第12話


「わたしの意気地なし。弱虫。根性無し」

 自分への戒めの言葉を並べながら歩くけど、独り言もお店から遠ざかる足も止まらない。


「ばかばかばか」

 それは誰に対して?劣等感ばかりで何一つ宣戦布告できなかった私?美人な幼馴染っていう最高のポジションを生まれながらにして持っている飯田さん?私のことを“顔見知り”だと言った羽汰くん?どれでもないかもしれないし、全てに対してかもしれない。


 とうとう、我慢していた涙が溢れて止まらなくなった。


 どうして。いつもみたいに笑わなきゃ。それだけが私の取り柄でしょ?


 “まあいっか”“次だよ次!”


 そうやってポジティブに進むのが私。恋に怖気づくなんて、らしくない。


 だけど今の私には、そんな余裕なんてなくて。


 ……だめなんだね、やっぱり。


 私が頑張ったって、羽汰くんに好かれるためには羽汰くんの気持ちが必要で。どうやったって、ダメなときもあるんだよね。叶わない恋だって、あるんだ。そんな当たり前のこと、忘れていた。恋は盲目って、よく言ったものだ。


 私が頑張ったらいつか、振り向いてくれるってどうして思ってたんだろう。“いつか”って悠長に構えていられるほどの時間は私に残っていないのに。



 私の鞄の中からスマホの振動が伝わってくる。

「……もしもし」

 画面も見ずに、出てしまった私の馬鹿。心の準備もできていないのに。聞こえてきた声は幼いころから聞き飽きたもの。彼には悪いけれど。


 嫌な感情が渦巻く頭では、耳から入ってきた声を脳まで届けて理解するのに少し時間を要してしまった。


「……もう、その時が来ちゃったんですね……」


 もう力なんてほとんど入っていない手から、滑り落ちた通話終了の画面を灯したスマホ。ポツリと落ちてきた雫はまるでドラマのよう。あっという間に雨水が私の身体全体を濡らしていく。


「あー、ほんと、ツイてないや」

 乾いた声で笑ってみても空しく涙が零れ落ちるだけ。


 考えなくちゃいけなかったのに、考えたくなかった事実は私を今になって一層苦しめていく。予測していた未来が現実味を帯びた今、自分の首を絞めることになっていると、どうしてあの日の私は気付かなかったんだろう。


 “叶わない恋”?


 たとえ叶ったとしても、長くあなたのそばにはいられないっていうのに。なんて、無謀な挑戦をしていたんだろう。


 死ぬまでには、彼氏になって欲しかったなあ。名前くらい、呼んで欲しかった。ちゅー、したかったな。


 羽汰くんと、生きていきたかったなあ。


 死ぬまで、あなたの隣で笑っていたかったなあ。


 本来なら簡単に叶う願いも、叶わないであろう願いも、霞がかって見えやしない。未来が見えない私が、なぜ“夢”を語れるの。“将来”を願えるっていうの。いつだって危険信号は、私の体の中にあったっていうのに。


 羽汰くんの、私の大好きな笑顔が冷たい雨の中に消えていく。勝手に好きになって、勝手に降られて、勝手に傷ついて、勝手に逃げる私を神様は許してくれるだろうか。許してもらわなきゃ、それくらい。だってあなたが課した宿命は、こんなにも私を苦しめているのだから。


 ごめんね、羽汰くん。あと、少しだから。


 もう少しだから、好きでいさせてね。


 隣じゃなくていい。一番近くじゃなくていいから……。


 最後まで、笑っていたいよ。


 もう私は、あなたを諦める覚悟を決めなきゃ。あなたのそばから消える、タイムリミットはもう少し。

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