第26話
とうとう、毎日のように来ていたあいつが来なくなった。
頻度が少し減ったと思ったら、一週間ほど来なかった時もあって。あいつが愛理と俺を見て、傷ついているのは知っていた。それが嫉妬だと、喜ぶ自分にも嫌気がさした。だけど彼女が傷ついても、律が慰めてやればいい。だってそれは俺の役目じゃないだろ?
そう思ってはいるけれど、やっぱり時計を気にしては彼女がドアを開けて入ってくるのを待っている。
休憩室に入るとエプロンを着けて帽子をかぶり、鏡の前で身支度を整える。鞄に入れっぱなしだったスマホを開けば愛理からのメッセージが来ていて。
『羽汰、私の気持ち知ってるよね?』
返信なんてできないまま、スマホを閉じてロッカーに放り込んだ。はあっとため息をついて、店内へ降りて行く。とうとう、愛理の気持ちに応えないといけない時がきたのか。
何度決心したって、どの道を選んだって、どれが正解なのかわかりはしない。俺の決心というものはあまりにも脆くてどっちつかずだ。現に今だって、俺はまだ悩んでいる。
悶々と考えていたら仕事なんて捗らない。もうすぐ律のシフトの時間だ。律が来たら少し休憩を貰おう。それで頭を冷やさないと、これ以上上の空で失敗なんてしようものなら、おばさんにだって迷惑をかけてしまう。
客席から集めてきたゴミを捨てようと、ビニール袋を掴んで裏口のドアを開けた。
「――羽汰っ!」
その瞬間、名前を呼ばれたと思ったら愛理が飛び込んできて、俺の胸の中におさまった。
「……羽汰……好きだよ……」
愛理からの突然の告白。といっても慌てることはなかった。ある程度は予測できたこと。さっき、そんな内容のメッセージを読んだばかりだったんだから。
たしかに愛理は美人で良い子だ。俺にはもったいないくらいに。男が好きなタイプを詰め込んだみたいな、清純な女の子。
そっと背中に手を回してみる。そうすれば、気持ちが生まれるかもしれないと思って。だけど何度も頭に浮かぶのは“違和感”。
それでも、涙か雨か分からない雫に濡れたあの子を抱きしめた時を思い出す。天真爛漫で猪突猛進。決して清楚な文学少女なんかじゃない。だけど俺にとっては誰よりも可愛くて、誰よりも愛おしく見える。
俺がこうしたかったのは、愛理じゃない。抱きしめたくて、触れたくて――大事にしたかったのは愛理じゃないんだって、思い知らされる。
「……ごめん」
そっとその肩を押して、彼女から離れた。顔を上げた愛理は、俺の気持ちなんてお見通しだったようで悲しそうに笑っていた。
「……あの子、だよね?」
きっと愛理のいう“あの子”は正解だと思う。思い当たる子が一人しかいないんだから。
「笑顔が可愛くて、真っ直ぐな子。羽汰のことが大好きでたまらないって顔する子でしょ」
愛理にもそう見えたんだ、と思うと嬉しいような、切ないような気持ちになる。だってもうすぐ彼女は俺の親友の隣で、あの誰にも負けない顔で笑う。俺がすごくすごく大好きになった女の子は、俺のものにはならない。それでもね。
「……うん。俺は……」
ごめん、愛理。俺の初恋は確かに愛理だった。だけど、「今も好き」なんて嘘でも言えない。
「――亜湖が好きなんだ」
他の女を嘘でも愛するくらいなら、これから先、誰も傍に寄せ付けないで、あいつを想ってる方がずっとマシなんだって分かったから。
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