汰くんに「だいじょうぶだよ」と微笑みかけた。
…ありがとう。私に謝る機会をくれて。これで本当に心残りないかも。
「…俺、あこちゃんの親友でしょ?」
コツコツとブーツの底を鳴らしてベッドに近づいてくるりっちゃん。イケメンが怒ったら迫力あるなあ、なんて余計なことを考えた。
「うん…っ、ごめん…っ」
大好きだったから、言えなかったの。大事だから、悲しませたくなかったの。ずっと二人で笑っていたかったから、言いたくなかったんだよ。
だけど結局、りっちゃんに悲しい顔させちゃった。涙を浮かべている彼に、何度も何度も謝った。
「…俺もいっこ、隠してたことあるよ」
布団がびしょびしょになるほど、涙を落した。罪悪感から俯いていたせいで、すぐそばまで来ているりっちゃんの顔を見ることができない。りっちゃんの告白に、ぱっと顔を上げたら、もう彼は怒ってはいなかった。優しく、いつもの笑顔でわたしを見つめていた。
…隠してたこと?りっちゃんが隠し事をできるだなんて予想できなくて、思わず身構える。
「──あこちゃんにこの前あげたプリン、賞味期限切れてた」
「ええっ嘘!?」
さっきまでのシリアスな場面なんて何処へやら、涙も引っ込んで大声を上げた。それ自体が、彼の優しい嘘だってことも分かっている。くすくすと笑う羽汰くんが目の端に映った。
「ごめんね?」
今度は代わってりっちゃんが手を合わせて謝るから、もう彼のペースだ。遠慮せず甘えて、そのペースに乗っかろう。
「もーっ!手術の前に死んじゃったら、りっちゃんのせいだからね!」
腕を組んで口を尖らせると、りっちゃんが口を四角にしてあははって笑う。私にいつも寄り添ってくれた、大好きな笑顔だ。
「はい、これでおあいこねっ」
こんなに重大な私の隠し事を、プリンと同等にしてくれる。ちっぽけな事だったと思わせてくれる。罪悪感を抱く私の不安を掬って取り出してくれる。
…りっちゃん、大好きだよ。私の心を救ってくれてありがとう。
何でも口に出す二人だから、口喧嘩も少なくはない。けれどどっちも言いたいことだけを言っているうちに、喧嘩してもすぐにその理由を忘れちゃって、どっちかが真面目な雰囲気に耐えられなくて笑っちゃって。喧嘩っていう喧嘩にもならなかったよね。
中学の頃は私が所属していたバスケ部の試合の応援にも来てくれた。「あのイケメンは誰だ」と大騒ぎだったけれど、そんなのお構いなしに大声で私の名前を呼ぶから後から女の子からの質問攻めにあって大変だった。強豪だった相手チームの子がりっちゃんを意識しすぎて力が入らず、こちらが圧勝したのにはビックリしたけれど。
遊びに行くときはいつも家まで迎えに来てくれて、いろんなところに行ったね。遊園地も水族館も、デートスポットは二人で制覇しようってよく分からない目標を立てたりもした。
お互い恋人ができたら一番に報告しようって約束もした。結局一度もできなかったけれど。
春には桜並木を歩いて「綺麗だね」って写真を撮りあった。夏には学校帰り海で制服をビショビショにしてお母さんに二人揃って怒られた。秋は落ち葉をかき集めて二人で寝転んで、葉っぱまみれになって笑った。冬は雪玉を投げて鼻を真っ赤にして…最後には二人とも風邪を引いたね。
私にとって君は世界で一番大切で、最高の親友だよ。
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