測定機械
紫鳥コウ
測定機械
ラップのかかった冷やし中華を冷蔵庫から出そうとした、丁度そのとき、わたしの携帯電話が鳴った。
机の上にお皿を運んでから、鳴り続ける電話に応じた。それは、
わたしが帰郷していることを知って、どこかへ誘う気でいるのだろう。そして、案の定、その通りだった。が、
午後からは、年末までに仕上げなければならない論文の作業をする気でいた。しかしいまは八月だから、この誘いは
わたしは古里の誘いを承諾した。そして、昼を食べてから古里の家に行くということを約束した。
蝉の羽音に
わたしは今年の春から、小説を書きはじめていた。最初は趣味の
つまり、研究と創作の両方に対して、並ならぬ姿勢で取り組んでいるわけだが、それは、一筋縄ではいかないことだと、まざまざと分かってきた。
どちらかが、重い負担として両肩にのしかかっている、というわけではない。ただ両方に取り組んでいるいま、研究と創作のどちらともを中途半端にこなしている形になっているのではないかという疑心を、抱きはじめたのである。
ようは、研究に専心している同世代の研究者や、創作をとことん突きつめている物書き仲間たちの背中が、どんどん遠くへ消えていくような気がしているのだ。
ならば、どちらかを切り捨てるという選択が合理的に思えなくもないが、わたしにとってこのふたつは、すでに両の肺になってしまっている。だからこそ、このふたつの営みを両立しながらも、中途半端な作業に
ようやく、麺が皿から消えた。麦茶を一杯飲んでしまうと、わたしは、古里の家にゆくための準備を始めた。今日はもう、風鈴は、鳴りそうにない。すだれの影は、どんどん深い黒色になってきている。外に出る前に、もう一度、コップ一杯の麦茶を飲んだ。
わたしは古里の車の助手席に座りながら、彼の友人である
なんでも、
なるほど、志摩田の家は、玄関からして異国情緒にあふれている。どこの国のなんという地域で買ったのか想像もできないカラフルな仮面が、いくつも壁にかけられている。下駄箱のうえには、大小様々な、彩りゆたかな人形の数々が並んでいる。
わたしたちは、志摩田の部屋に案内された。そこには、両手でようやく抱えきれるくらいの大きさの、黒色の箱のようなものが置いてあった。
志摩田によると、この機械は、熱量を測るものだという。
説明を聞いてもなお、どういうことか分からず、
その問いからほんの数秒のうちに、この機械は、どんどん冷たくなっていった。
「どうですか」
「痛いほど冷たくなってきました」
「そうでしょう。しかし、もしあなたが、天国の存在を熱烈に信じていたとしたら、この測定機械は、みるみる温かくなってくるはずなんです」
その説明を聞いた
「真実の愛があると思うかい」
「おい、そんな恥ずかしい質問をするんじゃない」
「いや、この測定機械は、当初、情熱を測る目的で作られたんだよ」
情熱?――それを聞いたわたしは、もし、「あなたは研究を愛していますか」「それでは創作は」などと尋ねられたときの妄想をしてみた。もちろん、手には熱さを感じることだろう。
では、「研究と創作を両立するのは?」と
わいわいと盛り上がっているふたりの後ろで、わたしは、ずっと右手をもんでいた。
測定機械 紫鳥コウ @Smilitary
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