終章

終章

「それにしても、宮原と、金原がどうしてつながっていたんだろうか。俺たちはそこがよくわからないんだ。」

ホワイトボードに書かれた名前を眺めながら、華岡は言った。

「そうですね、確かに、宮原と、金原は、年齢も違いますし、学年が一緒になる可能性はないですね。二人が、接点を持ったのは、例の製鉄所と呼ばれている、あの、フリースペースですよ。」

部下の刑事が、そういうことを言った。

「うん。そうなんだよな。それに、宮原と金原は立場が違いすぎる。調べてみて分かったことであるが、金原硝子の家族と、宮原亜子の家族は、互いに喧嘩ばかりしていることは、近所でもよく知られていることだった。何とも、二人とも、同じコメ農家であるが、水の配分をめぐって、宮原の父と、金原の父親は長年対立しているということは分かったな。宮原家は、会社に勤めていながら、趣味的にコメ作りをしているが、最近、長年その土地で大体コメを作り続けてきた、金原の田んぼに流す水を誤って横取りしてしまったことから、仲たがいが始まったらしい。そういうわけで、あの二人の家族は、仲が悪いことで有名なんだが、なんでその娘同士、宮原亜子と金原硝子が仲良くなったのだろう?」

「そうですね、二人とも、精神疾患の可能性があるところが共通しています。宮原のほうは、劇薬リタリンに手を出して、精神科に入院したことが在る。金原は、学校生活になじめないで現在も引きこもりのようなところがある。この点が彼女たちの共通点なのかもしれませんよ。」

華岡がそういうと、部下の刑事がそう答えた。

「それに、宮原亜子の父親は、北海道支社へ転勤を言い渡されたこともあったようですが、家族の存在を理由に、転勤を断っています。同時に、長年、富士市内に在住していた金原硝子の父は、区長になってくれと推薦を受けていますが、やはり家族の存在を理由に断っています。この二つ、無関係というか、偶然の一致でしょうか?まあ、偶然かもしれませんが、何か裏があるという気がするんですよね。」

別の刑事が、そう話をした。華岡は又腕組みをした。

「そうだねえ。それでは、宮原亜子と金原硝子が仲良くなった理由は、同じく精神疾患ということになるな。誰か二人の共通点について、詳しく知っている人物はいないかどうか、調べてみよう。」

「とりあえず、その二人が利用していたと思われるフリースペースを訪ねてみてはどうですか?」

部下の刑事がそういうことを言ったので、華岡は嫌な顔をした。

「うーんそれはちょっと、、、。」

「何ですか警視。どうも変ですよ。なんでそのフリースペースのことを俺たちが口にすると、嫌な顔をするんですか?俺たちはただ、証言を得ようとしているだけではないですか?」

部下の刑事がそういうと、

「あそこはね、俺たちみたいな俗っぽい人が行くような場所じゃないんだよな。それに、沢山傷ついた人が利用している場所だ。警察が、入ってきたら、動転する利用者だっている。そこを、わかって入らないと、えらい目に会うぞ。」

と、華岡は言った。

「そうですが、普通の人なら、俺たちが質問しても、答えてくれるんじゃないんですかね。其れとも、何か考慮しなければならないことでもあるんですか?」

「そう言うことだ!ああいうところは、すでに学校や社会で傷ついている人間ばかりだ!そういう女性たちに、俺たちが乱暴な口を聞いたら、すぐに不安定になって、大暴れということだって十分あり得る。それが、心がやんでいるということなんだ。去年も事件のことでそこを訪れたことがあるが、俺のスマートフォンの音が、虐待した親と同じ音だったということで、若い女性が大暴れして、もう仕訳けないことが在った。」

「でも、証言は得なければならないんですから、そこへ行ってみましょうよ。まさかと思うけど、日本語を通じないというわけではないでしょうに。大丈夫ですよ。だって、宮原亜子と、金原硝子が、接点を持った場所はそこしかないんでしょう!」

部下の刑事は出かける支度をはじめてしまった。俺も行くと言って、華岡も出かける支度をはじめた。そして、二人して覆面パトカーに乗り込んで、製鉄所に向うのだった。製鉄所は、カーナビで検索してみたが、場所が出てこなかった。スマートフォンで電話番号を調べてみたが、其れも出てこなかった。仕方なく、華岡が過去に行ったことがある勘で、製鉄所の道順を述べ、一か八かにかけてみるつもりで覆面パトカーを走らせる。華岡は、とりあえず、目印になる建物を頼りに、製鉄所にたどり着くことに成功した。

