第11話
今日も大好きな人の働くお店〈Ree〉にやってきた。学校の補習で少しいつもより遅い訪問になってしまったけど、羽汰くんのシフトは頭の中にインプットされているから、まだ羽汰くんはお店で働いてるってことも確認済みだ。
帰宅途中のりっちゃんと合流してスキップできそうな勢いでお店に到着すると、ガラス張りのお店の正面から店内を覗く。だけど、目に入ってきた光景に衝撃が走った。
「……なんだあの女」
「あこちゃん口悪いよ」
慌ててお店の中に入るけど、やっぱりガラス越しに見えたものに変わりはない。羽汰くんの隣には見知らぬ女がいて、私たちが来たことにすら気付かないほど話し込んでいる。
お客さんが羽汰くんに話しかけてるのかと思って割り込もうとした……けど。
「もー羽汰ってば」
「愛理が悪いんじゃん」
二人のやり取りが聞こえて、その場に立ちすくんだ。
え……なんでため口?どうして呼び捨て?
仲が良さそうに笑い合っている。私の時とは違ってそれはもう、楽しそうに。
胸がぎゅううっと痛くなって、泣いてしまいそうになる。私にはそんな笑顔、滅多に見せてくれないくせに。そんな風に、名前を呼んでくれたことなんてないのに……。
レジの前、私たちに背を向けて立っている女の子。スタイルが良くて、長くて綺麗な髪が恨めしい。
「りっちゃん、どうしよ」
「……あこちゃん?」
私の少し後ろで、私を気遣うように背中を摩ってくれているりっちゃんを振り返る。
「え……」
目を見開いたりっちゃんが、ぼやけて見えた。ああいやだ、簡単に泣くような面倒くさい女になんてなりたくないって思っていたのに。
「わたし、いやな女だ」
今まで、こんな風になったことなかった。
羽汰くんはお客さんにはちゃんと一線引いていて、誰にでも素を見せる人じゃない。愛想は良いけど、あんないたずらっ子みたいな笑顔は心を開いた人にしか見せない。
そんなことは知ってるくせに、あんなに楽しそうに女の子と話す羽汰くんなんて、知らない。勝手に女の子が苦手なんだって思っていた。
「……わたし、みたくない」
羽汰くんが他の女の子と話してるのなんて、見たくないよ。我儘だって笑われても、嫌なものは嫌。恋ってこんなにも面倒なものだったっけ?好きな人の隣に女の子がいるだけで、泣いてしまいそうになるものだったっけ?
「……あこちゃん」
りっちゃんがごしごしと目を擦って涙を拭う私の手をそっと掴んで止める。「痛くなっちゃうよ」と優しく言った。
「あこちゃんは嫌な女じゃない。全然、嫌な子じゃないよ……」
頭をよしよしと撫でてくれて、慰めてくれるりっちゃん。「ありがと」って伝えようとしたその時。
「──あ、律くん」
ばっと顔を上げると、こちらを見つめる羽汰くん。そしてその隣の女の子と目が合った。
こちらを向いたその子は目が大きくて睫毛が長くて、すごく可愛い子だ。綺麗なのが後姿だけだったならよかったのに、なんて思う私はやっぱり性格が悪い。
「……久しぶり、飯田さん」
硬い表情で、そう呼んだりっちゃん。りっちゃんとも知り合いなんだね。
少し安心したのはりっちゃんが彼女を名字で呼んだこと。彼にとって私は彼女よりも特別ってことだもん。だけどそれは同時に、りっちゃんよりも、羽汰くんのほうが彼女と親しいんだって思わせるものだった。
「彼女さん?可愛い人だね」
飯田愛理さんは、私とりっちゃんと交互に見て微笑む。
……ああ、憎らしい。なんでそんなに美人なの。
「……違うよ、あこちゃんは俺の親友」
上手く言葉が発せない私の代わりに、否定してくれたりっちゃん。見れば見るほど、劣等感で胸が押しつぶされそうだ。
「そうなんだ。お似合いだったから……ごめんね?」
お似合い……。そうだね、あなたと羽汰くんもすごくお似合いだよ。認めたくないけど。
「じゃあここの常連さん?羽汰も知ってる子?」
「ああ、うん……。顔見知り」
羽汰くんの言葉に、私の心は何かが刺さったみたいな痛みに襲われた。
顔見知り、かあ……。大切な人だとか好きな人だなんて言ってくれるとはさらさら思ってない。だけど、私は羽汰くんにとってそんなものだったんだ。“友だち”とも言ってくれないんだね。それとも、その子に勘違いされたくないから?
「……ごめん、りっちゃん。わたし今日だめだ」
りっちゃんの服の裾をぎゅっと握る。これ以上ここにいたら、嫉妬で狂いそうだもん。
「わたしは、これで失礼します……」
ぺこりと飯田さんに会釈して、りっちゃんに手を振って。私はそそくさとその場を後にした。
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