第14話
毎日のように行っていた〈Ree〉。その頻度を少し減らしたのはもしかしたらあの子が来ているかもしれないという懸念があったから。その判断は正解だったみたいだ。
「……ね、りっちゃん」
「どしたの?」
羽汰くんの隣を陣取っている、いかにも女子力たっぷりな女の子を指さす。私がどう足掻いても手に入れられなかった、そのポジション。
「うたくんのタイプってあんな子なの?」
羽汰くんは私に見せたことないような温かい目を、優しい声を彼女に向けている。ぶっきらぼうな言い方とか、冷たい視線とか、そんなのは全く見せていない。
「えー、んー……」
歯切れの悪いりっちゃんに、やっぱりそういうことなんだって理解する。
「だったらわたし、敵わないね……」
飯田愛理さんは羽汰くんの幼馴染だそう。だから羽汰くんの親友でもあるりっちゃんとも知り合いなんだって。二人は家も近くて、小さい頃からお互いのことは何でも知っている仲。付き合ったことこそないけど、お互いが初恋の相手だってベタな少女漫画みたいな関係らしい。
どこをとっても、私があの子に勝てる要素なんて見当たらなくって。羽汰くんのこと、世界で一番大好きな自信はあるけど、あの子みたいに羽汰くんのことを誰よりも知っているわけじゃない。
ベタな少女漫画なら、幼馴染がくっついてハッピーエンドでしょ?私の出番なんてあってないようなもの。
……なんだ、はじめから叶わないって決まってたんじゃん。頑張り損ってこと?馬鹿みたいに追いかけてた日々は、意味を成さないものだったってこと?
「そうかなあ?あこちゃんだって可愛いよ」
涙が出てきそうなくらいの敗北感と悔しさを奥歯でぎゅっと噛みしめた私に、りっちゃんは優しく頬に触れてくれる。
「うー、りっちゃんだいすき」
ただのお世辞でも、慰めでもりっちゃんの心遣いには救われた。ありがとうって意味も込めて、思わずその温かい胸に抱きついた。
「……そーいうのは、羽汰だけにしときなね」
なんて呆れたように言ったけど、ちゃんと抱きしめ返してくれるの。
「……りっちゃん、わたしね……」
大事な親友のりっちゃん。彼には私の“秘密”を伝えておくべきなのかと何度も考えた。でも、きっと泣き虫なりっちゃんは泣いちゃうと思うから。笑顔が何より素敵なりっちゃんの顔を曇らせるなんてこと、したくない。
「うたくんのこと、あきらめようと思うの」
りっちゃんの胸から顔を離して見上げる。驚いた表情の後、苦しそうな顔になったりっちゃんを見て、結局曇らせちゃったなあって反省。
「……どうして?」
「あの子とのほうが、お似合いじゃない?」
そう笑って見せれば今度は怒ったような顔。
「なんか疲れちゃった。人をすきになるって、むずかしいね」
唇を噛んでみても、苦しい。無理に笑ってみても、喉が熱い。目の奥からは熱いものが溢れだしそうで。それを隠すように、もう一度りっちゃんの胸に顔を押し付けた。
「……っ、また、」
羽汰くんの声がして、顔を上げたら不機嫌そうな彼の顔とその横で目を輝かせている女の子が近付いて来ていた。
「……わ、律くんたち、やっぱり……?」
どうしてもこの子は私たちをくっつけたいようだ。
「違うって言ったよね?」
りっちゃんはそっと私の身体を離すと冷たく言い放った。
「あこちゃんは大事な友だち。それに、あこちゃん好きな人いるし」
なんと、りっちゃんが突然爆弾投下したから、彼女の好奇心に火をつけたらしい。
「え?そうなの?誰?」
飯田さんは私に尋ねるけど、あなたに関係ないでしょ?私の交友関係なんて、知らないのに。
でも、これは彼女に宣戦布告するチャンスなのかもしれない。
「……わたしが、すきなのは……」
ポツリと呟いた言葉に、三人が集中する。……だめだ、声が震えちゃう。それでも、伝えなきゃ。たとえ叶わなくっても。
だけど、意を決して伝えようとした気持ちは呆気なく崩された。
「……別にいいじゃん、そんなこと」
そう遮ったのは紛れもなく、私が今、名前を呼ぼうとしていた相手。
「うた、くん……」
“そんなこと”。私の気持ちは、恋心は、羽汰くんにとって“そんなこと”で片付けられるものだったの?
「……わたしがすきなのは、うたくんだって、知らなかった……?」
心臓を握りしめられたように痛い。私の想いは彼に届いていなかったってこと?
「……」
黙り込んだ羽汰くんと、驚いたような、怪訝そうな……複雑な顔をする飯田さん。ああ、きっと彼女はまだ、羽汰くんが好きなんだなと分かる。私を敵視するオーラが一気に溢れ出てきているもの。
そんな彼女の視線から目を逸らして俯くと、あるものが目に入って一気に目頭が熱くなった。ああ、だめだ。視界がぼやける。
「……おじゃま、しました……っ」
この間と同じように何かを注文することもなく、深く頭を下げるとその場から走り去った。
……だってね、見ちゃったら、もうどうしようもなく泣いてしまいそうだったの。
彼女が手に持っていたもの。それは、綺麗にラッピングされた見覚えのあるもの。ビニールから少しだけ見えたそれは、紛れもなくチョコレート色のマフィンだった。
『――つぎは、チョコがいいな』
『――仕方ないから、また作ってあげる』
忘れるはずもないよ。そう言ったのはあなただったじゃない。
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