「あ、ついたぞ。ここだここだ。この日本旅館みたいな建物が、製鉄所だ。」

華岡は、建物の前で車をとめさせた。

「はあ、これですか。フリースペースっていうから、もっと狭いのかと思いましたけど、ずいぶん立派な建物なんですね。」

部下の刑事は、華岡に続いてそういうことを言った。

「まあいい、とにかく入ろう。」

二人は、製鉄所のインターフォンのない玄関にいった。インターフォンがないので、玄関の引き戸を叩いて、

「すみません!誰かいませんか!」

とデカい声で言った。

「はいはい。聞こえますよ。ここは、挨拶をしっかりさせる習慣を身に着けてもらうために、呼び鈴はついていないんだよ。で、警察が、僕たちに何の用だ?」

応答したのは杉ちゃんだ。多分、カレーを作っていたようで、少しカレーのにおいが漂っていた。

「ええ、ここを利用していた、宮原亜子さんという女性と、金原硝子さんという人について聞きたいことがあるんです。」

と、部下の刑事がいうと、

「その二人のことを知っているのは、水穂さんだけだよ。あいにく水穂さんは、今容体が良くないので、寝かしておいてやりたいんだ。悪いんだけど、出直してくれないかな。」

と、杉ちゃんはいった。

「うーん、そこを何とかお願いできないかな?俺たちも早く被疑者を逮捕しないと、お咎めを食らうことになるので。」

華岡は杉ちゃんに頼み込むようにいった。

「まあ、そうだけど、水穂さんの事も考えてやってくれよ。事件を早く解決させたいのはわかるけど、水穂さんは、とても長時間聞き込みできる状態じゃないよ。」

杉ちゃんはそういうが、

「警視、こっちだって、職務で来てるんですから、勿体ぶらなくてもいいんじゃありませんか。その水穂さんという人物が何処にいるのか、教えてください。五分だけでいいですから、お話しを聞かせてください。」

と、部下の刑事は、強引に建物の中に入ってしまった。こうなると、車いすの杉ちゃんにはとめることはできなかった。ちょっと待ってくれと言っても、歩ける人ほど速く移動することはできなかった。水穂さん、何処にいるんですか!と若い刑事は製鉄所の建物中を歩きながら、四畳半を見つけてしまった。この日も何人か利用者がいたが、彼女たちは警察をこわがって、それぞれの居室から、食堂へ避難していた。

「水穂さんというかたは、何処にいますか!いらしたら、ちょっとお話しをきかせてください!」

と、部下の刑事は、四畳半のふすまを開ける。すると水穂さんは、布団の上に正座で座っていた。すぐそばに、汚れた畳が見え見えになっているので、部下の刑事はあきれてしまったのであった。

「なんですか。まるで昭和のはじめにタイムスリップしたみたいだな。」

部下の刑事は、頭を叩いて、痛いことを確認する。

「お話しって何ですか?」

水穂さんは細い声でいった。

「ああ、水穂さんという方は、あなたなんですね。それではすぐに伺いますよ。ここを宮原亜子という女性と、金原硝子という女性が、利用していましたね。」

部下の刑事は、すぐにいった。

「ええ、その通りです。彼女たちが何かあったのでしょうか?」

水穂さんが聞くと、

「はい、二人は、どんな利用者でしたか?ここで何をしていたんでしょうか?」

と、部下の刑事はまた聞く。

「彼女たちはとても仲のいいとお見受けしましたよ。」

水穂さんが答えると、

「何か、二人が、利用するにあたって問題のようなことはなかっただろうか?ほら、よく喧嘩をしていたとか。もちろんここに来る人は、問題のある人ばかりで、常に問題が発生して当たり前だろうが。」

華岡は、水穂さんにいった。

「そうですね。確かに、彼女たちは、問題がありましたね。彼女たちの家族は、所有している水田の事でしょっちゅう対立していたようですから。その中で彼女たちは、寂しかったんでしょう。同じ空虚感を持っていて、その悲しみを分け合っているうちに仲が良くなったのだと思います。もしかしたら、」

