君はおかしな女の子
第17話
親友の律から誘われた、ケーキ屋のバイト。パティシエを目指す俺にとって、これ以上のバイト先はない。だけどまだまだ修行中の俺はキッチンに立つこともほとんどなく、専らレジとかウエイターの仕事。別にそれが苦痛だと思ったことはないけど、楽しいと思ったこともない。淡々と仕事をこなしていく毎日だった。
だけど、ある日を境に俺の生活はガラリと形を変えた。たった一人、あの子のせいで。
「――うたくん、ください!」
そう言って店に入ってくる女の子。男から見ても文句なしのイケメン・律の友だちらしくて、初めてここにやってきた時に告白された。
ここの看板息子である律目当てにやってくる女の子は数え切れないけれど、「俺がいい」なんて言ったのはこの子が初めてだった。
しかも、律が隣にいるのに俺に一目惚れ?
最初は全く信じていなかった。律の友だちだから、悪いやつじゃないんだろうけど……どうしても本気だとは思えなくて、俺も軽くあしらうだけ。彼女自身も決して悪い見た目なんかじゃないんだから、わざわざ俺を好きになる理由が分からなかった。
だけど毎日毎日、やってくるその子。
飽きもせず、同じケーキを食べて同じアイスティーを頼んで、俺の観察をする。退屈じゃないのかなって思うけど、毎日同じケーキを食べているはずなのに、毎日幸せそうな顔をして、まるで初めてそのケーキを食べたみたいな、新鮮な顔をするその子。そして俺が笑うと、ケーキを食べる時よりも綺麗な顔で笑い返してくれる子。
いつからかその幸せそうな顔を見ると俺まで口元が緩むようになった。
いつか俺の作ったケーキを食べて幸せそうな顔をさせてみたいって思うようになった。
いつからか、律と仲良さそうに話すのを面白くないと思うようになった。
たまに来る男の客たちが、あの子を見て「可愛い」って話すのに苛立つようになった。
俺だけ見てればいいのにって、思うようになった。
毎日「だいすきだよ」って伝えてくれるその子に
いつからか……
――「俺も」って返しそうになることに気付いたんだ。
だけど俺は律みたいに女の子に慣れていないし、あいつみたいに素直に気持ちを伝えられる性格じゃない。自分自身に都合のいい言い訳をして、その気持ちに気付いてるけど気付かないフリをして、今日もあの子が来るのを待ってるんだ。
いつか、あの子に本当の気持ちを伝えられるように。
俺が笑うと嬉しそうにする。俺が怒るとしゅんとする。俺が触れると幸せそうにする。俺が何度突き放しても、あいつの気持ちを受け流してもあの子はいつだって笑う。「だいすきだよ」って言うんだ。
だけど彼女は「付き合って欲しい」とは決して言わない。そう言ったのは初めて会った、あの日だけだ。
どうして言わないのか。俺が断ると思ってるから?好きだって言うのは親愛的な意味で、彼氏にしたいとは思っていない?気にはなるけどもちろん聞けない。
あの子から出る言葉もそれを紡ぐ声も心地良い。けれど俺は唯一「きょうも可愛いね」――そう言われるのが嫌いだ。いつだってあの子には、“男”として見ていて欲しいから。
夕方になればなるほど、ドアの開く音に反応してしまう体を恨めしく思う。学生なんて数え切れないくらいやって来るのに、俺の知っている姿じゃないと……聞き慣れた声がしないとがっかりする。それはもう、俺の無意識のうちに。
カランカラン
……ほら、自分の意思とは関係なく、もうあいつの姿を探している。「うたくん、くださいっ」って声を期待してる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます