第4話


「今日もおいしかった!ごちそうさま!」

 ケーキも紅茶も美味しく頂いたあと手をパチンと合わせてそう言えば、羽汰くんが紅茶のおかわりを淹れに来てくれた。


「……ほんと、おいしそうに食べるよね」

「え、わたしのこと見てたの?」

 ポロっと出た疑問に、少しばかり動揺して俯く羽汰くん。

「ちが、う……けど」

 もごもごと言いづらそうな彼はちらっと私を見た。首を傾げてその言葉の先をウキウキしながら待つ。


「……幸せそうに食べるからさ。やっぱりなんか嬉しいじゃん……」

 このお店のケーキは羽汰くんが作っているわけじゃない。だけどパティシエを目指して専門学校に通い、ここで修行中の羽汰くんにとって“お客さんのおいしそうな顔”っていうのは凄く意味のあることなんだって。いつか自分も、そんな顔させられるようになりたいらしい。彼のケーキに対する愛情は嫉妬してしまうくらいだけど、その話をするときはいつもより饒舌で楽しそうにするから、こっちまで幸せになってくる。


「うたくんのケーキ、わたしがいちばんに食べるからね」

 羽汰くんのお客さん第一号は私だよ!って笑えば、少し驚いた顔をして


「……そんだけ幸せそうに食べてくれたら、俺も、幸せかもね」

 ふわって微笑んだ。


 それはケーキのことを話すときの顔と同じで、それが今目の前で私に向けられていると思ったら、どうしようもなく心臓が苦しくなった。

「わわわ……っ」

 そんな優しい顔、いきなりされたら困る!心臓壊れちゃう!


「俺、あんたのその顔は、好き……だから」

「す、き……?」

 顔を真っ赤にしてそんなこと言われたら、ずっと“その顔”でいたくなっちゃうね。


 羽汰くんが初めてくれた“すき”の破壊力が凄すぎて、貧血で倒れそう。出血多量だ。鼻血で。泣きそうになりながら喜ぶ私を横目に、「言うんじゃなかった……」と聞こえてきそうな羽汰くんの表情。もう聞いたからね、しっかりと。


「……勘違いしないでよ、おいしそうに食べる顔だけだから」

 そう強調した羽汰くん。

「それでもいーの!」

 自分の緩む頬はもちろん止められない。


「うたくんはいっつも、わたしに幸せをくれるね」

 へらっと笑った私に、彼も俯いて口を開く。


「――から」


 羽汰くんが小さく呟いた声は、私には聞こえなかった。きっと「わかったから」ってあしらう言葉だから、聞き直さなかった。だってそれでも幸せなんだもん。



 だけど、ちゃんと聞いとけばよかったね。


『――俺も、いっぱいもらってるから』



 羽汰くん、だいすきだよ。



 おかわりの紅茶も飲みほして、一息つく。羽汰くんの仕事ぶりを見ながらニヤニヤしていると怪訝そうに私を見つめ返してくれる。そんな視線ですら胸キュンしちゃう。


「あ、写真とっとこ」

 スマホを出して無音のカメラで羽汰くんの仕事ぶりをパシャパシャと連写する。するとスマホの中の羽汰くんが近付いてきたかと思ったら、本物の羽汰くんの手が私のスマホを取り上げた。

「……盗撮は犯罪だけど」

「ごめんなさい、どうぞ」

 両手をまとめて羽汰くんの前に出す。そんな私を見て不思議そうに首を傾げた彼。

「逮捕してください」

 って言えばまた、眉間にしわを寄せた。冗談なんだけどなあ。いつか私の冗談は本気にしか聞こえないからイヤだと言われたことがある。……まあ、半分本気ではあるんだけど。


「全部消すから」

「ごめんなさいもうしませんから許してください」

 土下座するくらいの勢いで机に頭を伏せる。ガンッとおでこが机にぶつかっていい音を立てた。


 しばらくそうして許しを請いていると

「……顔、あげて」

 羽汰くんの優しい声が降ってきたから、恐る恐る顔を上げる。


 カシャ


 羽汰くんが掲げたスマホと、そこから聞こえてきた機械音に呆気にとられる私。


「……え」

 彼が私のスマホを操作して、満足そうに微笑んだ。はい胸キュン。

「はい」

 手渡されたスマホを慌てて確認してみれば、私が隠し撮りした写真は全て消去されていることに肩を落とす。だけど、一番下の、一番端に見覚えのない写真があって。タップして拡大してみれば


「え!?……いや、え!?」

 焦りすぎてスマホを危うく落としてしまうところだった。


 そこに写っていた、おでこを赤らめてなんとも間抜けな顔をした私……は重要じゃなくって。超絶かわゆい羽汰くんが、カメラ目線で笑っていたことに腰を抜かしたのだ。

「なななななんで……っ」

「……いらないなら消して」

 ぷいとそっぽを向いてしまった羽汰くん。出た、ウルトラキュートな照れ隠し。


「つーしょっと、だ……」

 羽汰くんの隠し撮りは何度だってしてきたけど、二人で撮ったことなんてなかったから。羽汰くん、そういうの嫌がりそうだったし。

「君、すっごい顔してるけど」

 そんな指摘、耳に入らないくらいに舞い上がっていた。自分の変な顔だろうが、なんだろうが恥ずかしくもなんともない。すぐに待ち受けに設定する。


「うあああ……うたくん、すきぃぃ」

 このいい雰囲気のまま、どさくさに紛れて抱きしめようと思わず飛びかかったら華麗にかわされて


「次やったら、画像消すからね」

 そう冷たく言い放たれた。



「……おでこ、大丈夫なの」

「え?うん、平気だよ。ジンジンするけど」

 机に打ち付けたおでこを心配してくれる羽汰くん。自分のせいだとか思っていそうだなあ。

「平気じゃないじゃん。馬鹿だな」

 そっとおでこを撫でる指先に、思わず体が硬直した。そっと触れた温もりは、すぐに離れていく。


「……女の子なんだから、顔に傷つけちゃダメでしょ」

「じゃあうたくんが責任とってね」

 顔洗えないなあ……なんて思っていたら、私の発言にデコピンで返された。鬼畜!

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