第13話

 

「――っ、待って!」

 腕をぐいっと引かれて、歩みを止めた私。頭がその声を特定する前に、振り向かされて。


「……うた、くん……」

 濡れた前髪からかろうじて見える羽汰くんの瞳。ゆらゆらと揺らめくそれは、何を意味しているんだろう。


「……泣いてるの?」

 傘もささず、あの子を置いて追いかけて来てくれたの?私のために?

「泣いてるわけないじゃんっ、雨だよ……」

 さっき痛いくらいの現実を突き付けられたっていうのに、もう“好き”って気持ちが膨らんでる。雨が降っていてくれてよかった。この涙を簡単に隠せるんだから。


「……なんでっ、そんな顔してるの……っ」

 泣きたいのは……泣いてるのはこっちなのに。どうして羽汰くんがそんなに辛そうな顔するの?



「――ねえ、うたくん」

 どうして、そんなに不安そうな顔してるの?


「だいすきだよ」

 もうきっと数え切れるくらいしか言えないこの言葉。ちゃんとあなたに伝えていくから。そうすれば、私を少しは覚えていてくれるかな?


 あなたがいつか誰かを愛する日が来て、幸せな家庭を築いていくときが来ても、心の片隅で、私を覚えていてくれるかな。


「……知ってる」

 微笑まないでよ、そんなに綺麗に。安心したような表情しないでよ。また期待してしまうじゃない。



「だいすき、だいすき」


 真っ直ぐ、羽汰くんの目を見れなくて俯いた。羽汰くんはそんな私の頭をぎこちなく撫でてくれる。


「……どうしたの、ほんとに」


「……すきって、言って……」


 無意識のうちに零れた声。はっと気付いた時には遅くて。

「……え……」

 困惑する羽汰くんの声が聞こえた。



「……うそ。ごめんね」


 へへっと笑って見せたら、また少しホッとしたような顔をしたから、ズキンと胸が痛んだ。


「……ちょっと、だけ……」

 悔しくて、苦しくて、私ばっかりこんな気持ちになってるんだからと仕返しのつもりで羽汰くんの胸に飛び込んでみる。避けられるかなって思ったけど、羽汰くんはじっと黙ってされるがまま。それをいいことに、ぎゅうって力を込めて抱きついてみても

「……痛いって」

 そう呟くだけで、私の行動を咎めたりしない。


「だいすきだよ、うたくん。死ぬまですきだから」

 重すぎる言葉にも、ぷっと吹き出して優しく答えてくれる。


「……そこは“死んでも”じゃないんだ」

 “死んでも”?そんなのお断りだよ。


「……だって生きてるうちに好きになってくれないなら、死んだってわたしの気持ちにはこたえてくれないでしょ?」


 死んでから振り向いてくれるっていうのなら、生きてるうちに好きになってよ。


「だから死ぬまでには、うたくんとちゅー、しなきゃね」

 冗談ぽくそう言ったら頭をぐちゃぐちゃに撫でられて、犬みたいな気分になった。

「へへ、ありがと」



「……俺、べつにあんたのこと嫌いじゃないよ」


「……うん」


 胸キュンを通り越して、ギュンってする。彼の言葉が一体どういう意図を含んでいるのか、分からなくて切ない。


「……どうしたらいいのかな。俺にはよく、分からなくて」

 震える声でそう言った羽汰くんの真意はわからない。羽汰くん本人が分からないのに、私だって分からないよ。

「もう少しだけ、待ってて」

 何を待てばいいのか、どれだけ待てばいいのか、全く分からなかったけど、羽汰くんが言うならいくらだって待つよ。そんなにたくさんの時間は、ないけどね。


 私はただ、コクリと頷いた。そうしたら、羽汰くんは優しく微笑んでくれたからまた泣いてしまいそうになった。

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