第29話
「……それ、って……」
震える声で律が問いかける。
俺たちが探していた女の子。俺たちがずっと待っていた“あいつ”。この世の“幸せ”が全て詰まっているんじゃないかってほどの笑顔は、いつだって誰かを和ませる。
男性は俺らが戸惑う様子を見てふっと笑った。
「俺は、あいつの従兄」
ああ……どうしよう。久しぶりにあいつの声が聞こえる気がするよ。
「亜湖は俺がずっと大事にしてきた女なんだよ」
男の言葉に確信を持つ。隣の律を見れば涙を浮かべている。手がかりが――見つかった。
きっとこの人は、亜湖の居場所を知っている。
そこで俺はあることに気がついた。彼女の話の断片を記憶の中から引っ張り出す。
「……もしかして、“すうちゃん”……?」
いつだったか、顔も知らない“すうちゃん”に嫉妬をしたこともある。彼女が真似た彼の荒い口調。俺はそれを思い出して目の前の男と結びつけることができたのだ。
「……亜湖を泣かせたのは、お前だな?“うたくん”とやら」
名乗ったわけではないのに、確実に俺の目をじっと見て確信を得ている様子の男。
「……まあ、俺はお前に感謝してるよ。あいつがこれ以上、泣くのは見たくなかったからな」
“すうちゃん”は俺を一睨みすると、また鼻で笑う。
「……だからさ、お前が亜湖を突き放してくれて……俺は“清々してる”けどな」
俺があいつに言い放った言葉。この人は全部知っているんだと認識するとともに、彼女はこんなにも胸を抉られる思いをしたのかと改めて痛感した。この人が俺を責めるのは仕方がない。むしろそうして欲しいくらいだから。
「これであいつもお前も、傷つかなくて済むし」
彼の言葉に俯いていた顔を上げた。――“俺も”?
「……どういう、ことですか……」
俺の代わりに律が尋ねる。その拳が震えているのがチラリと見えた。
「……やっぱ、あいつは言ってねえか」
呆れたように……軽くため息をついた男性。
「だから、何を――」
「亜湖が」
俺が少し苛立ったように問いかけたら、それを遮った男。彼もまた、何かを急くように眉間に皺を寄せる。
そして告げられた真実に、俺も律も愕然とする。
「――亜湖がもうすぐ死ぬかもしれない」
……この人は、何を言っているんだ?
「……は?」
「なに、それ……」
俺たちはもちろん理解できないし、したくもなかった。信じられない、という表情が伝わったのか、男性が顔を顰める。
「……嘘じゃない」
あいつのドッキリか?とも考えた。いたずら好きな亜湖が考えたタチの悪い冗談だって思いたかった。
ほら、はやく入ってきたら?ガラスの外で俺たちが慌てているのを見て笑ってるんだろ?
……だけど、いつまで待っても彼女は現れなかった。
「あいつさ、もともと体弱いんだよ。んで、今度大きな手術がある。それが成功すれば、この先何十年も生きていける可能性が高くなる」
彼が説明してくれている内容はあまり耳には入って来なかったけれど、たった一つ、彼のある言葉に引っかかった。
……成功“すれば”?それは別の可能性もあるってこと?
「……失敗、すれば……?」
「……死ぬよ」
あっさりと放たれた否定的な言葉は、俺を絶望感で包み込む。
「成功したからって、もしかしたら一年後には死んじまうかも。可能性が高くなるだけで、あいつの身体は時限爆弾を抱えてるみたいなもんなんだよ」
あの笑顔に、そんな苦しみが隠されていた?あの元気な亜湖が?
ぐるぐるといろんな思いが頭の中を駆け巡った。
――『死ぬまでにはすきになってね!』
――『死ぬ前までにはうたくんとちゅーしたいなあ』
――『うたくんわたし死んじゃう!』
亜湖はどんな気持ちであの言葉を口にしていた?思い返してみれば“もしも死んでしまったら”っていう仮定を、よく彼女は口にしていた。俺はいつも「はいはい」って受け流していた。もう亜湖に時間がないなんて、思いもせずに。
……ねえ、亜湖。君は嘘をつくのが上手だね。
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