第三章

第三章

今日も、土谷瑞希のサロンには、金原硝子が、施術に訪れていた。

「今日も、素敵なメイクを施してくださってありがとうございます。おかげでなんとなくですけど、自分に自信が持てるようになりました。私はまだ、完全に良くなったわけではありませんが、それでも、自分に自信が持てたということは大変な進歩ですよね。先生、私思うんですけど。」

硝子は、自分の顔を鏡で眺めながら、そういうことを言った。

「思うんですけど、何ですか?」

瑞希が聞くと、

「ええ、見た目が変わると、人間ってずいぶん変わるんですね。そんな技術を持っているなんて、先生のような人は全くすごいですね。」

と、硝子は、にこやかに笑って言う。

「そうですか。まあ、見た目を変えるということは、誰でもできることですよ。僕たちは、それを後押ししてあげるだけです。あとは、ご自身が、立ち直ろうという意欲ですよ。」

瑞希は、メイクの道具を片付けながら、そういうことを言った。

「でも、私、メイクすることが、こんなに素晴らしいことだとは、気が付きませんでした。それまでの私は、周りの人たちに合わせることで精いっぱいで、自分を飾り立てることはしませんでした。それに、メイクすることは、ほかの同級生に合わせることになって、なんか嫌だなと思っていましたし。いじめにあったとか、そういうわけではないんですけど、大学で同級生たちが、勉強よりそっちの方にうつつぬかしている人が多かったんです。それを注意するのに、先生がたはかなり時間を使いました。だから私は、メイクをすることにちょっと嫌悪感を持っていたんですけど。」

と、硝子は、ちょっと申し訳なさそうに言った。

「そうですか。確かに今の先生は、校則違反をする生徒の指導に神経をすり減らしておいでですからね。」

瑞希はとりあえず、彼女に合わせてあげた。

「ええ。だから私、本当に、そういうメイクとか、そういうものをすごく嫌っていたんですけど。それでもこうして親切にしていただけるというのが嬉しいことです。」

そういう彼女だが、その言葉は本音ではないという口調であった。何か、隠し事があって、それと反対のことを言っている見たいだった。なぜ、そのようなことをわざわざ口にするんだろうか。

「硝子さん、無理しなくていいんですよ。無理に自分を変えようとしたら、かえって苦しくなります。無理をせず、ゆっくり変わっていくことも、必要なんですよ。」

瑞希は、そういったのであるが、彼女はさらにつづけるのだった。

「ええ。私は確かに変わろうとしています。母に勧められて、こうしてメイクのサロンに通いだして、それで少しずつ明るくなったわけですから、それは嬉しいことです。」

本当に嬉しいと思っているのか不明だったが、彼女はそういう。それは、本当にそう言っているのか不明だが。

「それは、本当に嬉しいことでしょうか?」

「ええ。もちろんです。私は、メイクアップをして、幸せなんです。」

と、彼女はいうのだった。

「でもそれは、本当なのでしょうか。」

土谷瑞希はそういうのであるが、彼女にあまり詰問するのもいけないと思ったので、やめておいた。

「じゃあ、これからも、メイクアップを施していきますから、少しずつまえむきになっていけるように、努力してくださいね。」

そう言っておく。

「ありがとうございました。これからも、メイクをして、幸せになります。」

と、彼女は、施術料の五千円を払い、来週の今日また来ますと言って、玄関から外へ出ていった。瑞希はそれをにこやかに笑って見守るが、彼女は何処か不自然なところがあるな、と感じるのだった。彼女は、何処か、大きなことを隠しているに違いない。それを無理やり笑顔を作って、幸せだと言っている。誰かに誘導されてそういう事を言っているのか。

しばらくすると、瑞希の家のインターフォンが音を立ててなった。今日は他にクライエントさんは予約していなかったはずであったが、だれだろう?其れとも宅配便でも来たのかなとおもい、急いで玄関先に言った。瑞希が玄関の戸を開けると、

「あの、すみません。私どもは富士警察署の者ですが、ちょっとあなたにお伺いしたいことがありましてね。」

と、華岡と部下の刑事が一人たっている。

「私、富士警察署の華岡と、こっちは、南と言いますが、あなたは、土谷瑞希さんですよね?」

と、華岡が聞くと、南と言われた部下の刑事が、

「もう警視が変な自己紹介しているから、時間がなくなるんですよ。早く聞いて、いい結果を報告するようにしましょう。いいですか、土谷さん、あなた、金原硝子という女性と、何か関係を持ったりしましたか?」

