第19話

 

「――羽汰、ちょっといい?」


 いつか、こんな時が来ると思っていた。バイト終わり、律に声を掛けられて家路の途中にある公園のベンチに二人腰掛ける。珍しく深刻な顔をしている親友に、俺の予想は当たっているんだろうと思う。


「……俺さ、今までお前に言おうか迷ってたことある」

 話を切り出した律の横顔を盗み見る。ああ……ほんと、悔しいくらいイケメンだな。俺もこれくらいイケメンだったなら、自分にもっと自信が持てたのか?彼女に「好きだ」って胸を張って言えたのかな。

「……話ってあいつのこと?」

 律は「迷ってた」って言ったけど、今も言葉を紡ぐのを躊躇しているみたいだ。


「……そうだね、あこちゃんのこと」

 意を決したように俺をじっと見つめる。言いたいことなんて、わかるよ。

「羽汰はあこちゃんのこと、どう思ってる?」

「……どうって……?」

 ……素直になんて言えるわけないから、しらばっくれてみる。大事な親友だから。傷つけるなんて、できなかったんだよ。


「……俺、あこちゃんが好きだよ。お前とあこちゃんが出会う前からずっと」


 ああ……やっぱり。お前が今まで彼女を作らなかったのは。お前の中に、いつも彼女がいたからなんだな。俺の勘が当たりすぎていて、もはや笑えてくるよ。

「……そっか」

「だからお前がこのまま何もせずに待ってるだけなら、もう諦めたりしない。お前に譲ったりなんか、ぜってーしない」


 ……なんで、バレてんだよ。


 ああ、そっか。俺が律のこと、分かってるみたいに律も俺のこと、分かってたんだ。


「――俺は、好きじゃ、ない」

 気がつけば俺はそう答えていた。納得のいかない顔をしていた律だけど、反論はしなかった。

「……そっか。それが羽汰の答えだね?」


 ……そうだよ。

 お前が一生懸命彼女を想ってるのを見てたら、何も言えなかった。俺なんかよりずっと近くで、彼女を守ってきたんだろ?ずっと昔から、想ってきたんだろ?


 律のほうが彼女を幸せにできる……なんてさ。


 結局俺は、自分に自信がなかったんだ。彼女に愛される自信も、律を押しのけてまで彼女を幸せにする自信も。



『――うたくんがね、そうやって笑ってくれるなら怖いことなんてないんだよ』


 いつだってそう言ってくれてたのに。君はいつだって俺の隣で、律のそばにいる時と変わらないくらい――幸せそうに、笑ってくれていたのに。


 俺は初めて“守りたい”と思ったたった一人の女の子を、いつだって愛情を伝えてくれていた女の子を、そんな自分の感情から目を背けて――胸の奥にそっと蓋をした。






「うたくん、ください!」

「俺は商品じゃありません、お帰りください」

「ひどい!」


 今日も勢いよく入ってきたあの子。いつものケーキとアイスティーを注文して、いつもの席につく。彼女は珍しく勉強するらしい。リュックから教科書やら筆箱やらを出してテーブルに広げている。頬杖をついてペンを走らせていく姿は清楚な文学少女にしか見えないのに。


「盗み見しないで」ってあいつにいつも言ってたくせに、人のこと言えないな。彼女の指先にまで視線がいってしまうなんて。



 するとカランカランと店のドアが開いた音にはっと我に返って「いらっしゃいませ」と声をかける。お客さんは男の二人組。今時珍しくもないんだろうか。ショーケースの中のケーキを二つとコーヒーをそれぞれ注文。俺が準備していれば

「……あの、すいません」

 男の一人が声をかけてきた。

「はい?」

「あの、窓際に座ってる女の子……常連なんですか?」


 彼が指さした先にいたのは紛れもなく彼女で。それを見つめる男の目はキラキラと輝いている。爽やかなスポーツマン風の男は女子にも人気がありそうな顔立ち。


「……そう、ですね」

 返事が詰まったのはどうしてだろう。

「可愛いよな?声掛けてみようかな……」

 そう隣の友だちに漏らした言葉に俺は冷や汗をかいた。決してナンパなんてしそうなタイプには見えない。だから余計に俺は焦ってしまったんだと思う。


「……申し訳ありませんが」

 自分が何を口走っているのか分からない、でもやけに冷静だった。

「彼女は僕の、大切なひと、なので……手を、出さないでもらえますか?」

 “彼女”とは言えなかった。“大切な人”なんてやけに曖昧な表現をして、自分自身も誤魔化してる。



 気がつけば、男二人は帰っていた。


 うっすらと残る記憶を辿れば、俺の言葉を鵜呑みにした彼らが気まずそうに店内で食べる予定だったのを持ち帰りに変更したことを確認できた。

「……あー、せっかくのお客さん、逃しちゃったな……」

 もうきっと、あの二人は来ないだろう。少なくとも、俺がいるうちは。


 ……でも、これでよかったのかも。


 あいつには幸せになってほしい。


 あんなどこの馬の骨かも分からない男に奪われるくらいなら、俺の親友に大切にしてもらいたいから。……ほんとは、俺がしてあげられたら、よかったんだけど。

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