水穂さんはそこまで言って、またせき込んでしまった。

「もしかしたら、なんですか?」

と、部下の刑事が聞くと、

「ええ。その邂逅というのでしょうか、それがあまりにも重たすぎて、彼女たちは、大きな計画を作ってしまったのではないでしょうか?」

と、水穂さんは、そういった。

「大きな計画、、、。」

華岡は腕組みをする。

「それをもうちょっと詳しく話してもらえないでしょうかね。彼女たちは一体何を思いついたんでしょうか?そこを知っていらしたら、教えてください。」

部下の刑事がそういうと、

「もうやめてくれ!これ以上話させるとかわいそうだから、もしまだ聞きたいことがあったら、また出直してきてくれよ!」

と、杉ちゃんがいった。

「だって、大した病気ではないでしょう!俺たちからしたらね、あなた方が、ここまで放置していたというのが信じられないですよ。今の医療であれば、すぐに薬で何とかなるもんじゃないですか!」

部下の刑事が杉ちゃんに負けないように言ったが、


「そういうことはお断りだ!お前さんたちに、水穂さんの事情の事を話したって、どうせ、人種差別みたいに扱うだけだろう。そういうやつは、絶対理解何てできやしないから、はい、さっさと帰んな帰んな!」

杉ちゃんはデカい声でいった。

「おい、もうここまでにしよう。これ以上聞いたら、俺たちは重要な証言者をなくすことにもなる。まあ、理由が在って、今の医療を受けられなかったということだ。そういう奴だって、いるかもしれないじゃないか。」

華岡は、部下の刑事にいった。

「そうですけど、今の医療では十分治せるはずなのに、なんでこんなにひどくなるまで、放置していたんですかね?そこがよくわからないんです。」

「まあ、世のなかには不自由な奴もいるってことだ。重要な事を知っている人物が、俺たちのせいで亡くなったりしたら、其れこそ捜査ができなくなるだろうが。杉ちゃんごめんな。今日は、とりあえずこれで帰るよ。さ、わからないこと言わないで帰るぞ。」

そういって華岡は、どんどん立ち上がってしまった。部下の刑事はよくわからないなという顔をして、それについていく。水穂さんがごめんなさいと言いかけてさらにせき込み、また畳を汚す!と杉ちゃんが言っている声も聞こえてきた。

「あーあ、せっかく有力な証言がつかめたと思ったのになあ。なんで途中であきらめて帰ってしまうことにしたんですか?」

部下の刑事は、パトカーに乗りながらそういうが、

「いや、彼には、そうなってしまうんだ。あとは俺たちが自分でやろう。ほかに、あの二人、宮原亜子と、金原硝子のことを知っているやつを、しらみつぶしに当たろう。」

と、華岡はぼそりとつぶやいた。それと同時に、彼のスマートフォンがなる。

「はいはい。ああ、え?なんで?なんでそうなるんだよ。ちゃんと見張らなかったの?」

と、華岡は、素っ頓狂な声をあげる。

「そうなんですけどね、警視。宮原亜子は、着ていたTシャツを破ってそれで留置場で首を吊って自殺を図りました。幸いに、命に別状は無いということですが、」

「馬鹿野郎!それをしたら、宮原亜子の思うつぼだ!絶対被疑者の思い通りにさせてはいけないんだ!」

と、華岡は思わず怒鳴ってしまった。確かに警察にとって被疑者が終わってしまうのは、最も嫌な終わり方である。

「あーあ、本当にこの事件は訳がわからないよ。宮原亜子は、物証がないまま、ひたすら自分がやったといい続け、その挙句に自殺を図るというんだから。一体だれを、守ろうとしているのかな?」

華岡は、スマートフォンを乱暴に置いた。

「そうですね。すくなくともあの不思議な男がいうことが本当なら、宮原亜子と、金原硝子は、二人で宮原の父親を殺す計画を思いついていたって言うことじゃないかな?殺害を実行したのは、金原。そして、宮原のほうは、まあ、本人も薬漬けだった事もあり、自分が出頭して、自分の生涯を閉じる。こういうことだったんじゃないんですかね。まあ、すごい女の友情ってことになりますが、いずれにしても、そういうことを、したんだから、金原も黙ってはいないと思うんだけどなあ。」

部下の刑事は、刑事らしく、淡々といったが、この内容は実に重い内容であった。

「それにしても警視、あの不思議な男は、実に綺麗な人物でしたね。まるで傾国の美女の男版という感じだったな。もし、武即天とか西太后みたいな女性君主がいたら、一発でメロメロになりそうな、顔してました。」

「そういうことは言わないでくれ。あいつは、かわいそうな男だよ。俺もちょっと事情を聞いたことがあるけど、日本の歴史ってのは、あまりにも残酷だ。だから俺はここへ来たくなかったんだ。」