と、単刀直入に言った。

「ええ、彼女は、僕のところに、メイクの施術を受けに来ているクライエントの一人です。」

と、瑞希は答えた。

「そうですか。それではですよ。先日、富士市内で、宮原典夫という人物が刺殺された事件をご存じありませんか?」

と、華岡が瑞希に聞いた。

「ええ。その事件の事は、僕も報道で知りました。それが何だというのですか?」

「はい。宮原典夫さんの娘さん、宮原亜子さんという女性が、数日後に父を刺殺したと言って、こちらに出頭してきましたけどね。その動機や犯行の供述がどうも辻褄が合わず、彼女が作ったとしかおもえないんですよ。それで、彼女の友人関係を洗ってみましたが、彼女が、金原硝子さんという女性と、つきあっていたという事が浮上した物ですから。そこで、金原硝子が、ここであなたに何か宮原亜子について何か言ってなかったか、お伺いしたいんですが?」

華岡は、ずいぶん長ったらしく聞いた。

「いえ、金原硝子さんは、そのようなことは僕には言いませんでした。それに、金原硝子さんが誰かを恨んでいるような様子もありませんでした。僕に話したのは、学校になじめなくて、不自由になってしまったことだけです。」

瑞希は正直に答えた。

「学校になじめなかった?」

部下の刑事が言った。

「ええ、確かに彼女はそう言っていました。ですが、彼女の人間関係のことは、僕は何も聞いたことはありません。」

瑞希がいうと、

「しかし、土谷さん。あなたの事も少し調べさせて頂きましたけれど、あなた、美容学校を出られたあと、静岡市内の色んなサロンを渡り歩いてますね。雇われても、数週間で解雇されている。その理由は、あなたが、日に当たれない疾病があるからだ。あなた、今でこそこうして人助けのようなことをしていますけど、以前はそうではなかったのではないですか?たとえば、今でいえば、法に触れるような方々の、メイクを施したりしたこともあったのでは?」

と華岡は、そう彼に聞いた。

「もう、警視の質問は丁寧すぎますよ。あなた、以前、静岡市内のサロンに勤めてましたよね。そこに、暴力団の幹部が着ていたこともあったでしょう。あなたは、そういうひとにもメイクを施して来たんですから、あなたもしっかり証言していただかないと、挽回できませんよ!」

南刑事が、華岡のいう事を、訂正するように言った。

「ええ確かにそう言うこともありました。それは認めます。でも、今は、こうして自身でサロンを開くこともできるんですから、そのようなことは、もう終わったことにしてます。」

と、瑞希は正直に答えた。

「でも、今回のことで、僕が、彼女に何か浅知恵を吹き込んだとか、そういうことは一切ありません。彼女はただ、僕にメイクアップを頼みに来ただけの事です。それ以外に、彼女は何も言っていません。宮原亜子さんとの関係も、何も言いませんでした。ただ、これは言うべきなのかわかりませんが。」

「はあ、何か彼女はおかしかったところはありましたかね?」

南刑事は、すぐにそこへ漬け込んだ。

「ええ。彼女はメイクを施してくれたことで、すごく喜んでいました。けれど、その喜び方が、本音ではなかったような気がします。でも、それだけで、彼女の犯行をしめしてしまうのはちょっと突飛すぎるのではないでしょうか。そのあたりは、もう少し裏付けをとらないといけないと思います。」

瑞希がまた言うと、

「それを早く言って下さいよ!あなたはただでさえ、うたがわれやすい要素を持っているんですから、そういうことは早めに教えていただかないとね。」

と、華岡は彼に言った。

「ええ、それはわかりました。ですが、警察の方にだせる情報はもうこれっきりです。」

と、瑞希は、華岡に対抗するように言った。

「はいはい。分かりましたよ。土谷さん、あなたも、違法な人に施術するわけではなく、普通に生きているんだったら、ちゃんとそれがわかる生活をしてくださいね。こんな山の中にサロンを構えて、細々と暮らしているようでは、疑われやすい環境になりますよ。」

「そうかもしれませんが、最近は、インターネットでこのサロンを見つけてくれますし、それに秘境駅が好きな人も多いので、それを利用してこのサロンを訪れてくれる人も多いです。ですから、ここで不自由と感じてはおりません。」

華岡に瑞希はそういったが、

「正直に言ってくださいよ。あなた、日に当たれないから、成るべく日差しの少ないところを選んでここにしただけじゃないの?」

南刑事がいった。

「いいえ、そのようなことは決してありません。僕はただ、自然の多くて、癒しになるような場所にサロンを作りたかっただけの事です。確かに、僕が持っている過去のことは、仕方ないことでもあります。でも、それはこのサロンの開店に何も関係ありません。まあ、警察の方にそういっても、なかなかわかってくれないとは思いますけど。でも、そういうことは絶対にありませんので。」

