第2話


「……なにニヤニヤしてんの。気持ち悪い」

「ひどい」

 羽汰くんとの慣れ染めストーリーを思い返していたら、目の前でひらひらと手を動かされる。そのぷっくりした手を掴もうとしたけど、それは叶わなかった。くそう、にぎにぎできるかと思ったのに。


「はやく注文したら?」

 レジカウンターに置かれたメニューをトントンと指で叩いて促す。最初のころの営業スマイルの面影なんて、どこにもないくらい無表情だけど、私はそれでもいい。作られた笑顔よりも、素のままで接してくれる方が身近にいるみたいで嬉しいから。


「……うたくん、今日もいつもの」

「……だと思った」

 それだけで羽汰くんには伝わるんだからもうこれは運命だ。何度も通った甲斐があるというもの。

「……ちょっとなんか不吉なこと考えてるでしょ」

 ……ほらね、言葉に出さなくても伝わる気持ち!


 緩む頬は持ち主の感情と直結しているみたいだ。そんな私を見て羽汰くんは呆れたようにため息をついた。

「うるさいよ、顔が」

「え、顔がうるさいってなに!?」

 今日も羽汰くんは塩対応。でもめげないよ。本当に嫌だとは思ってないってこと、馬鹿な私にだって分かるんだからね。


「……はやく座りなよ、席まで持っていってあげるから」

 私の方なんて見てないけど、お会計をしながらそう言ってくれる。


 ここはカウンターで買ったものを自分で席まで運ぶシステムでしょ?私限定(だと思い込んでいる)サービスにまた口元が緩んだ。


「ありがとう、うたくんだいすき!」

 わかったから、なんて唇を噛む羽汰くん。分かってるよ、それが照れてる時の仕草だってことも。



 羽汰くんを好きになって、もう半年が経つ。出会ったころからたくさんのことを知れた。羽汰くんのことを知る度にひとつずつ好きになっていくから、半年分の“すき”が積もり積もって爆発しちゃいそう。


 だけどね、あの日からたった一つ、言えない言葉がある。何度だって「好きだよ」と伝えたけれど、「付き合って」と言うことができなくて、まだ友だち止まり。そう言ったのはあの日。初めて会ったあの日だけ。「無理です」って言われたことは自分でも思った以上にダメージを食らっていたらしい。


 これだけ仲良くなっても……きっとまた「無理」って断られるに決まってる。それならこの心地よい関係のままで――。そう思ってしまって、いつもは猪突猛進な私が柄にもなく立ち止まってしまっていた。



「……はい、おまたせ」

 一番カウンターに近い、窓際の席。そこが私の特等席なの。だって羽汰くんが仕事しているのが一番よく見える場所だから。


 窓の外の景色になんて興味はない。私の目には羽汰くんしか入らない。もう羽汰くん以外見えなくなっちゃえばいいのにって思う。

「ありがとう!」

 にっこり笑ってお礼を言えば

「……べつに、今は暇だから」

 なーんて、素直じゃないなあ。ふいと背けられた目線も、照れ隠しなんだよね?


 ……都合のいい解釈?そんなの、解釈したもの勝ちでしょ。


「お仕事、がんばってね」

 ふふっと笑った私をじろりと睨む。きっと「大きなお世話」って、冷たく言われちゃうのかな。

「……うん」

「え」

 今、「うん」って言った?言ったよね?


 聞き間違いではないかと頭の中で何度も反芻するけれど、間違いなんかじゃない。私の妄想でもない。


 ……なにこれ夫婦みたい!


 こういうふとした時に、羽汰くんは甘さを投下してくるから心構えができない。不意打ちで生身の体にストレートに打ち込まれる感じ、分かってもらえるかな。


「……また顔がうるさくなってる」

「可愛いって言ってよ」

 ちょっと仕返しに頬を膨らまして言い返せば、今日イチの無表情いただきました。

「言うわけないだろ、ばか」

 拗ねたふりをしても羽汰くんの「ばか」の言い方が可愛くて、へらっと笑ってしまった私の負け。


「ドМなの?」

 私を見下ろす羽汰くんの瞳は、さっき頼んだ氷たっぷりのアイスティーよりも冷たかった。

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