第3話

 

「あれ、あこちゃんまた来たの?」

 厨房から顔を覗かせたのはここのお店の看板息子。

「またって、なによぅ……」

 私はここの常連だぞ!と拗ねて見せれば、「あはは!変な顔!」って乙女に向けたものとは思えない言葉が飛んできた。


「りっちゃん、ひどい……」

 金髪に近い髪色は本人に言わせれば“茶髪”だそう。黙っていればクールなイケメンなのに、喋り出せばあら不思議。残念イケメンに早変わりなのだ。不意に飛び出す毒舌も、彼に悪気はないらしい。良く言えば“天然”、悪く言えば“アホ”。


 日高 律ひだか りつはそういう人。


「うそうそ!あこちゃんは可愛いよ?」

 ……あら、嬉しいお言葉。“アホ”なんて言ってごめんね?


 いつも思うけど、りっちゃん絶対にモテる。こんなに女の子の扱いに慣れてる人、初めて見たもん。本人に自覚はないようだけど、ナチュラルに口説けるんだから天性のチャラ男だと思う。そう言ってもきっと彼はヘラッと笑って「ありがとう!」とか言うんだろうなあ。


「んー、りっちゃんに言われてもなあ……。どうせ言われるならうたくんがいい」

 嬉しいことには変わりない。けれど、その相手が好きな人かそうでないかでは全く感じ方が違うでしょ?

 「え、俺ふられたの!?」ってゲラゲラ笑いながら私の特等席までやってきたりっちゃん。


「懲りないよねえ……」

 私の向かいの席に座って、頬杖をつく。……いや、あなた仕事中じゃないのかな。

「懲りてたまるか」

 うたくんの親友でもあるりっちゃん。私の恋を応援はしてくれてるみたいだけど、一切助けてはくれない。「めんどくさいもーん」って一言で片づけられた私の青春とは一体……。


「……羽汰がうらやましいね」

 なんだか優しい瞳で私を見るりっちゃんはやっぱりイケメンだ。イケメンであることは重々承知だし、性格だって悪くない。他の女の子たちは一瞬で好きになるのに、なんで私は好きにならないんだろうと不思議に思ったこともあったけれど、きっとりっちゃんとは今の関係が合っているんだろうなあと思う。

「……そうなのかな?」

「うん。うらやましい」

 向かいの席から手が伸びて来て、私の髪の毛に触れる。

「こんなにあこちゃんに愛されて……」

 ……なんだか、いつになく真面目な雰囲気。私とりっちゃんの間にそんな空気が流れること自体が珍しいから背筋が伸びて緊張してしまう。


「羽汰は、幸せだね」

 そう言って微笑んだりっちゃん。とてもきれいで見惚れてしまうほどだった。


 するとそのとき

「……律」

 少し怒ったような、鋭い声がして。振り返らなくても分かる、私のだいすきな人の声。

「あ。羽汰」

「うたくんっ」

 二人同時に振り向けば、そこにいたのは不機嫌そうな羽汰くんだった。


「……なにサボってんの」

 りっちゃんを睨みながら腕を組んで怒っている。ほらね、仕事中だったじゃん。

「か、かっこいい……」

 私も怒られたい……!

 

 ポツリと呟いた私の言葉に、目を見開いて驚く羽汰くん。

「は……」

 “馬鹿じゃないの”って顔に書いてある。だけど仕方ないじゃない?


「あこちゃん、ほんと面白いよね」

「褒めてないし嬉しくない」

 頬を膨らませれば、りっちゃんはそれを指で突いて潰してくるからブッと息を吹きだしてしまった。羽汰くんに汚いところは見せたくないのに!


「……律っ」

 どこか焦ったように、もう一度りっちゃんの名前を呼んだ羽汰くん。

「やめなって」

 また少し怒ったような表情になる。あ、今度は結構本気だ。

「……なに、ムキになってんの?」

 

 今まで悪戯っ子みたいに笑っていたりっちゃんが、急に試すような視線を羽汰くんに投げかけるから私は首を傾げる。それから二人が睨み合うみたいになって、羽汰くんに睨まれているりっちゃんを心底羨ましく思った。そんなに長時間、見つめ合ったことないんだもん。


「……ねえ」

 じっと羽汰くんを見つめていたら、彼の視線がりっちゃんから私に移ってドキッとする。

「は、はいっ」

「ニヤニヤしないで気持ち悪い」

 忘れていたけど私の表情は気持ちに正直なんだった。

「“羨ましい”って顔に書いてるんだけど」

 わお。以心伝心?

「なんで分かったの!?だいすき!」

 そう叫べば、また不機嫌そうな顔するかと思ったのに。


「……わ」

 思わず、間抜けな声が漏れた。


 だって、だって!羽汰くんが、ふにゃって少しだけ笑ったから。

「……知ってるよ」

 いつもより優しく返してくれたから。


「わあああああっ」

「うるさい帰って」


 そんな表情を一瞬でも見れただけで、私は世界で一番幸せな、恋する乙女なのです。

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