と、瑞希は急いでそういった。南刑事はまだ馬鹿にしているようなところがあったが、華岡のほうが、その話に応じてしまったらしい。

「分かりましたよ。土谷さん。まあ確かに、あなたは、重い疾患を持っていらっしゃるから、つらい過去をもっていらしても仕方ないことですよ。まあ、そういうことは、俺たちも、多かれ少なかれある事だからな。分かりました。今日はこれで失礼いたします。」

「警視、直ぐにこういう人の話しに載せられちゃうなんて、警視も人が良すぎますね。だから事件が減らないんじゃないですか。警察がトロイ何て思われるから、犯罪が減らないんですよ!」

と、南刑事はそういうが、

「いや、この人は、確かに、違法した人に施術をしたかもしれないが、決して人に何か吹き込むとか、そういうことをするような人物ではないと思う。あまり、この人に詰問しても仕方ない。すぐに署に帰ろう。」

と、華岡はデカい声で言った。

「まあ確かに、仕方ないと言われるのは認めますが、そういう直感はあまり当てにならないと思いますがね。まあ、警視がそういうんだったら、そうしなければなりませんね。」

と、南刑事はそういって、華岡と一緒に帰っていった。刑事たちが帰っていくのを眺めながら、瑞希は、なにがあったんだろうかとそれを黙って見送った。

其れと同時に製鉄所では。

「ほらあ、しっかりしてくれ。頑張って吐き出してくれよ。急がなくて良いからさ、薬を飲んで、休むといいよ。」

と、杉ちゃんがせき込んでいる水穂さんの背中をさすったり叩いたりしながら、そんなことを言っていた。水穂さんは、口からぼたぼたと赤い液体をだしながら、せき込んでいる。

「あーあ、これでまた畳の張り替えか。畳を張り替えるって、大ごとなんだぞ。幾ら病気だからと言って、なんでも他人任せにしないでくれよ。少しは、畳の張替え代が困るとおもってくれ。」

杉ちゃんはそういうが、水穂さんの口から流れてきた物は、確実に畳を汚した。

「これでは、拭いても取り切れないよ。あーあ、困ったもんだ。」

杉ちゃんはため息をついた。

「今日は。こちらに、磯野水穂さんという方は、御在宅でしょうか?」

聞きなれない声が、製鉄所の玄関先でした。

「はあ、だれだろ?」

杉ちゃんがいうと、

「はい、わたくし、静岡銀行の、田川と申します。本日、磯野水穂さんに入金の代行を仰せつかりましたが、水穂さんの口座番号が判明しないので、ご本人にお伺いしようと思いまして、参りました。」

というのである。

「何だよ、新式の詐欺ならお断りだ、さっさと帰れ!水穂さん、お前さんの話しに応じている暇はないんだよ。」

と、杉ちゃんがいうと、

「いや、そういうものではございません。本当に静岡銀行のものです。私も困っているんですよ。いきなり、磯野水穂さん当てに、お金を振り込めと言われたものですから。」

と、銀行員も困った口調で言った。

「いずれにしても磯野さんの口座番号がわからなければ、こちらも何もできないんです。それで、ご本人に御願いしたいんですよ。」

「そうだけど、水穂さんは、今とても出られる状態ではないよ。お金の話はまた今度にしてくれ。一体誰が、そんなこと言ったんだよ。水穂さんに金を振り込めなんて、誰が言ったんだ?」

杉ちゃんがデカい声ていうと、

「あの、本当にご存じないんですか?金原硝子さんと、宮原亜子さんという女性のご依頼何ですがね?」

と、銀行員は、不思議そうに言う。

「宮原亜子と、金原硝子?どっかで聞いたことがある名前だが?」

と、杉ちゃんはちょっと考えるが、水穂さんが同時にこれまで以上にせき込んだので急いで背中をさすってやる。

「本当にご存じないんですかね。じゃあ、私たちもどうしたらいいのかな。あれだけ水穂さんにお金を送りたいと言っていた人の意思は、ものすごく硬いような感じだったんだけどなあ。」

