第6話


――これは、私が羽汰くんを好きになった日のこと。



「おいこら南!廊下は走んな!!」

「え、むり!すうちゃん見逃して!」

 なんでも思った事はすぐに実行したい私、南 亜湖みなみ あこ

 今は、すうちゃんこと大原 昴おおはら すばる先生に追いかけ回されてるところ。


「すうちゃんって呼ぶなアホ!」

「すうちゃんだって走ってんじゃんー!」


 ほんの少し廊下を走っただけで頭の固いすうちゃんは説教30分。いつもはこんなに逃げないんだけど、今日はだめなの。先約があるんだから。


「大人しく捕まっとけって!」

 しつこく追いかけられて涙目になってきた。

「だって……っ」



「……りっちゃんとケーキ食べにいくんだもん!」


「ふざけんなてめえ!!」


 教師らしからぬ暴言に冷や汗が流れる。っていっても、運動部でもない私は走り疲れてもうすでに汗だくなんだけど。


 私の中学のころからの友だちであるりっちゃんの家がケーキ屋さんだからそこに食べに行く予定なの。甘いものには目がない私。中学時代はよく遊びに行っていたんだけど、彼と高校が離れてからは初めての訪問だった。


 だから楽しみにしていたのだ。こんなところで諦めるわけにはいかないの!


「おねがい!すうちゃん!お説教なら明日きくから!」

 体力も限界になって、すうちゃんに向き合うと手を合わせて懇願する。


「……わかった」

 涙目でお願いする私に少し怯んだのか、ため息をついて了承してくれるすうちゃん。


 ……チョロいな。


「その代わり、明日の説教は二倍だからな」

 心の中でほくそ笑んでいた私にの心中なんてお見通しなのか彼はにやりと意地悪く笑った。


「……いじわるすうちゃんなんてきらいだああああ」






「りっちゃんおまたせ!」

 すうちゃんの魔の手からやっとのことで逃れ、りっちゃんとの待ち合わせ場所へ向かった。着いたその場所には、キラキラの笑顔を振りまいて女の子に囲まれているりっちゃんがいた。


「あっ、あこちゃん!遅いよ~」

 私に気付いて手を振ると、取り巻きの女の子に軽く別れを告げて人の輪の中から出てきた。


「……いやいや。わたし気まずいよ」

 女の子たちから白い目を向けられる私の身にもなってね?誤解されちゃうじゃないか。

「ん?はやく行こうよ!」

 にっこり笑ったりっちゃんは本当にイケメン。でも天然すぎて私の話を理解してない。


「……言っても無駄だったね」

 全く変わっていないりっちゃんに呆れて笑ったけど、彼は純粋な笑みで返してくる。


 ああ……もうどうでもいっか。そう思わせるりっちゃんの魅力って凄いと思った。



「あ、そうそう!俺んち、いまバイト雇ってんの!俺の親友!俺も時々手伝ってんだよ?」

 嬉しそうにお店の話をするりっちゃん。お店は継がない、俺は自分の人生を自由に生きるんだ!とか言ってカッコつけていたけど、結局はあのケーキ屋さんが大好きなんだって、知ってるよ。


「へえ、イケメンの友だちはやっぱりイケメンなの?」

 特に興味もなかったけど、これだけ嬉しそうに言うりっちゃんに尋ねてみれば「んー」と考える素振り。


「……イケメンじゃないよ!どちらかというと可愛い系?」

「……あ、そう」

 失礼じゃないかと思ったけど。イケメンじゃないって聞いてすぐに興味はなくなった。イケメンが好きなわけじゃないけれど、りっちゃんほどのイケメンが言う“イケメン”なら少しばかり興味があった。でも まあ、私のお目当てはおいしいケーキだから。




「たっだいまーっ」

 元気よく店内へ入っていくりっちゃんに続いて私も入店。キッチンから出てきたりっちゃんのお母さんに挨拶すれば、私の視界はショーケースの中のケーキでいっぱいになる。


「あこちゃんは何にするの?」

 そう聞かれ、指さしたケーキと紅茶を注文しようとした。


「いらっしゃいませ」


 男の子の声がして、「あ、この人がりっちゃんの親友かな?」なんて思いながら顔を上げる。



「……りっちゃんのうそつき」

「ええ!?なに!?」


 目の前に広がるのは、私が大好きなケーキたちよりもっとずっと魅力的な笑顔。


「あ、あの!」

 イケメンじゃない?私には超絶イケメンに見える。

「はい、どうされましたか?」

 胸がドキドキして、身体が熱い。こんなの、初めての経験だ。



「――すきです……っ!」


「つきあってください……っ」



 この日から、私は大好きなケーキじゃなくて、世界で一番大好きな人のために、りっちゃんのケーキ屋さんへ足を運ぶようになったのです。

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