第10話


「……ねえ、二人は付き合ってるの?」

 羽汰くんと入れ替わるようにして私の向かいの席に座ったのは私の大の親友。


「りっちゃん。もしもそうなら、わたしはいちばんにりっちゃんに報告するとおもうな」

 そうなれば、どんなに嬉しいことか。

「そうだね」

 少し寂しそうに笑ったりっちゃんはなにを思っているんだろう?


「そう見えたの?」

 期待してりっちゃんを見つめれば

「うん……悔しいくらい、ね」

 意味深な言葉。そんなに羽汰くんを取られちゃうのが嫌なのかな?


「……りっちゃんて、うたくんのことだいすきなんだね」

 頬杖をついて、「まけないよ」って言えば、何だか納得していないような複雑な顔をして

「ほんと、鈍感」

 軽くため息をついた。


 ……失礼じゃない?りっちゃんだって鋭いわけじゃないくせに。


「あ、それとも、わたしのことがだいすきなの?」

 羽汰くんにヤキモチ妬いてるの?って冗談で聞いたら目を見開いたりっちゃん。



「……うん。だいすき」

 イケメンに見つめられて、そんな台詞、生きてきて今まで言われたことない私は唖然とした。


「え……。……え!?」

「……なーんてね」

 ふにゃって笑ったりっちゃんに、からかわれていたんだと認識した。


「もー、びっくりした」

 ほっと胸をなで下ろした私に、ごめんごめんって謝るりっちゃん。


「……やっぱり、羽汰がいいよね」

 ぽつりと呟いた彼はまた、寂しそう。


「……りっちゃんのことだって、だいすきだよ」


「……ありがと」

 私がそう言えば、やっと眩しいくらいの笑顔を見せてくれた。この笑顔を見たら、すごく安心できる。やっぱりりっちゃんは笑っていないとね。


「りっちゃん、今日いっしょにかえろっか」

 そう言えば、もっともっと嬉しそうに笑ったから……羽汰くんには内緒だけど、少しだけ、胸がキュンとした。




「さっ、あこちゃん!帰ろう!」

 りっちゃんのシフトが終わって、エプロンと帽子を取ったりっちゃんが駆け寄ってくる。


「はいは……っ、ってちょっと!」

 そのまま私に追突してきて、ぎゅうって抱きしめられた。りっちゃんには抱きつく癖があるのか、よく嬉しい時や悲しい時にハグしてくる。私もそんな彼のスキンシップには慣れているし、私もよく抱きついているから何とも思わないけれど。傍からはあまりにも親密に見えるらしくて恋人同士だと誤解されることも少なくはなかった。


「……おつかれさま」

 背中に手を回してポンポンと叩けば、ふふって笑う吐息が耳を擽る。


 ガチャンッ


 突然食器がぶつかり合う音がして、りっちゃんから離れ、その音の出処を探す。


「……うたくんっ!?」

 珍しく、羽汰くんがお盆に乗せた食器をひっくり返しそうになっていた。幸い、割れてもないし羽汰くんに怪我もなさそう。


「……っ」

 けど、私たちを見て辛そうな顔したからどこか怪我したのかな、と不安に駆られた。

「大丈夫!?」

 慌てて駆け寄って羽汰くんに触れようとした……けど。


 パシッ


 その手を振り払われて、だらんと下ろさざるを得なかった。

「うたく……」

「はやく帰ったら?」


 今までにないくらい、低い彼の声が耳に響く。明らかに、怒っている。


「俺のことなんて気にしないで、律とイチャついときなよ」

 嫌味ったらしくそう言われて、今にも舌打ちが聞こえてきそうなくらいの表情に私は身を固くした。その理由も私には分からない。だけどここまで怒る羽汰くんは初めてで、少しだけ怖かった。


「……ちょっと、羽汰?そんな怒ったらだめじゃん」

「別に、怒ってない」


「あこちゃん怖がってるけど?」

「……」


 黙り込んだ羽汰くん。りっちゃんも珍しく羽汰くんに怒っているみたい。私は羽汰くんに払われた手をぎゅっと握りしめた。


「……ごめんね、うたくん……」

 自分がなにをしたのか、馬鹿な私にはわからなくて。でもきっと、彼が怒っている原因は私だ。それだけは何となく分かる。


「わたし、ばかだから……。うたくんにイヤなことしちゃったんだよね……?」

 落ち込む私を見て、はっと我に返った羽汰くん。怒られたことよりも、手を振り払われたことの方が辛い。


「や、えっと……」

 羽汰くんが苛立っている理由で唯一、思い当たることがある。まさかとは思ったけれど……。



「……りっちゃんと仲良くしすぎてた、よね……?」


 りっちゃんと羽汰くんが同じタイミングで「……え?」と声を上げた。


「私にやきもち妬いたんだよね……?」


 そう小さく告げると、二人は顔を見合わせて今度は「……は?」と漏らした。



「……えっと、何の話?」

 羽汰くんが口の端をぴくぴくさせながら私に問いかける。


「りっちゃんがすきだから、わたしに取られるとおもったんだよね?」

 意を決してそう答えると、眉間にしわを寄せる羽汰くん。……あれ?違うの?


「りっちゃんもさっき、うたくん取られちゃうと思って、やきもち妬いてた」


「いや、言ってないけどね」


 りっちゃんはなにが可笑しいのか笑いを堪えて肩を震わせてる。


「……なんでそうなっちゃうかな……」

 呆れたように前髪を掻きあげた羽汰くんに見惚れていると、彼がふっと笑った。



「……ほんと、あんたには敵わないや」


 ……もう、怒っていないみたい。優しく細められた目で、私を見る。


「……ふふ」

 羽汰くんが怒っていた理由は結局はっきりしないままだったけど、もういいや。彼が笑ってくれるなら、私も笑っていられるから。


「……うたくん、だいすき」

 そう伝えたら、私の頭に手を置いて「はいはい」って子ども扱いをする。


「今日はりっちゃんとかえるね」

 不満たらたらな私だったけど、そう羽汰くんに言うとまた、あの拗ねたような顔をして


「……ちゃんと帰ってくること」

 って意味不明な約束をさせられた。


「……ちゃんと家にはかえるよ?」

「意味が違う」


「どういう意味?」

 首を傾げた私に、りっちゃんがあははって笑う。


「羽汰はね、あこちゃんが俺に惚れないようにって言いたいんだよ」

「え?りっちゃんに?」


 それはないと思うけどなあ……。


「わたしはうたくんしか、目に入らないのに」

 どうして私がりっちゃんを好きになったらダメなのか、わからないけど。私の答えに満足した表情の羽汰くんは「ばいばい」って手を振ってキッチンへ戻っていった。



「うたくんのばいばいの破壊力すごいよね」


「俺はたまにあこちゃんが何を言ってるのか理解不能な時があるよ」

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