銀行員は、どうしようという感じでそう言っている。

「まあ、そうだけど、水穂さん今日は動けないよ。さっさと帰んな!」

と、杉ちゃんがそういうと、

「は、はい。其れならまた来ます。こちらも、磯野水穂さんの口座番号がわからないと、どうにもなりませんので。」

と、銀行員は、すごすご引っ込んでいくような感じで製鉄所を出ていった。

「一体何だろうね。水穂さんに誰がお金なんか振り込むんだ。そういうことを、するように仕向けた奴はいる?」

杉ちゃんは首をかしげる。

「宮原亜子と、金原硝子なんて、そんな名前の奴がいたかな?いくら思いだそうとしても、思いだせないや。」

杉ちゃんがそういったのと同時に、水穂さんがやっとせき込むのをやめてくれた。杉ちゃんは、畳の張替えは高価なんだから、もうしないでくれよ、と言いながら、水穂さんを布団に寝かしつけてあげた。其れと同時に、

「ごめんください。」

と、又誰かの声が聞こえてきた。

「こんどはだれだよ。やっとうるさい銀行員を追い出せたと思ったのによ!」

と、杉ちゃんがいうと、

「あの、土谷瑞希です。ちょっと、杉ちゃんさんに、聞いてほしいことがありまして。」

と、声は、そういうことをいうので、杉ちゃんはすぐに

「ああ、今ちょっと、ここを離れるわけにいかないんだ。上がってきてくれるか?それに僕の事は、さん付けで呼ばなくて良いから。杉ちゃんでいいよ、杉ちゃんで。」

と、杉ちゃんがいうと、じゃあ、上がらせて貰いますと言って、玄関の引き戸を閉め、草履を脱ぐ音が聞こえてきた。土谷瑞希が上がってきた音だろう。

「ここにいたんですね。この建物、けっこう広いから、探すのに苦労してしまいました。」

そういって現れたのは、やっぱり黒い袷の着物を着た、土谷瑞希その人であった。

「蘭さんにお電話差し上げたら、先約があってお会いできないというものですから、其れなら、スギちゃんさんに聞いてもらいたいと思いまして。」

ということは、何かあったんだろうか?

瑞希は、疲れて眠っている水穂さんを見た。

「あの、この人は、一体、」

「ああ、僕の親友の水穂さん。ご覧の通り、畳を汚されて、今困ってたのよ。」

杉ちゃんがいうと、土谷瑞希は、変な顔をすることはなかった。其れよりも、何とかしないとという顔つきだった。

「そうですか。畳の張替え代も、馬鹿にならないですものね。僕が、日焼け止めクリームを大量に買うのと同じで、お金がかかりますよね。」

「お前さん分かってくれるか?」

杉ちゃんがそういうと、

「ええ、病気をすると、不条理なことが現実になることはよく知っています。僕も、以前、腫瘍ができた時は、なぜ、こんなに大金を出して腫瘍を切除しなければならないか、嫌な気持ちに成ったことがありますから、わかりますよ。大金ださなきゃ生きていけないけど、それでも生きていかなきゃならないんですよね。」

と土谷瑞希は言った。

「ありがとうな。お前さん、今日はどうしてここへ来たの?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「ええ。まあ大したことありません。いきなり家に警察が現れて、僕のクライエントさんのことについていろいろ嗅ぎまわっているようでしたから、そう言うことって、あり得るのかというか、僕自身、隠しておけない性分なのです。」

と、彼は答える。

「まあその気持ちもわかるよ。誰かに話さずにはいられないってのもな。警察って他人の住環境にいきなり入ってくるから困るんだよね。」

「そうですね。僕も困ってしまいました。杉ちゃんさんは知っていますか?宮原典夫さんというひとが、殺害された事件。」

「まあなんとなく聞いたけど。」

杉ちゃんも、土谷瑞希の話しに合わせた。

「それで、僕のクライエントさんが、事件に関わっているらしいので、あまりにも唐突だったんでびっくりしてしまって。とりあえず、聞かれたことは答えましたけれど、僕の過去まで調べられて、警察ってそういう事までするのかなと思いましたよ。」

「どんな事聞かれたんだ?」

杉ちゃんにそういわれて、瑞希は、華岡に話したことを杉ちゃんに話した。

「何?お前さんのクライエントに、金原硝子というやつがいたんだって?実はこっちもさ、何とか銀行の奴が来てさ。なんでも、水穂さんにお金を出すというんだ。そんなモノいらないのにねえ。」

杉ちゃんがそういうと、水穂さんが目を開けた。騒がしくて眠れなかったのだろう。

「杉ちゃん。」

水穂さんは弱弱しく言った。土谷瑞希は、水穂さんの顔を見る。確かに、水穂さんは、とても美しいのだが、何処かひどくやつれた、痛々しい感じがあった。

「一度、ここへ来たことあったよね。金原硝子と、宮原亜子という女性。」

水穂さんは、そういった。杉ちゃんと、瑞希は顔を見合わせた。


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