と、華岡は、大きなため息をついた。

「まあいずれにしても、あの、金原硝子を、署まで引っ張ってみれば何かつかめるかな?」

部下の刑事は、もう事件が解決したようなことを言っているが、華岡はそうだねえという気にはなれなかった。いずれにしても、金原硝子と宮原亜子の友情は、どんな糸切狭で切っても、切れないだろうと思われるので。

その数日後、土谷瑞希のサロンに金原硝子が訪れていた。

「今日はどうされたんですか。一時、自分がすごくかわいくなったとか言っていたけれど、もう、そういう気持ちはなくなってしまったような顔をしていますね。」

瑞希は、ファンデーションをしまいながらそういうことをいった。

「ええ。だって、私。」

と、金原硝子は、小さな声で言うのだった。

「いややっぱり、いいです。私が、こんなこと言ったら、また世のなか大騒ぎになるし。」

「なにか、そういうことをしたんですか?」

と、瑞希はなるべく軽い口調で言った。

「そういうことをしたっていうか、亜子は、別にあんな人を生かしておいてもしょうがないと言っていたし、うちの家族もアイツが消えてくれて良かったと言っていましたけど、やっぱり私は。」

金原硝子は、申し訳なさそうな顔で嗚咽している。

「そうですか。実は僕も、そういう気持ちになった事は沢山ありますよ。なんで、反社会的な組織の人たちに、メイクしたりして、こういうサロンが持てたのだろうとか、かんがえたことあります。でも、生かされている以上、そうならなければなりませんよね。生きているってことは、ある意味自分のしでかした業を修繕するためにあるのかもしれませんね。」

瑞希は、硝子を励ますようにいった。

「先生、私どうしたらいいんでしょう。あの宮原亜子の提案によって、うちの家は確かに、田んぼに水が入るようになりました。それでうちは確かにお米が取れるようになりました。でも、私が、宮原典夫さんをやってしまったことは、やってはいけないことですよね。私、それが辛いんです。」

瑞希は、これを聞いて、事件の事をちゃんと知ったような気がした。

「そうですか。宮原亜子さんは、何をするようにあなたに言ったんですか?」

「はい。私の家の田んぼの水が、皆宮原さんの家に行くように仕向けられて困っていたら、亜子さんがあんなおやじ、殺してもかまわないといったんです。どうせ、私は、薬漬けのダメな女性だからって。殺したのは、私がしたことにする、私はそうやって、最期に誰かの役に立てたら本望だって。私、はじめは信じられなかったんですけど、宮原典夫さんが、うちへ田んぼの水の事で押しかけて来たとき、ああ、やっぱり亜子さんのいう通りにしなければだめだと思いました。なので、亜子さんから凶器になる包丁を受け取って、道路を歩いていた、宮原さんに襲い掛かって、、、。」

「そうだったんですね。」

瑞希は、できるだけ普段と変わらないように、彼女にいった。

「でも、凶器は、警察の話しだとまだみつからないようですが、何処に捨てたのですか?」

「はい。川の中に捨てました。流れが速い暴れ川なので、すぐに流されてしまうから大丈夫だと、宮原さんは言ってました。」

瑞希は、今の事を、警察に話した方がいいのか迷った。しばらく瑞希も黙っていると、硝子さんは、涙をこぼしながらこういうのである。

「先生、私、やったことはいけないことですよね。でもおかげで、家族はコメが取れるようになってありがたいとおもっていると思います。でも、私はどうしたらいいのか。」

「そうですね。」

と瑞希は、彼女に優しく言った。

「とりあえず、何もないということは幸せなことですから、つかの間の間だと思うけど、それを味わってください。いずれ、あなたのほうまで、警察が足を向けると思いますが、その時は、もうその時です。それは、もう仕方ないこととして、捕まったらちゃんと反省すればいいのです。」

「ありがとうございます。」

と、彼女も何か決断したように言った。

「私たちは、この犯罪によって、やっと幸せな日々を過ごすことができるようになりました。ですから、私のしたことは確かに悪いことかもしれないけど、私は、つかの間の幸せを十分に味わって、出頭することにします。罪を償うために。」

瑞希は、ええと言って、小さく頷いた。そして、罪を隠すために、彼女にメイクアップを施してやらなければならないことを決断した。自分も自分の体のせいで、かなり悪いことをしてきたのだから、それは、同じことだと思いながら。

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