うたくん、くださいっ!

向日ぽど

運命なんて勝手に思ったもの勝ち

第1話


 ドアが開き、カランカランと来客を知らせる音が店内に響く。

「うたくん、こんにちは!」

 静かな店内に、不釣り合いな私の明るい声。


「……また来たの」

 怪訝そうな顔をして、声のした方へ目を向ける青年は、望月 羽汰もちづき うたくん。


「わあ、今日もかわいいね!」

 私は思ったことを言っただけなんだけど、何か気に食わなかったらしく彼は目を細めた。


 私には冷たい目しかしたことないけど、たまに見せるふにゃっとした笑顔は本当にかわいくて、つるつるもちもちの肌にはついつい触れたくなる。前に実行しようとしたら思いっきり振り払われたけど。


 私のだいすきな羽汰くんは普段塩対応なんだけど、本当はすごく優しいんだよ。



 スイーツ好きの私がたまたま入ったこのケーキ屋さん。持って帰ることももちろんあるけど、併設されているカフェもすごく雰囲気がよくておすすめ。ケーキも美味しくて私のお気に入りのケーキ屋さんなの。


 ……そしてなにより、ここでバイトしている羽汰くんこそが私のお目当て。



 はじめてここへ来たときに、笑いかけてくれた羽汰くんに一目惚れした私。その笑顔があまりにも可愛くて、蕩けてしまいそうだった。ベレー帽のような形の帽子が酷く似合っていて、ふわりと揺れる茶髪は柔らかそう。目尻の下がった目がかわいくて、高すぎず低すぎない身長が私には丁度よい距離。エプロンがこんなに似合う男の子なんて、他にいないじゃないかと思ってしまうくらい。



「――あ、あの!」

「はい、どうされましたか?」

 顔を真っ赤にしている私を、にっこり笑った羽汰くんが首を傾げて見ているから。営業スマイルだって、可愛いものは可愛いじゃない。

「か、かわいい……っ」

「……はい?」

 普段から思ったことをすぐに言葉にしてしまう私の馬鹿なお口は、こんな時でも黙ることを知らなかったみたい。


「すきです……っ!」

「あの……」

 戸惑う羽汰くんを見てまた悶えた。目を泳がせている彼は慣れていないのかな?こんなに可愛いのに。モテていても困るんだけど。


 動揺する彼を見て、やっぱり“この人だ”と思った。ほら、よく運命の人に出会ったらビビッとくるって言うじゃない?そんな感じ。



「つきあってください……っ」

「……無理です」

 運命を感じたのは私の方だけらしく、私の一世一代の告白はあっけなく失敗に終わった。しゅんと項垂れた私を見て、言い過ぎたと思ったのか羽汰くんは慌てて

「あ、そうじゃなくって……」

 私を傷つけないようにと言葉を選んでくれる。そんな姿すら愛おしくて、振られたことも忘れちゃいそうなほど。


 何も知らない人に告白されるなんて、戸惑うのは当たり前だ。そんなことすら考えつかないほどに、私の頭は蕩けていたらしい。

「彼女、いますか……?」

 もしも彼に恋人がいるのなら、私と付き合う以前の問題だもの。恐る恐る確認する私に

「……いません、けど……」

 また視線を泳がせた、可愛い可愛い彼。


「じゃあっ」

 その答えに先走ってぱあっと顔を輝かせた私に、困惑して自分の前髪をわしゃわしゃっと乱す。

「や、……んっと……」

 その表情から、声色から、「困った」って言うのが伝わってきて少し申し訳なく思う。それでも、こっちだって本気なのだから許してほしい。

「とりあえず、無理です……っ」

 また私が落ち込まないように、ちらりと様子を窺いながら断りの言葉を口にした。

「わた……っ、私も、むりです……っ」

 だけど私も負けじと言い返す。じっと彼の目を見れば諦めたように溜息を吐いた。


「……好きになる、のはそっちの勝手だから知らないけど……。付き合うのは、無理だよ」

 照れたようにそう言った彼。優しい人だと思った。冷たく突き放したっていいのに、そうしないのはきっと彼が素敵な人だから。


 それに無意識なのか敬語じゃなくなっている。どこか彼に近づけた気がして嬉しくなった。

「はいっ!」

 それから私は彼を質問攻めにしたけど、結局名前しか教えてくれなかった。

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