第7話
「……きいてきいて!すうちゃん!」
すうちゃんのお説教のために、わざわざ足を運んだ保健室。そう、すうちゃんは保健室の先生なの。あまり知られていないけど私の従姉弟でもある。そして――両親以外で私の“秘密”を知っている唯一の存在。
いつも気だるそうに椅子に腰かけていて、仮病の生徒は容赦なく追い出すし、ちょっとの擦り傷なら絆創膏を手渡して「自分でやれ」って丸投げの、やる気のなさ。なんでクビにならないんだろうって不思議だけど、たまに優しいところとかが女生徒に人気らしい。
「だから学校でその呼び方すんな。しかも今お前、説教中なの分かってるか?」
「細かいことは気にしないの!」
呆れたようにため息をついて、半ば諦めたすうちゃんは彼専用の椅子に深く腰掛けて背もたれに身体を預けた。今は廊下を走ったことへの説教タイムだったはずなんだけど。昨日の出来事が頭から離れなくて、誰かに言いたくて仕方なかった。
「……んで、何?」
私の話も一応聞く気はあるのか、頬杖をついて視線を寄越す。
「あ、そうそう!」
すうちゃんはあんまり興味なさそうだけど、意外と聞き上手なの。いつも悩み相談は彼にしているくらい。
「わたし、一目惚れしたの!」
「……は?」
眉毛がピクリと動いて、怪訝そうな表情。まさか私が恋バナをし出すとは思っていなかったらしい。顔が引きつっているけど私はお構いなしに話した。
「めちゃくちゃかわいいの。笑顔がくしゃーってなってね、そしたらわたしの心臓がぎゅううってなって……」
昨日の出来事を身振り手振りもつけて説明する。だけどすうちゃんは意味不明とばかりにまたため息を吐いた。
「……どっちが可愛いんだよ……」
すうちゃんが何か呟いた気がしたけど、はっきり聞こえなくて。ただ頭を抱えた彼に、私は首を傾げた。
「よく分かんねぇけど、ケーキ屋のアルバイトね……女々しそうだな」
「偏見がすごい!」
確かに彼も男らしいとは言えないけれど。りっちゃんも……男らしい、とは少し違う気がする。
「……でも、お前……」
「わかってるよ、叶わないって。叶えちゃいけないって」
私は今まで恋愛らしい恋愛をしてこなかった。そんな相手が現れなかったっていうのも大きいのだけど、私の持つ“秘密”が関係している。それを一目惚れした彼に今伝える勇気はない。同情なんて、真っ平だもの。黙ったまま、今度は腕を組んで私を見つめるすうちゃん。
「……でもさ、がんばりたいって思ったの。こんなにすきになったの、初めてだもん……」
いつからか、無意識のうちにブレーキをかけていた気持ち。初恋なんていつだったか忘れちゃったけど、この恋はきっと今までで一番忘れられないものになる。そんな予感だってしちゃうくらい。だから、やっぱり運命だったんだよ。
「……ま、恋しちゃいけねえなんて、言われてねえしな……」
悩ましげな顔をしていたすうちゃんだけど、やっぱり優しい人。私が座っているソファの近くまで来て、頭をぽんぽんって軽くたたく。なんだか泣きそうになってしまったけれど、込み上げてきたものをぐっと飲み込んだ。
「……けど、ちゃんと考えろよ。叶わない恋ならまだしも、両想いになったときは……お前だけじゃなくて、相手も傷付くんだからな?」
「……ん。わかってる」
この恋を実らせるには、“秘密”を伝えないといけないときが必ず来る。それを伝える気がないのなら、最初から恋することも諦めた方が良い。
だけど――私は、きっと諦めきれない。
だから、もう少しだけ。君を好きでいたいと思う。
「……ちゃんと決めなきゃいけないときまで……わたしは彼に恋してみようと思う」
そんな私の決意に、すうちゃんはもう何も言わず、ただ静かに頭を撫でてくれていた。
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