マフィンは恋の味
第8話
カランカランと、お店のドアを開ければベルの音が響き渡る。その音を合図に彼がこちらに視線を向けた。
「うたくん、くださいっ!」
「俺は商品じゃないんだけど」
おいしそうな、私の大好きなケーキたちよりも、私が欲しいものは羽汰くん。いくらで買えますか?
「今日もだいすきだよっ!」
「……や、だから……」
呆れたように頭を掻いてため息をつく。もう何度目かも分からない、その仕草も飽きないくらいに大好きで。
「ああ、もう!どうしてそんなにかわいいの?」
「やめてもらえる?恥ずかしい」
キョロキョロとあたりを見渡して、誰かに聞かれていないか確認するのも、照れ隠しって受け取っていいよね?
「照れてるの?かわいい!」
「……かわいくないから」
拗ねたような声も、私には世界で一つの幸せのスイッチ。
「仕方ないから、いつものねっ」
「……そんなこと言ってると罰が当たるよ」
罰?それならもう十分もらってるはずなんだけどなあ……。
「……そだね」
へへって笑ってみせると、羽汰くんの目が一瞬細められた。感情の変化に鋭い彼だから、私の壊れてしまいそうな心情にも気が付いているかな。
「……俺は、あげらんないけど……」
レジの下の棚から、手のひらサイズのラッピングされた包みがでてくる。促されるまま、手を出したらその上にぽんって乗せてくれた。
「これ……」
「マフィン。おいしいかどうか、わかんないけど」
彼の通う、学校の授業で作ったんだって。初めてのプレゼントに目が点になる。
え、これ食べるの?もったいないよね!?でも、食べないのももったいないし……。
「どうしたらいいの!?」
「食べなよ」
いつものように、全部顔に出ていたらしい。またか、と言わんばかりの顔で呆れていた。
「……来て」
手招きしながら、私をいつもの席に誘導してくれる羽汰くん。おとなしくついていくと、有無を言わさず座らされる。そのままどこかへ行ってしまった羽汰くんの行動に頭を悩ませていれば、ほんの三分くらいで戻ってきて、テーブルの上に私がいつも注文する紅茶が運ばれた。
「……え」
「……はやく、食べて」
そして、私の向かいの席に座った羽汰くんは頬杖をついてこちらを見つめている。
好きな人に見つめられながら食べなきゃいけないの?緊張するじゃん!
「うたくん……」
「いいから」
私の言葉を遮って、マフィンを包んでいるラッピングを丁寧に取り払っていく。
「……ん」
現れた、綺麗な焼き色の洋菓子。形もまるで売っているものみたいに整っている。良い匂いが鼻をくすぐるんだけど、ちょっとまって。
羽汰くんはマフィンを持ったまま私の口元に寄せて口を開けるように促している。
これ……「あーん」してくれるってこと?
「……ん、はやく」
わざとなのか天然なのか。でもここで指摘してしまったら、きっと彼は照れてその手を下ろしてしまうだろう。
「あー……ん」
思い切って口を開け、彼の持つマフィンにかぶりついた。
もぐもぐと味わって噛む。ふわっと柔らかい生地、甘くて優しい味に自然と頬が緩んだ。
「おいし……っ」
噛めば噛むほど、じんわり口内に広がっていく甘み。
おいしいね、って羽汰くんに伝えようとしたら、目の前の彼がひどく優しい笑みで見つめていて。
「……よかった、その顔が見れて」
そう呟いたから恥ずかしくて顔を両手で覆った。
「なんで隠すの」
「やだやだ。はずかしい」
顔を隠したまま首を横に振る。
「……あんたに羞恥心なんてまだ残ってたんだ」
……失礼な。
「うたくんまで、すうちゃんみたいなこと言わないでよ……」
この間、すうちゃんに言われたばっかりだったその台詞。
「誰、それ」
きょとんと首を傾げるうたくんが可愛すぎて紅茶を噴き出しそうになったのを抑えた。
「保健室の先生……で、わたしのいとこ」
そう教えれば、ふうんってあんまり興味なさそうな答えが返ってくる。
「きのうもね、こーんな目、つり上げて怒るんだよ?『てめえ、耳ついてんの?』ってヤンキーだよあれ……」
指で目をつり上げるようにして、低い声ですうちゃんの真似をすると、今度はぽかんとした羽汰くん。……やっぱりこんなのが教師なんて信じられないよねえ……。
「え、すうちゃんって男なの?」
……あれ、疑問に思ったのはそこなの?
今度は私が首を傾げて、コクコクと頷いてみせればみるみるうちに彼の眉間にシワが寄った。
「……ふうん」
また、ふうん。でも、さっきよりずっと不機嫌そうな声色だった。
「……どしたの?」
私、またなにかしちゃった……?
向かいの彼の顔を覗きこむと頬杖をついたまま、そっぽを向かれてしまう。その横顔はなんだか怒っているというよりも、拗ねているようで。耳はちょっぴり赤いし、可愛すぎる!!
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